第271話 震える世界、結束の夜
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帝国は第二次世界大規模侵攻を宣言し、その通知はまたたく間に世界じゅうへと広まった。
その知らせにより、世界は震えあがることとなる。
翼龍騎士団が帝国の支配から解放した国々では、国民が恐怖と混乱の渦へと飲みこまれていた。
とある国では、国民たちが道端で議論し、ほとんど言い争いのようになっていた。
「また帝国軍が攻めよせてくるんだって?
反乱軍はなにしてるんだよ!」
「反乱軍の本陣はシャティユモンの戦いで壊滅してしまったという話だぞ」
「そんな……!
それじゃあ、もう誰にもとめられないというの……!?」
「またあの苦しみの日々へと逆戻りするなんて、いやだぁ」
「みんな殺されちまう……。
抵抗しないで降伏しよう!」
人々は冷静さを失い、その見せる反応はさまざまだ。
怒りくるう者、泣きさけぶ者、言葉をなくして無気力になる者、なかには恐怖に耐えかねて自ら命を絶つ者まで……。
このような光景は、世界のいたるところで見られた。世界が、恐怖に震えていたのである。
そして、その知らせは当然、ルペリオントの領空に隠伏している騎士団のもとにも伝わっていた。
別行動でひそかに宿営地を出入りしている偵察兵たちが、外部の情報を収集しているからだ。
……明日には、帝国の第二次世界大規模侵攻が始まるとのこと。
さらに追い討ちをかけるように、ブラウジのもとへとある通達が届く。
「なに? 領空からでていけじゃと……!?」
偵察兵が預かってきたのは、法治国家ルペリオントを治める司法長官からの言伝であった。
騎士団は協力国となったルペリオントの厚意で領空に滞在させてもらっているため、偵察兵を介して連絡を取りあっていたのだ。
「は、はい……。
帝国の最隣接国であるルペリオントは此度の大規模侵攻に対し、無抵抗で降伏することを決断しました。
これまでの我われの戦いに敬意を表し、捕縛して帝国にひき渡すことまではしたくないそうです。
どうか自主的な退去を願いたし、とのことでした」
「……そうじゃったか……」
ブラウジはルペリオントからの通達を聞きとげると、静かにうなだれた。
その日の夜、生きのこった騎士団員たちは集まった。
大きめの焚き火を囲い、それぞれ地べたに座っている。
先の『黒夢の騎士団』の襲撃により、千人ほどにまで減っていた騎士団員の生き残りは二百人に減っていた。
さらに、深手を負った人や龍も多く、実質戦えるのはせいぜい百騎といったところだ。
しかも今は、レゼルもグレイスもいない。
……どう考えても、今の騎士団には帝国と戦えるだけのちからは残されていなかった。
集まった騎士団員たちは誰ひとりとして話をせず、静かに中央の焚き火を見つめていた。
「……さて」
焚き火のそばに座っていたブラウジが立ちあがると、騎士団員たちの顔を見まわした。
彼が見まわしたなかにはもちろん、アレスやサキナ、ティランたちの顔ぶれもある。
「皆の者も聞いているだろうの。
帝国軍は明日には大規模侵攻を開始するべく、軍を編成しているそうじゃ。
ルペリオントからも領空から退去するよう、通達がきておる」
ブラウジは、努めて明るい調子で話しつづけた。
しかし、彼の話を聞く騎士団員たちの表情は固い。
そこで彼はポン、と自分の手を打った。
「お手あげじゃナ。
皆今日までよくがんばってきたが、さすがに今のこの状況からではどうにもならん。
姫様もいつ戻られるのかまったくわからぬ状況じゃ」
ブラウジは再び、騎士団員たちの顔を身まわした。
「ここから先、騎士団に残るかどうかはそれぞれの判断に任せたいと思うのじゃ。
祖国の家族のもとに戻って運命を天に任せるもよし、どこかの隠れ小島に隠居するのもよいじゃろ。
ともかく勝てぬ戦いに身を投じて、無駄に命を散らすことはないと思うのじゃ」
ブラウジは笑顔を貼りつけたままだ。
しかし、その笑顔はどこか悲しげでもあった。
「じゃが……」
そこで、彼は真剣な面持ちとなる。
「もし、それでもワシらとともに最後まで戦いつづけてくれるというのなら。
『夢の国』をつくり、平和な世界を実現するために命を捧げてくれるというのなら。
ワシはこの命尽きる最後の瞬間まで、オヌシらとともに並び立っていたいと思うのじゃ」
「ブラウジ様……」
「それほどまでのお覚悟を……」
ブラウジの話を聞いていた騎士団員たちは互いに顔を見合わせ、ざわつきはじめる。
そのとき、アレスも立ちあがった。
「私も、ブラウジ殿とともに最後まで戦いつづけたいと思う。
レゼル様の願う『夢の国』は今や我われ全員の……いや、世界が抱く願いだ。
私はその願いを実現するために、この命を捧げたいと思うのだ」
サキナも――。
「たとえこの命を散らすことになろうとも、私たちの魂は願いと祈りとなってこの空に残りつづけるわ。
私たちの願いと祈りは、絶望で終わりなんてしない」
ティランも。
「誰かを助けるために命を懸けるのはとても良いことだって……。
今なら、心の底から言える気がするんだ。
だから、ボクも戦う」
そして最後に、シュフェルも立ちあがった。
――アタシはきっと、ここにいる全員を護りきることはできないだろう。
それどころか、ここにいる誰ひとりとして助からないかもしれない。
でも、それでも。
「アタシは、みんなにとっての大切な誰かを護るちからになりたい。
だから、みんなのちからも貸して……!」
ブラウジたちの言葉を聞くにつれ、暗く沈んでいた騎士団員たちの表情も変わっていった。
やがて、ひとりの騎士団員がボソリとつぶやいた。
「俺、もうすっかりあきらめてたけど……。
最後までがんばってみようかな」
そのひと言をきっかけに、騎士団員たちは口々に自身の想いを口にだしていく。
「ああ、せっかくここまでやってきたんじゃないか。どうせ駄目でもともとだ」
「僕は先に死んでいった仲間たちの魂に報いるために、命を捧げるぞ!」
「ああ、俺もだ!」
「私も!」
「「ハイホー!!」」
互いに互いの闘志に触発され、徐々に騎士団員たちの士気は高まっていく。
ブラウジは彼らの想いに呼応するように、片手を大きく振りあげた!
「皆の者!
世界の平和のために、ともに戦場で命を懸けようゾ!!」
「「「オォーッ!!!」」」
こうして、騎士団員たちは結束を強めた。
夜の空に、熱く心を滾らせた戦士たちの雄叫びが響きわたったのであった。
次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします。




