第270話 世界侵攻
◆
レゼルとグレイスが『陽炎の神殿』を出立して、下界へと戻ろうとしていたころのこと。
ここは帝国ヴァレングライヒ、その上空に浮かぶ『天翼の浮遊城』。
シュバイツァーは再び、最上階にある皇帝の居室を訪れていた。
常に変わらず、絶対的な威厳と存在感を放つ帝国皇帝デスアシュテル。
傍らにはヴィレオラも控えて畏まっている。
シュバイツァーは皇帝の前でひざまずき、頭を垂れていた。
彼は帝国皇帝のもとに、先の翼龍騎士団への襲撃に関して報告しにきていたのだ。
『なに、失敗しただと……!?』
絶対に失敗しない男からのまさかの報告に、さすがの皇帝も驚きを隠せなかった。
完璧な芸術のように美しく構築された顔貌に、わずかな険が差しこむ。
「はい、申しわけございません。
皇帝陛下……!」
シュバイツァーは包み隠すことなく、ありのままに事実を話した。
翼龍騎士団には壊滅的な打撃を与えたものの、思わぬ抵抗を受けて『四夜』は全滅。
シュバイツァー自身も利き腕とは反対の肩に深手を負ってしまった。
「しかし、こちらもただ反撃を受けただけではありません。
敵を壊滅近くにまで追いこんだことにより、新たに得た情報があります」
次々と騎士団員たちが葬られるなか、いっこうに姿を現さないカレドラル国女王レゼル。
不審に思って彼が問いただしたところ、幹部のひとりがこう明かしたのだ。
「レゼルは今、帝国を倒すための手筈を整えるためにでかけている」のだと。
このように、シュバイツァーは此度の襲撃で重要な情報を得ることができた。
だが、しかし……。
「失敗は失敗。
死をもって過失を償いたく存じます」
そう言ってシュバイツァーはエツァイトバウデンを鞘から抜き、逆手に持った。
彼は自身の胸を貫くつもりでいたのだ。
しかし、シュバイツァーが自害しようとするのを皇帝はとめた。
『よせ、シュバイツァー。
自身の過失を責めるのならば、きたる戦いでしかと責任を果たせ。
そのシュフェルとやらに引導を渡すのは、お前の役目だ』
「はっ! 必ずや……!」
シュバイツァーはエツァイトバウデンを収め、再びひざまずいた。
……皇帝の言うとおり。
結果的にシュバイツァーがシュフェルを処分すれば、此度の襲撃は騎士団に大打撃を与え、有用な情報まで得たこととなる。
シュバイツァーは皇帝から温情を与えられ、よりいっそう忠誠を強くしたのであった。
――しかし……。
皇帝はシュバイツァーから得た情報をもとに、思索していた。
帝国を倒すということは、皇帝自身をうち倒すことと同義といってもよい。
そして彼を倒す方法など、皆無に等しい。
――まさか……。
皇帝は、ある可能性について思いあたる。
……いや、『光の龍神』はこの千年間まったく世界に干渉していない。
千年前の彼との戦いで結局ちから尽きたものなのだと考えていた。
だが、実は生きて隠れ忍び、なんらかの手段でレゼルに働きかけたとしても不思議ではなかった。
――まぁ、いい。
どこにいるかわからぬというのなら、炙りだすまで。
『シュバイツァー、ヴィレオラよ。
ちょうど良い頃合いだな』
「? 頃合い、ですか?」
『ああ。そろそろ帝国の威光を再び全世界に知らしめなければならぬと考えていたところだ』
「! まさか……!!」
皇帝はその手を大きく振りあげ、高らかに宣言した!
『そうだ!
神聖軍事帝国ヴァレングライヒによる、第二次大規模侵攻の開始を宣言する!!』
「大規模侵攻……!」
「ついに……!!」
皇帝の気迫にシュバイツァーとヴィレオラもひりつき、総毛立つのを感じていた。
これぞ、彼らが崇めてやまない皇帝の猛々しき姿……!
『翼竜騎士団によって解放されたすべての国家を再度制圧する。
抗う国は有無を言わさず滅ぼすまで』
皇帝が直々に出陣しての遠征。
その勢いをとめられる者などいようはずもなく、世界は再び帝国の支配するところとなるであろう。
レゼルはなにをしていようが協力国の危機に駆けつけざるをえず、姿を現さなければそのまま協力国をすべて潰すまで。
いずれにせよ、帝国の権勢は磐石である……!
『シュバイツァー、ヴィレオラよ!
我が両腕となり、帝国の永久なる繁栄の礎となれ!!』
「「はっ!!」」
こうして、帝国は動きだす。
世界を呑みこむ戦いがまさしく今、始まろうとしていた。
次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします。




