第265話 龍愛の誇り
前回の場面の続きです。
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倒れるブラウジを見おろしながら、ギルガドは豪快な高笑いをあげた。
「グワハハハ!
雑魚どもが、ザマァねぇなぁ。
だが、てめぇらが弱ぇのが悪いんだよ」
「……弱いのが悪い……じゃと……?」
「ああ、そうだよ」
懸命に起きあがろうと、もがくブラウジ。
そんな彼を、ギルガドは嘲った。
「俺サマの親父も、その父親も、みんなどこぞの国の王の命令で殺されちまった。
だが、それが悪いことだとは思わねぇ!
強ぇヤツが弱ぇヤツを食いものにするのは当たり前だ。
単に親父たちが弱かっただけの話さ」
……『龍食い』の一族は、その龍を食らう風習から忌みきらわれ、各国で迫害されてきたという歴史がある。
ギルガドは己の存在を誇示するように、胸を強く叩いた!
「だが、とうとう俺サマは帝国に認められた!
最強な国の最強の騎士として、弱えヤツを食いものにしていくんだよ! グワハハハ!!」
「食いものにするじゃと?
それが幼き者、老いた者、からだが弱く生まれついた者だとしてもか……?」
「あぁん? 当たり前だろうが!
『ちからこそがすべて』、それこそが帝国の主張だ!
弱く生まれついちまったってんなら、そんな自分の運命を呪いな! グワハハハ!!」
ギルガドは豪快な高笑いをあげている。
いっぽう、ブラウジとその龍は立ちあがりたくとも立ちあがれずにいた。
やがて、彼はうわ言のようにつぶやいた。
「ちから……。ちから、か……」
ブラウジは、隣で倒れている五人衆のひとり、ゼルへと語りかけた。
「なぁゼル、悔しいのう。
この世界にはなぜ『ちからの差』があるのじゃ。
どうして龍神様は皆を等しく造ってくれなかったのじゃ。
ワシらにちからがあれば、レティアス様も、オスヴァルトも、奥方様も死なせずに済んだのにのぅ」
ブラウジは両目から、涙をポロポロとこぼしていた。涙が、彼の髭を濡らしていく。
そんな彼の涙を見て、ギルガドは再び嘲り、笑った。
「グワハハハ!
なんだこのジジイ、いい歳こいて泣いてやがるぜ!
これだから弱ぇヤツをいたぶるのはたまんねぇなぁ!」
ギルガドの野太い笑い声があたりに響きわたっている。
残酷な嘲笑に晒されるなか。
静かにブラウジの言葉を聞いていたゼルが、その口をひらいた。
「ブラウジ様。
ただのゴロツキだったオイラたちを拾ってくれたアナタに、オイラたちは感謝してるんです。
悪ぶって、強がってみせてもホントは弱くて、どうすればいいかわからなくて……」
兜の下では、ゼルも涙を流していた。
……かつて五人衆は幼くしてみなしごとなり、ジェドの街で悪さをしていた不良たちであった。
やり場のない怒りを社会へとぶつける彼らを、ブラウジは拾い、我が子のように育てあげたのだ。
「でもアナタに育ててもらえて、オイラたちは強くなれた。
たくさんの人々を守ってあげることができて、オイラたちはうれしかったんです。
これからもアナタといっしょにたくさんの人を守って、助けてあげたいんです……」
「ゼル……!!」
ゼルの言葉に、ブラウジは涙でよりいっそう強くからだを震わせた。
ブラウジの脳裏に、五人衆とともに過ごしてきた日々が蘇る。
つらく苦しい戦いの日々も、いつでも歌い踊る彼らの陽気さに救われてきた。
「グワハハハ! 雑魚どうしで慰めあいか?
オヤジどうしで気持ちわりぃなぁ、オイ。
いい加減ぶっ潰してやるよ!」
そう言って、ギルガドは『大鐘』を振りかぶった。
……だが、ついにその男は立ちあがる。
「『雑魚』じゃと? 『慰めあい』じゃと?
我ら『龍御加護の民』の絆を、馬鹿にするでないわ!!」
そしてブラウジに続くように、ひとり、またひとりと立ちあがっていく。
「ワシらは姫様が目指す『夢の国』をつくるために……!
ちからの弱き者たちが暴力におびえて暮らさずにすむように!
どんな強敵にも立ちむかっていくんじゃ!!
そうじゃナ!? 皆の者っ!!」
「「ハイホォーッ!!!」」
ブラウジの魂の叫びに呼応し、五人衆は心を震わせた!
ブラウジは戦斧をにぎりしめ、ギルガドをにらみつける。
その気迫は、温厚な普段の彼からは想像できぬほどに鬼気迫るものであった!
「覚悟せい、ギルガド。
ワシらを怒らせたことを後悔するでないゾ……!」
「……!!」
ギルガドは、『大鐘』をにぎる自身の手が震えていることに気がついた。
……それは、絶対的な強者として生まれついた彼が、いまだかつて感じたことのない感情。
――バカな。
この俺サマがビビってるっていうのか?
しかも、こんな雑魚どもに……!
ギルガドは自身のなかに湧いた『恐怖』を否定するように、ブンブンと『大鐘』を振りまわした。
そして、彼は『大鐘』を構えなおした。
自身の、最強の技を放つために!
「ごちゃごちゃうるせぇんだよ!
特別に俺サマの全力で、てめぇらを跡形もなく消しとばしてやらぁ!!」
ギルガドは乗っている龍とともに、猛烈な勢いでブラウジたちめがけて駆けだした!
……『龍食い』の一族は自身の食事のために、無意識に龍の身体破損を避けるように技が構築されている。
だが、彼はその制約を完全に破棄し、己のちからを示し、相手を破壊することだけにすべてを懸ける一撃を撃ちはなった!
『龍骨砕塵』!!!
いっぽう、ブラウジは自身の周囲を固めている五人衆へと語りかけていた。
「オヌシたち!
一撃でよい、奴の攻撃を耐えしのいでくれ!!」
「「ハイホー!!!」」
……そうして、ギルガドの無慈悲なる一撃はブラウジたちへと振りおろされた。
大地を島ごと叩きわるかのような衝撃が走り、轟音があたりに響きわたる!
この一撃を受けて原型を保っていられる者などいるばすはなく、ギルガドの勝利は確定したはずであった。
だが、しかし……!
「なんだと……!?」
ギルガドは信じられぬ光景を目の当たりにした。
生きているかどうかは定かではない。
しかし彼の必殺の一撃はたしかに、五人衆の手によって受けとめられていたのである!
――なぜこんな雑魚どもが、俺サマの全力に耐えられるんだ……!?
そして、ブラウジは自身の龍の背を飛びたった。
「彼らのちからを見誤ったな、ギルガド!」
ブラウジは戦斧を大きく振りかぶり……。
「ぬうぅんっ!!」
「!!」
技の反動で動かせずにいるギルガドの『大鐘』を、ブラウジは真横から叩き斬った!
『大鐘』は巨大なふたつの金属の塊へと分かれ、地に落ちていく。
さらにブラウジはギルガドの腕へと飛びうつり、その腕を駆けのぼっていく!
「てめぇ、調子に乗るんじゃ……!?」
ギルガドは腕を持ちあげて、ブラウジを振りおとそうとした。
しかし、その腕には五人衆と龍たちが懸命にしがみついており、動かすことができない!
――こいつら、気を失いながらしがみついてやがる……!?
「弱き者を守ろうと戦う、彼らの決意と覚悟を刮目せよ!」
ブラウジはギルガドの肩を蹴り、飛びたった!
「『龍御加護の民』の絆と、想いの強さを!!
舐めるでないわああああぁっ!!!」
「このっ……クソがああああぁっ!!」
ブラウジは宙で戦斧をにぎりながら、大きくからだを捻った。
――龍を愛する民の誇りが、龍食いの一族の暴虐をうち砕く!
『龍愛の誇り』
「グアアアアァッ!!」
ギルガドは断末魔の叫びをあげ、彼の首はからだから分かたれた。
暴虐の限りを尽くした、『龍食いの暴王』の最期の瞬間。
圧倒的なちからの差をはねのけ、ブラウジたちは結束力で勝利したのだ。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……皆の者!」
ブラウジは地へと降りたち、五人衆と龍たちのほうを振りかえった。
ギルガドの必殺の一撃を受けて、無事でいられるはずがない!
「ぐぅ、ぐぅ、ぐぅ……」
……しかし、彼らは生きていた。
全員気を失い、重症を負ってはいるが、命に別状はなさそうだ。
戦いを終えて眠りにつく彼らを見やり、ブラウジは涙を流した。
「オヌシたち、よくぞ頑張ってくれたナ……!」
そうして彼も地に倒れ、そのまま眠りについたのであった。
ブラウジたち 対 ギルガド戦、決着です!
※第三部第92話でブラウジに話しかけて小突かれてるのが、じつはゼルだったりします。
次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!




