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第262話 正義の目覚め

 

 前回の場面の続きです。


 ティランは落ちている生首を指さしながら、ケツァルツァを問いつめた。

 見知らぬ少年の生首は、今は無惨に地に転がっていた。


「あの頭は、誰の物だ……!」

「ひょほ?

 ……ああ、それは近くの隠れ小島に住んでいた、ルペリオント領民の一家の子どもですよォ」


 ……ケツァルツァは今夜の襲撃の前に、ルペリオント領空の下見にきていた。

 その道中、小さな孤島にぽつんと建つ民家が一軒。


此度(こたび)の戦乱を避けて、ひっそりと隠れ住んでいたのでしょうねぇ。

 父親と、若く美しい母親、そして息子と娘がひとり」


 ケツァルツァは窓から、家のなかを覗きこむ。

 四人の家族は質素(しっそ)ながら、静かで幸せな暮らしを営んでいた。


「我われ『黒夢(くろゆめ)の騎士団』に出動要請がくだされるなんてそうそうないですからねぇ。

 久方ぶりに、思いきり羽根を伸ばしちゃいましたよォ」


 ……ケツァルツァは家に押し入り、一家全員虐殺したのである!


「家族を(しば)りつけ、女子どもはほかの皆が見てる前で犯してやりましたよォ!

 あの者たちの表情たるや、たまりませんでしたなァ、ひょほはははァ!!!」

「…………ッ!!」


 ティランは自身のなかで、なにかが熱く煮えたぎるのを感じていた。

 心臓が早鐘を打ち、からだの震えがとまらない。


「どうして……!

 なんでそんなことができるんだ……!!」

「どうして?

 そんなの楽しいからに決まってるでしょォ?」

「楽しい……?」

「そうです!

 拙僧(せっそう)はかつて、貧しい民草(たみくさ)のためにこの身を犠牲にし、奉仕してきました。

 しかし、いくら献身してもいくら献身しても、いっこうに快楽は訪れやしませんでした。

 だから拙僧は、自身の欲求に正直に生きることにしたのですよォッ!」


 ケツァルツァは両腕をひらき、語りつづけた。

 まるで人生の先輩として、ティランに生きる秘訣(ひけつ)を教えさとすかのように。


「それからの人生は、光りかがやいていました!

 たった一度の人生、思う存分楽しまなければ後悔が残るのみですよォ?」

「……それで、悲しみ苦しむ人々がいてもか……?」

「そんなの知ったこっちゃありませんねぇ。

 他人のことを考えているヒマなどないのです。

 快楽を味わいつくすことこそが、人間がこの世に生を受けた意味なのですからァッ!!!」

「…………!!」


 ティランは涙が(こぼ)れおちそうになるのを必死にこらえた。


 ――悔しい。

 ささやかながら幸せに暮らしていた家族に、理不尽に訪れた死の苦しみ。

 そんな『悪』が平然とまかり通っていることが、悔しくて仕方なかった。

 彼は、いまだかつて感じたことがないほどの怒りを覚えていたのであった。




 ……ティランが帝国による『大規模侵攻』を経験したのは、四歳のときのこと。

 つまりは物心ついたころには、彼は祖国を失っていたのである。

 そんな彼にとって、翼竜騎士団の人々とともに過ごし、ともに戦うことは、ごくごく当たり前のことだった。


 物事の善悪だとか、なにが正義だとか。

 戦う理由を探すのに、そんな難しいことを考える必要がなかったのだ。


 もちろん、実の兄と妹を殺されたという恨みはある。

 しかし、やはり正義のために戦っていたのとは、少し違う。


 騎士団のみんなと戦うことは、()いこと。

 それだけでよかったし、それでなにも問題はなかった。

 実際、翼竜騎士団は『正義の集団』だったのだから。


 ……しかし、今は違う。


 残念ながら、この世界には許されざる『悪』がいる。

 それは、たかが人間風情(ふぜい)ではどうがんばっても変えられない現実。


 その許されざる『悪』を、自身の手で討つ。

 彼は今、彼自身の『正義』のために戦おうとしていたのである……!


「ボクも、楽しいことや面白いことが大好きだ。

 好きなことをするのも、その人の勝手だと思う。でも……」


 ティランは、自身のナイフをにぎりしめた。

 強くにぎりしめすぎて、手のひらに血がにじんでしまうほどに。


「誰かを悲しませて、自分だけ楽しんでいいわけがないだろッ……!!」


 ティランは携えていた両手のナイフを投げ捨てた。

 自身の右手に取りつけていた『鎖機動(シェン・ムビリテ)』の装置もはずし、その場に捨てる。

 彼は両手両足に隠していた仕込み刀を出しっぱなしにし、抜き身の状態とした。


「ひょほぉ?

 とうとうヤケになりましたかぁ?

 仕込み刀を丸出しにしたら、なんの意味もないではありませぬか。ひょほほほ!」


 ケツァルツァが(あざけ)るが、ティランはうつむいたままなにも応えない。

 ティランはケツァルツァへと向けてゆっくりと歩きだし、やがて駆けだし、そして……斬りつけた!


「げふっ!!」


 ケツァルツァは反応すらできずに胸を深く斬られ、混乱におちいる!

 彼はまばたきすることなくティランの動きを見ていたはずなのだが、途中で目が追いつかなくなり、完全に見失っていたのだ。


 ――え……? はや、つよ……っ!

 今、拙僧はなにをされたのだ……!?

 というか、ほんとうに先ほどまでと同じ人間……!?


 ティランの『暗器(あんき)』を用いた戦いかたは、幼い彼の非力さを補い、敵の隙を突くことに特化して発達したものだ。


 しかし、彼は気づいていなかった。

 数多(あまた)の戦いを経るうちに、彼の『戦闘力』は著しく成長してしまっていたのだということに。

 そしてその『成長』にともなって、彼自身にとって『最適』な戦いかたも変化してきてしまっていたのだということに!


 彼は自身のなかの『正義』に目覚めることによって、その事実にはじめて気がついたのであった。


 ティランの速く、鋭すぎる攻撃に、ケツァルツァはまったく付いていくことができなくなっていた。

 ティランはケツァルツァを問いつめながら、斬りきざんでいく。


「こんな風に人を傷つけて、楽しかったのか……?」

「ちょ、まっ……!」

「傷つけられる痛みを知ってもなお……同じことが言えるのか!?」

「なんで……ぎゃふっ!!」


 ケツァルツァは反撃をしようにもなにも手出しをさせてもらえず、なすすべなく斬りつけられていく。


 ……それは、戦いかたの『意識』の変容。


 今までは仕込み刃による第二撃を巧妙(こうみょう)に隠すための動きを無意識に行っていた。

 しかし今は、目の前の()()の命をまっすぐに刈りとるための動き。


 仕込み刀をだすための動作もいらない。

 ただ強く、速く、攻撃のために合理化・最適化された動きを実践するのみ。


 そうして繰りだされるティランの攻撃は、彼自身の想像をも上まわるほどまでに鋭いものとなっていたのである!


「ハァッ、ハァッ……!」

「あ……うぅ……あ……」


 ティランは肩で息をしながら、倒れているケツァルツァを見おろした。


 ケツァルツァはすでに傷だらけで、虫の息だ。

 そんなケツァルツァへと向けて、ティランは叫んだ。


「謝れ!

 お前が今まで傷つけてきた、すべての人たちの魂に!!」


 ケツァルツァは、ゆっくりと起きあがった。

 瀕死(ひんし)のはずだが、その顔にはニタニタと気味の悪い笑みを浮かべている。


「快楽こそが……すべて!」


 ケツァルツァは腕の筋肉から仕込み刀をだし、斬りかかってきた!


「ケァッ!」


 ティランは最小限の動きで刃をかわし、ケツァルツァへとささやきかけた。


「どうしても謝ってはくれないんだね。

 ……それならもう、これでおしまいだ!!」

「げぼァッ!!」


 ティランは嵐のように激しい連撃を叩きこみ、ケツァルツァの身を吹っとばした。

 そして自身も地を蹴り、ケツァルツァを追いかけて飛びたつ。


 ――鎖を使って戦場の空を自由自在に舞う彼が、その動きのなかで自然に体得(たいとく)した武闘術!


天鎖乱舞(セレシェン・ソバージ)』!!


「ギャアアアァッスッッ!!!」


 ケツァルツァは空中で斬りきざまれ、断末魔(だんまつま)の叫びをあげた。


 首をしめられたアヒルのような、(みにく)い叫び声。

 ケツァルツァの残骸(ざんがい)が地に落ちたとき、すでに彼はこの世を去っていた。


 ……巨悪は滅びた。

 ティランは地へと降りたち、夜空を見あげる。

 夜空に浮かぶ星々は、傷ついた彼へとほほえみかけるように、(またた)いていた。


「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」


 ――理不尽な悪によって命を奪われた、すべての人々へ。

 かつてこの世を生き、そしていなくなってしまった人たちのことを想い、彼は涙を流した。


「どうかこの戦いが、魂の救いとなりますように……」




 ティラン 対 ケツァルツァ戦、決着です!


※プロットの時点ではケツァルツァのキャラクターがなかなか定まらず、ティラン 対 ケツァルツァ戦がいちばん難航する見込みでした。


 しかし実際に書きはじめてみたら、思いついたアイデアをどんどん詰めこんでしまいました。


 結果として、ティランのパートだけ妙に重たくなってしまいましたが、情熱に筆を任せたということでお許しください。


 次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!

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