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第260話 黒衣の破戒僧


 今回から、ティラン 対 ケツァルツァです!


 騎士団の宿営地、その各地で激戦が繰りひろげられるなか、戦いの舞台を森林のなかへと移す騎士が二騎。


 ティランとその相手、ケツァルツァである!

 彼らは茂みのなかを進みながら、互いの間合いを取っていた。


 ……ティランは龍に乗って走りながら、ケツァルツァのことを必死に観察していた。


 ケツァルツァが右手にもつ『ナイフ』。

 縦・横・奥と三方向に枝分かれした、いかにも凶悪な形状のナイフだ。


 一見して、その見た目の派手さに気を取られそうになる。

 ……だが、ティランはある予測を立てていた。


 ――ボクと同じ、龍鞍(りゅうくら)に身を固定しない戦いかた。黒くてダボダボの服……。


 そのとき、彼とケツァルツァのあいだに茂みの葉がさしかかり、視界をさえぎった。

 その瞬間、ふたりは乗っていた龍の背を蹴り、木々のわずかな隙間を縫って互いに襲いかかる!


 ティランは右手にもっていたナイフを振りかざした。

 しかし本命は、左手にもっていた仕込み刀――。


 そして、ティランとケツァルツァは空中でぶつかりあった!


「ッ!!」


 鋭い金属の打ちあう音が鳴りひびく。


 ティランの仕込み刀を防いだのは、ケツァルツァの僧衣(そうい)から飛びだした、仕込み刀であった。


 ――やっぱり!

 このオジサンはボクとおんなじ……。


()()使()()』!!


 ケツァルツァは木々の枝を蹴って自身の龍に戻りながら、うす気味悪い笑い声をあげた。


「ひょほほほ。その年齢で、じつに見事な体捌(たいさば)き。そして、仕込み刀を隠すための動作。

 なんともすばらしい……」

「くっ……!」


 これまで、『暗器』をあつかう敵は少なからずいた。

 だが、自身と同等以上の『暗器使い』と戦うのは、ティランにとって未知の経験だったのである。


 ――でも、この茂みのなかなら、からだの小さいボクのほうが有利なはずだ!


 先に滞在していた分、ここらへん一帯の地形ならティランのほうが把握(はあく)していた。

 ティランはさりげなくケツァルツァを誘導し、木々が密集したほうへとおびき寄せていく。


 そして、狙いどおりケツァルツァを茂みのなかへと招き入れた!


「ひょほっ!!?」


 ケツァルツァが龍に乗って飛びこんだ先は木々の枝が密集しており、身じろぎすることすらままならない!

 ちからずくで身に(から)む枝をちぎることはできるだろうが、達人どうしの戦いではそのわずかな動きの妨げが決定的な差となる!


 いっぽう、からだの小さなティランは木々のわずかな隙間を抜け、ケツァルツァへと迫っていく。

 ティランは身動きできずにいるケツァルツァの首をかき切ろうと、ナイフを振りおろした!


 ……しかし。

 しかし、ティランは信じられぬ光景を目の当たりにすることとなる。


「なっ……!?」


 ケツァルツァの首と上体は木々の隙間を縫ってありえない方向にねじ曲がり、彼の刃は空振りしてしまった!


 まるで軟体生物のよう。

 レゼルとエルマが戦ったというサヘルナミトスもそのようであったと聞いているが、こちらは人間のはずである。


 ティランが呆気に取られているあいだにも、ケツァルツァの左腕が伸びてきた!

 ……そして、ティランは再びありえないものを目撃することとなる。


 黒衣の僧衣から伸びでたケツァルツァの左腕。

 その腕の筋肉の割れ目から直接、仕込み刀が()()()()()()()のである!


 先ほどティランの攻撃を弾きかえした、硬い刃とは違う。

 ペラペラの紙のようにうすく、しなやかな刃。

 しかしその刃は、的確にティランの喉元を狙って振りあげられていた!


「ぁくっ!!」


 ティランは必死に背筋を伸ばしてかわしたが、わずかに刃をかすめてしまった。

 彼の声変わりする前の(のど)を、赤い血が伝っていく。


「くそっ……!」


 ティランは木々の枝を蹴って、自身の龍の背へと戻っていく。

 そのまま木々の密集した地帯を抜け、少しひらけた場所へとでた。


 ケツァルツァもその後を追い、茂みから抜けでた。


「ハァッ、ハァッ……!」


 肩で呼吸をするティラン。

 ほんの少しの応酬(おうしゅう)で、ひどく体力を消耗させられる。

 ケツァルツァとまともにやりあうには、それだけの体力と集中力が要求されるのだ。


 と、星々の光が彼の喉元を伝う血を照らしだした。

 それを見たケツァルツァは急に興奮しだし、両手で自身の首をしめつけ、身をくねらせはじめた!


「ひょほっほォッ!!

 血血血血、美しき少年の白い首筋を垂れる血!

 なめまわして()でてやりたいものですなァッ」


 ティランのことを見て舌なめずりをするケツァルツァ。どう見ても変態である。


 しかも彼の舌先は、蛇の頭になっている!

 ティランは全身に鳥肌がたつのを覚えた。


「げえええぇ!

 なんだコイツ……気持ちわるすぎる!!」




 ――『黒衣(こくえ)破戒僧(はがいそう)』ケツァルツァ。


 彼は大陸の辺境の地の出身である。


 深い深い山奥にある、隠れ里。

 その隠れ里には、土地神(とちがみ)信仰があった。


 土地がもつ大地の気が集まり、神となったもの。

 龍神たちとは違う、むしろ精霊や怪異といったものに近い存在。


 しかし、とにかくその土地に住む人々にとっては身近な信仰の対象であり、龍神信仰以上に大切なものとして、根付いていたのである。

 ケツァルツァは、その土地神信仰の僧の最高位を務める男なのであった。


「おお!

 今日も僧正(そうじょう)功徳(くどく)をほどこしてくださるぞ」

「ありがたやありがたや……」


 ケツァルツァは日々厳しい修行を積みながら、貧しい里の人々に食糧を恵み、善行をほどこしていたのである。

 その行為が彼の望みとはまったく反するものであり、偽りの人格を演じていることに自身で気づいていながらも……。


 その土地神信仰には、奇妙な風習があった。

 土地神に仕える僧が生きたまま土中に埋まり枯死(こし)した場合、その僧は神位へと昇格し、里の民も苦しみから救済されると考えられていたのである。


 ケツァルツァに先んじて、彼の師や、古くからの友も自身から望んで土中に埋められた。


 師や友の枯死した遺体を掘りおこし、土地神の(ほこら)へと(まつ)る。

 その作業を行いながら、彼は疑問を抱いていたのだ。


 ――この者たちは神位に昇格して、ほんとうに幸福になったのだろうか?

 これでほんとうに里の民は苦しみから解放され、救済されたのだろうか……?


 ……そしてついに、ケツァルツァが土中に埋められる番となった。


 最高位の僧が神格に昇格されるとあって、期待できる救済も大きい。

 里の民たちはにわかに活気づいていた。


 ケツァルツァは人がひとり入れるほどの大きさの箱に入り、土中へと埋められた。

 窒息(ちっそく)せぬよう、箱には空気の通り道として穴がひとつ開けられているのみ。

 箱のなかで(ちぢ)こまり、ケツァルツァは光も音もない空間で時をすごした。


 ……どれほどの時間が経っただろうか。

 いよいよ死を目前として、彼はとある結論へと到達する。


 ――なにが土地神だ! なにが救済だ!

 このまま苦しみながら枯れ死んでも、なんの快も楽もないではないか!!


 そうして彼は箱をこじあけ、土中から()い出でる。


 土中からでた彼はまず最初に、土地神の化身であるという、滝壺の巨蛇(きょじゃ)を殺しに行った。

 巨蛇を殺せば(たた)りを受けると言われていたが、彼の身にはなにも起こらなかった。


 続いて彼は、里の民のもとへと向かった。


「……あれ!?

 僧正様、土中にお隠れになっていたはずでは……ぎゃあっ!!」


 彼は、里の民たちをひとり残さず(あや)めた。

 若く美しい者は、男女を問わず犯した。

 彼は、自身の欲望のおもむくままに生きることを心に決めたのだ。


 筋肉質で肉付きのよかった彼の顔貌と肉体は、土中からでたときにはひからびて土気色(つちけいろ)になっていた。


 不思議なことに、いくら欲望のおもむくままに暴食しても彼の肉体はもとには戻らなかった。

 おまけに鏡を見ると、彼の舌先は蛇の頭になっていたのだ!


 あとになって、それこそが土地神の化身を殺した祟りであることに気づいたが、今の彼にとってはどうでもいいことだった。


 金に、女。

 自身の快楽を追いもとめて他国の人々から搾取(さくしゅ)するために、彼は帝国軍に属したのであった――。




※三方向に枝分かれした複雑な形状のナイフとしては、アフリカに実在した『トゥルス』があります。


 実際には、投げナイフとして使用されていたようです。


 今回の場面は次回に続きます。


 次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!

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