第259話 血の筋を越えるもの
前回の場面の続きです。
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アレスは再び槍を構え、ソリンゲンと向かいあった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……ふぅっ」
彼は乱れる呼吸をなんとか整えながら、思考をめぐらせていたのだ。
――いよいよお手上げだな。
さて、どうする?
友よ。お前ならこんなとき、どうしていた?
アレスの脳裏に、ありし日の夜の光景が浮かぶ。
カレドラルの崩壊後、翼竜騎士団の残党は隠遁生活を送っており、名もなき小島に隠れて訓練を続けるしかなかった。
そんなある日の夜。
まだ、アレスの突き技に名がなかったころのこと。
彼とガレルは模擬戦を行い、互いの腕を磨きあっていた。
「てぇいっ!!」
「ぐっ……!」
激しい戦いのすえ、ガレルがアレスの槍を叩き落とす。
使っているのは、模擬戦用の木の剣と槍であったが。
アレスは地に転がった自身の槍を見つめ、つぶやいた。
「……これでまた私の負け越しだな。
やはり、技の多彩さで劣るから負けてしまうのだろうか」
「……いやぁ、いいんじゃねえか?
あれこれ技を増やすより。
お前の突き技が今より強くなっちまったら、俺はそっちのほうが厄介だと思うけどな」
「ガレル……」
めずらしく落ちこんだ様子を見せるアレス。
そんな彼のことを見つめ、ガレルはいつものとおり、ニカッと笑ってみせた。
「もっと肩のちから抜いてけよ、アレス。
それと、自信もて。
お前の突き技をまともに食らっちまったら、俺だってやべーんだからよ?」
アレスは呆然としてガレルの言葉に耳を傾けていたが、やがて迷いがふっきれたのか、静かなほほえみを浮かべた。
「……フッ。
それなら、私はもっともっと自身の技を磨くこととしよう。
すぐにお前も手につけられぬ技にしてみせる。そしたら私の連戦連勝だ。
覚悟しておくのだぞ、ガレル?」
「ハッ!
俺だってもっと早く強くなってみせるからよ?
挑戦ならいつでも受けて立つぜ、アレス!」
ガレルがアレスと肩を組んだ。
男たちは互いに肩を組みあって、楽しげに笑っていた――。
アレスは、ふっと目を閉じた。
――友よ。
ほんとうに、お前には感謝する……!
アレスは両手で槍をにぎり、構えをとった。
「ソリンゲンよ、今一度手合わせを願いたい」
「ほう、最後まで挑んでくるか。
生まれもった民族の差に抗って散るというのであれば、それもまたよし」
ソリンゲンも、構えを取った。
彼も、次の一撃でアレスにとどめを刺すつもりだ。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ。
……すぅーーっ……」
アレスは目をつむったまま、呼吸を整える。
……いまだかつて、彼が感じたことのない精神の静けさ。
呼吸がからだのすみずみまで行きわたり、血液がめぐっていくのを感じる。
全身の細胞のひとつひとつが、彼の闘う意志に応えようとしている。
そしてその意志は、筋肉の動きを介して彼の龍にも伝わっていたのである。
そうして、彼とその龍は駆けだした。
いまだかつてない強敵へと、最後の一撃を放つために。
自身へと迫りくるアレスの動きを見て、ソリンゲンは彼が繰りだす技を予測できていた。
――やはり『破突槍』か。
だが、その技は先ほどから何度か放っているが、いずれも某は真っ向から弾きかえしている。
愚かなり。
馬鹿のひとつ覚えに技を放って、いったいなにになるというのか……!
しかしそこで、ソリンゲンはアレスに起こっている変化に気づく。
それは、今までのアレスが体得していなかったはずのとある境地。
「これは……!」
――『明鏡止水』!
……この男は感覚に頼るというよりも、明確な理論に基づいて戦う型の男だ。
彼が『破突槍』を放つ際には、龍の動きと一体化するために、全身の筋繊維の一本一本に至るまで厳密に統制されている。
しかしその分、筋肉の緊張が取りきれていなかったのだ。
だが彼はこの土壇場にきて今までの作法を捨て、感覚のみに身を委ねようとしている。
心を無にし、龍の動きに身を任せ、からだは脱力しきっていた。
つまり、今の彼は無心・無想。
……じつはこの『明鏡止水』、ソリンゲンが実践していた武芸の真髄、秘密の境地である。
だが、こと『突き』に関してだけは、『明鏡止水』を用いても彼とアレスは互角であった!
全身の筋肉の緊張がほぐれ、緩やかに伸びている。
そしてその伸び代の分だけ、収縮したときに爆発的なちからを生む!
――あるのは、今は亡き友への感謝の念のみ――。
『破突槍・解』!!
「某を甘く見るでないわ、貴様ぁっ!!」
ソリンゲンも、『突き』をもってしてアレスの技を迎えうった!
しかし……!!
「ぐっ、ぅっ、ぐあああああぁっ!!」
ソリンゲンの槍斧が、アレスの槍に競り負ける。
槍斧をもつ腕が弾かれ、無防備になった腹を貫かれた!
アレスが槍をひき抜くのと同時に、ソリンゲンの腹から大量の血が噴きだす。
「ぐぅっ、うううぅっ……!」
「…………」
アレスはソリンゲンから再び距離を取り、彼の様子をうかがっていた。
ソリンゲンは腹を貫かれ、大量に出血していたが、かろうじて急所ははずれていた。
彼は腹の穴からあふれる血を押さえ、憎々しげにアレスをにらみつけた。
「くっ……! おのれ……!
下等民族の分際で……!!」
……明らかに、ソリンゲンはアレスより格上であった。
ほぼすべての戦闘技術において、彼は勝っていたと言ってもよい。
しかし、ただ『突く』という技術一点においてのみ彼は負け、敗北しようとしていたのだ。
――おのれ……。
だが、帝国国民が、その他の民族に負けるわけにはいかぬ!
ソリンゲンは腹を押さえる手を放し、再び槍を振りあげてアレスへと襲いかかった!
「我ら帝国国民こそ、世界最強の民族なのだあああぁぁっ!!」
ソリンゲンは上段の構えから槍斧を振るった!
だが、それはわずかに彼の射程から遠い距離、のはずであった。
……それはソリンゲンの足掻きの奇襲にして、最後の切り札。
彼は両肩の関節をはずして射程を伸ばし、アレスの意表を突いたのだ!
しかし、アレスは最後まで冷静であった。
斬り!
払い!!
突く!!!
「!!?」
アレスからの反撃を食らい、ソリンゲンは龍の上からくずおれていく。
――これは、某の『帝・国・愛』。
なぜ、この者が……!?
……アレスは民族の垣根を越えて、戦った相手へと最大限の敬意を表していた。
彼は槍を地へと刺し、乗りこえるべき壁となってくれた強敵へと、感謝を述べる。
「どの血筋が秀でてるとか、どの民族が優れてるだとかは私にはわからぬのだが……」
――これで私は、もっと強くなれる。
「すばらしい技の数々を披露してくれたことに、感謝する」
うすれゆく意識のなか、ソリンゲンは自分が負けた理由を考えていた。
実力は、確実に自分が上だった。
血筋や民族は、自分のほうが秀でていたはずなのに。
――そうか。これは『器』の違いか……!
「お見事……!」
ソリンゲンはそれだけつぶやくと地へと倒れこみ、ちから尽きたのであった。
アレス 対 ソリンゲン、決着です!
次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!




