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第255話 見えざる矢

 バルバネラは鞭を振るう手をとめ、サキナへと話しかけてきた。


「アナタ、綺麗な顔して意外とシブトイのねぇ。名はなんと申すのかしら?」

「はぁっ、はぁっ…………サキナ」

「そう。ワタクシの名はバルバネラ。

 帝国貴族で、かつては帝国と最後まで覇を争った大国の王女よ。

 アナタの身分はなにかしら? 爵位(しゃくい)は?」

「……私はカレドラルの平民の出よ。なにか文句ある?」


 そこでバルバネラは口に手を当てて、大袈裟(おおげさ)に驚きを表してみせた。


「マァッ!! 平民の出?

 なんと可哀想なのかしら!」

「可哀想……?」


 バルバネラの反応にサキナはいらだちを覚え、眉根を寄せる。


「可哀想に決まってるじゃない!

 人は生まれを選べないのよ。

 貴族に生まれれば栄華を極め、この世の甘露(かんろ)を味わえる。

 下賎の民として生まれれば、地を這いつくばって泥水をなめ、その身には生きる価値すら与えられないわ」

「わかりやすいほどに権威主義者ね。

 反吐(へど)がでるわ……!」


 サキナは怒りを(あら)わにするが、バルバネラにはなにひとつ響かない。

 彼女は胸に手を当て、自身の高貴さにただただ酔いしれていた。


「あぁっ! あぁっ!!

 平民が自身の生まれを呪い、やり場のない怒りをにじませるのはなんて愉快なのかしら!

 さらにその美しい顔を、苦痛でゆがませることができたなら……。

 すばらしき幸福の時だわっ!!」

「……お話にならないわね。

 不愉快極まりない。

 あなたとこれ以上、無駄な話をする気はないわ」

「オホホホ! なんとでもおっしゃい!

 そのワタクシに届かない弓矢で、いったいなにをどうする気なのかしら?」

「そう、どうやら届かないようね。()()()()()()

「……ッ!?」


 サキナは自身を照らしだす篝火(かがりび)へと弓矢を向けた!


三重奏(トリンセオ)』!!


 サキナは彼女の周囲にあった三つの篝火を撃ちぬき、その火をうち消した。

 瞬間、サキナとその龍の姿は暗闇に包まれ、バルバネラの視界から消えることとなる。


「なんですって……!?」


 バルバネラは目の暗順応(あんじゅんのう)が追いつかず、焦りを覚える。


 そしてサキナはすかさずいくつかの弓矢をつがえ、再び射ちはなった!


「シッ!!」


 五本の弓矢が、バルバネラへとめがけて飛んでいく!


 ――矢の出どころが見えなくて、軌道が読めない……!


 篝火の火を消したことにより、バルバネラの反応は確実に遅れた。

 サキナが射ちはなった矢は、ついにバルバネラの身へ届くかと思われたのだ。

 だが……!


「ハッ!!」


 バルバネラはその驚異的な反射神経で、すべての弓矢をはたき落としてしまった!

 彼女は最後の一本を空中で絡めとると弓矢を手に取り、高慢な笑みを浮かべてみせた。


「オホホホ。

 その程度の小細工でワタクシを射抜こうだなんて、甘すぎるにも程があるわね。

 ……平民の分際でワタクシに楯突(たてつ)いたことを、後悔なさい!!」


 そう言うとバルバネラは大きくからだをねじり、右手の鞭を振りかぶった!


螺旋(シュピル・)禍坤(ウラトアデル)』!!


「!!」


 バルバネラが振るった鞭がサキナとその龍に、螺旋(らせん)を描きながら迫りくる!


 ……バルバネラはこの短い応酬(おうしゅう)のなかで、サキナが抱える弱点を見抜いていた。


 ――『残心(ざんしん)』。


 弓術において、矢を射ちはなったあともからだを動かさずに、矢が当たった場所を見据える所作(しょさ)

 一度に射ちはなつ矢が五本ともなれば自然、一射に残す心の量も多くなる。

 サキナが『五重奏(クインセオ)』を放ったあとにはひと際大きな隙が生じるのだということを、バルバネラは見抜いていたのであった。


「くっ……!」


 自身の周囲を暗くしてしまったことも裏目にでてしまい、サキナは自身に振りかかる鞭をかわしきることができない!


「あぁっ!!」


 サキナとその龍は、鞭による斬撃を受けてしまった。

 龍は翼と体幹を傷つけられ、倒れた。


 乗っていたサキナは脇腹をえぐられ、ひとつにまとめていた髪も斬られてしまった!

 長かった美しき黒髪ははらりと落ち、今は肩くらいの高さに斬りそろえられてしまっていた。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」


 サキナはえぐられた脇腹を押さえながら、うずくまっている。


 そんな彼女の様子を見て、バルバネラは恍惚(こうこつ)の表情を浮かべていた。


 常に冷静沈着で表情を崩さないサキナ。

 彼女が苦しむ姿はバルバネラの嗜虐心(しぎゃくしん)をくすぐり、無上の悦びを与えていたのだ。


「オホホホ……。愉快、愉快極まりないわ。

 やはり所詮は平民。

 いくら粋がって見せようが、貴族の前ではひれ伏すしかないのよ。

 もっと遊びたいところだけど、いかがかしら?

 素直に負けを認めれば、苦しまずに一瞬で逝かせてあげてもいいけれど?」

「……無理ね。

 素直に負けを認めるなんて、とうてい無理。

 腹が煮えくりかえって、仕方がないのだもの」

「ハァッ……?」


 サキナのこの返答に、バルバネラは(ひたい)に青筋を立てた。

 目の前でうずくまる相手に、冷酷な殺気を向ける。


 しかしサキナに、動ずる気配はいっさいない。


「なに強がってんのよ。

 今のアナタに、いったいなにができるというのかしら?」

「強がってなんかいないわ。

 むしろあなたに感謝すらしているくらいなの。

 あなたがあんまり憎たらしいおかげで、ようやく()()()()わ……!」

「……完成した……!?」


 瞬間、バルバネラは自身の背筋が凍りつくのを感じた。


 自身の勝利が確実な状況。

 しかし、相手の表情に見られるのは揺るがぬ勝利への確信。

 今のこの状況は実は不確かなもので、覆されようとしているような感覚。


 そしてその悪い予感は、すぐに的中することとなるのであった。


「――『六重奏(セクステリオ)』……!」

「!!?」


 そのとき、天空高く降りおちてきた弓矢が、バルバネラの左肩を貫いた!


「がっ……!!」


 バルバネラは痛みに脳髄(のうずい)を刺しつらぬかれながらも、瞬時になにが起こったのかを分析していた。


 ――六本目の矢?

 しかも宙空(ちゅうくう)高く()を描いて、時間差で!?

 自身の周囲を暗くしたほんとうの理由は、六本目の矢を夜闇に紛れさせるため……!


 サキナはついに、六本目の矢を同時に射ちはなつことに成功していたのである。

 驚異的な弓術をもつ彼女ですら今まで成功させることができなかった技を、この土壇場(どたんば)で!


 彼女の六本目の矢は、バルバネラの左肩の急所を的確に刺しつらぬいていた。

 バルバネラはこの戦いで左肩をあげるどころか、激痛でからだを動かすことすらままならないはず。


 サキナは相手に決定的な一撃を与えており、勝負はそのまま決したかと思われた。

 ……だが、バルバネラが見せた反応は、彼女がまったく予想だにしないものなのであった――。




※『螺旋禍坤らせん かこん』……新体操のリボンのように、鞭で螺旋を描いて斬りきざむ技です。


※「バルバネラの鞭の金属球ってなにを動力にして動いてんの? 電池? なくならんの?」と疑問にお思いの読者様もいらっしゃることでしょう。


 実はバルバネラの鞭にはゲラルドが開発していた『自然素取りこみ装置』の技術が導入されており、周囲の自然素を吸収・変換して半永久的に動くことが可能です。


(『機龍兵』も燃料油を用いる主動力機関のほかに、電気作動部ではこの技術が用いられていました)


 まさしく未来を創造する技術力。


 残忍な男ではありましたが、世界は惜しい人材をなくしてしまったものです。


 後付けじゃないよ!



 今回の場面は次回に続きます。


 次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!

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