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第254話 血染めの王女

 サキナは、バルバネラが繰りだす猛烈な『(むち)』の連撃をかわしつづけていた。


 バルバネラがもつ右手の鞭の射程(リーチ)は龍五匹を縦に並べたほどの距離に相当する。

 鞭としては異様な長さだと言ってよいだろう。


 しかもバルバネラはそれだけの長さの鞭を自在に操り、その狙いは他人の頭髪に差した小枝を射程ぎりぎりから打ちぬくほどに正確である。

 もっとも、彼女の性格なら迷わず他人の頭をうち砕くだろうが。

 さらに――。


曲がり羽根(プリエルメ)』!


 サキナは宿営地にならぶテントの影に隠れ、矢を放つ。

龍御加護(たつみかご)の民』独自の技術でつくられた、曲がる軌道を描く矢。


 彼女は死角からでも正確にバルバネラを狙って射撃してみせた。

 しかし、サキナが放った矢はいとも容易(たやす)くはたき落とされてしまう。


 バルバネラが左手にもつ、もう一本の『鞭』。


 右手にもつ鞭と比べると格段に短い。

 せいぜい、長めの教鞭(きょうべん)ほどの長さ。

 鞭としても短い部類だが、その分小回りが効く。


 どうやらバルバネラは右手の長い鞭で攻撃、左手の短い鞭で防御と、左右で役割を分担させているようなのだ。

 しかも、左右のいずれも極めて高い水準の技術をもっている。


 ――それならば……!


 サキナは五本の矢をつがえたまま、宿営地のなかのテントのあいだを駆けだす。

 テントとテントの隙間からバルバネラへと射線が通った瞬間に、彼女は矢を射ちはなった! 


五重奏(クインセオ)』!!


 サキナの渾身の一射。

 五本の矢はすべて、バルバネラの急所へと寸分違わず飛んでいく!


 ……だがこれも、やはりバルバネラの左手の鞭ですべてはたき落とされてしまう。

『五重奏』はサキナの驚異的な射撃技術を象徴する技であったが、バルバネラの鞭の操法(そうほう)もまったく引けを取らぬものであった。


「オ~ホホホ!!

 何本まとめて射ようが、弓矢ごときでワタクシを傷つけることなんてできないわ。

 早くその美しく整った顔を、苦痛でゆがませてみせてちょうだいっ!!」


 ……一見して嗜虐(しぎゃく)的で好戦的な性格とは裏腹(うらはら)に、左手の守りの鞭の操作は堅実にして精密。

 その自信はたしかな戦闘技術で裏打ちされていることがうかがえる。




 ――『血染めの王女』バルバネラ。


 かつて帝国が大陸を統一する過程で、最後まで帝国と覇を争いつづけた大国があった。

 バルバネラはその大国の、王女になるはずだった家系の生まれである。

(したがって、『王女』はあくまで愛称。

 その武力に免じて、現在でも貴族の地位は維持されているが)。


 かつての帝国に匹敵するほどの強大な軍事国家。

 彼女はその軍事国家の第一王女として、徹底して戦闘の英才教育を叩きこまれた。

 その残虐かつ好戦的な性格と、高い実力を買われ、彼女は『黒夢(くろゆめ)の騎士団』へとひき抜かれたのであった。




「オ~ホホホ!!

 逃げまどってもムダよ!

 隠れる場所すらなくしてやるわっ!!」


 バルバネラは得意の女王笑い……いや、王女笑いをあげながら、狂ったように鞭を振りまわしている!


 彼女の右手の鞭は、宿営地のテントも資材も斬りきざみ、吹きとばしていた。

 サキナはそれらのバルバネラの攻撃を、すべて紙一重でかわしている。


 ……サキナはその並みはずれた弓術(きゅうじゅつ)に注目されがちであるが、実は回避能力にもかなり長けている。

 彼女の正確無比な射撃を支えているのは、どんな体勢からでも弓を射れる強靭な体幹と、華麗な身のこなしなのである。


 彼女は自身の頭上を掠める鞭を冷静に観察し、分析していた。


 ――かすかに聞こえる、機械の作動音。

 これはただの鞭ではない……!


 ……その右手の『鞭』は、旧アイゼンマキナ製の特殊な鞭である。

 表面に刃のついた微小な金属球の中心に、強くしなやかな金属線が通してある。


 これらの金属球は数珠(じゅず)つながりとなっており、バルバネラが握りを操作すると高速で回転しはじめる。

 この高速回転する刃つきの金属球が攻撃力を飛躍的に高め、通常では実現しえない鞭での『斬撃』を可能とする。


 本来、使い勝手や破壊力の面において、鞭は戦場で有用性の高い武器とは言えないであろう。

 そもそもは牧畜(ぼくちく)や拷問の道具として発達した武器であり、殺傷能力が低いからだ。

 しかしこの特殊装備が、ただでさえ高いバルバネラの攻撃力を凶悪なほどまでに高めていたのである!


 ちなみに左手の短いほうの鞭も旧アイゼンマキナの技術で表面が被覆(コーティング)されており、柔軟でありながら異様に高い耐久力をもつ。


 猛烈に振りまわされる鞭をかわしつづけながら、サキナは歯噛みした。


「左右どちらの鞭も剛性が高く、矢で断ちきることはできない。

 こちらのほうがやたらと不利というわけね……!」


 右手の鞭は回転する金属球に弓矢が弾かれてしまい、左手の鞭はそもそも耐久性が高い。

 サキナが放つ弓矢で、鞭を切断することはかなわない!


 いっぽう、バルバネラは決してサキナを鞭の間合いからは逃がそうとせず、攻めよってくる。

 サキナが空へと逃げようとすれば、龍が飛びたつ瞬間を狙って鞭を打ちこむ腹づもりだ。


 そうこうしているうちに身を隠す障害物がすべて破壊されてしまい、バルバネラから見てサキナの姿が(あら)わになってしまった!


「くっ!!」


 サキナは迫りくる鞭をかろうじてかわしたが、(ほほ)を斬られてしまった。

 小さく血飛沫(ちしぶき)があがり、その美しく張りのある頬を赤い血が伝い落ちていく。


 サキナが龍の背上で体勢を崩し、龍もふらつく。

 彼女もろとも転倒しそうになるが、龍はかろうじて踏みとどまってくれた。


 まだ破壊されずに残っていた篝火(かがりび)が、サキナとその龍の姿を照らしだす。


 ……と、そこでバルバネラは鞭を振るう手をとめ、彼女に話しかけてきた。

 右手の長い鞭は地面を強くひと打ちしたのち、左手へと納められた。

 左手で短い鞭の握りと、長い鞭の先端を束ねてもつかたちだ。


「アナタ、綺麗な顔して意外とシブトイのねぇ。名はなんと申すのかしら?」


 サキナは、バルバネラからの問いかけへと答えた――。




※『龍五匹を縦に並べたほどの距離』……第1部第7話で「龍は馬二頭分から三頭分を合わせたくらいの大きさ」と定義しており、一馬身は約二.四メートルとされています。


 つまり龍五匹は三十六メートルほどです。


 二十四メートルのプールを思いうかべていただくと、その射程距離の長さが伝わることかと思います。


「長すぎるだろ!」と思われるかもしれませんが、世界最長の鞭は七十二メートルにも及びますので、なくはないのではないでしょうか!


※現実でも、鞭の先端速度は音速を越えると言われています。


 人間が手で振って使う武器としては最速であり、唯一音速突破が可能な武器であると言えるでしょう!


 今回の場面は次回に続きます。


 次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!

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