第252話 明星の盃
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レゼルが再び、ゼトレルミエルへと願いでた。
「主よ。
闇の龍神は今も人の世界を支配し、圧政で人びとを苦しめています。
しかし、彼のもののちからは強大です。
なにか、私たちに戦う術はないのでしょうか……?」
レゼルからの願い出に、ゼトレルミエルは答える。
『我が子、人の子よ。
其方がリーゼリオンに認められし者だということはわかっている。
だが、人の身でありながらにして闇の龍神に挑むことは確実な死を意味するに等しい。
その身がひき裂かれんほどの苦難を受け入れるだけの覚悟が、其方にあると申すのか?』
目をつむってゼトレルミエルの話を聞いていたレゼルは、その双眸をひらく。
その顔に浮かぶのは、揺るぎなき決意の表情。
彼女の緑翠の瞳には、一片の迷いも見られなかったのであった。
「どんな苦難も、受けいれます。
私は誰もが幸せに暮らせる『夢の国』をつくるため、どんなに強大な敵とも戦います」
レゼルの決意にまた、ゼトレルミエルも応えた。
『よかろう。人の子、レゼルよ。
其方に我がちからを授けよう』
「!! それでは……!」
『だが、我がちからを授けるのには条件がある』
「!?」
俺とレゼルは一度互いの顔を見合わせたのち、再びゼトレルミエルのほうへと目を向けた。
ちからを授けられるのに、条件があるだと……!?
そしてついに、光の龍神は動きだす。
今まで身動きひとつしなかったゼトレルミエルが、その巨体を起こしたのだ!
彼のものは正面から俺たちのことを見据えている。
その立ち姿にただよう威厳と神々しさはまさしく、すべてのものの父なる姿。
『我がちからを得るはこの世の創成の神になるのと同義。
其方にその資格があるかどうか、試させてもらおう!』
「うっ……!」
「これは……!」
まぶしい……!
とてもじゃないがまともに目を開けていられないほどだ。
ゼトレルミエルが発していた弱々しい光はかつての輝きの片鱗を取りもどし、俺たちのことを照らしだしている。
そのからだから放たれるのは、万物の因果を見抜く審判の光。
俺たちを照らしていた強い光はやがて一点に収束していき、目の前でひとつの盃となった。
両手で包みこめるほどの、小さな盃。
盃のなかには液体が満ちており、夜空を思わせる深い青紫のなかに、星粒のような無数の光が散りばめられて浮かんでいる。
そのさまは、かつて俺がレゼルに贈った『合わせ星の砂』の色合いを思い起こさせるものだった。
「これは……?」
「レゼルを試すって……。
これが試練ってことか……!?」
『左様。それは『明星の盃』。
なかに無数に浮かぶ光の粒子は、そのひとつひとつが其方が背負うべき因果だ』
「因果……!?」
レゼルが言葉を繰りかえすと、ゼトレルミエルはうなずいた。
『その盃に満たされた液をひとたび口に含めば、其方の精神は立ちどころに因果律の海へと放りこまれる。
其方が背負った因果をすべて受容することができたとき、はじめて人の領分を超えて神のちからを授かる資格を得るのだ』
「私が背負った因果を、受容する……」
……俺には、ゼトレルミエルが言っていることがちっともわからなかった。
受容……受けいれるってことか?
自身が背負った因果を受けいれるとは、いったい……!?
「……この盃に満たされた液を、口に含めばよいのですね?」
「左様。
だが、人の身でありながら、その身にすべての因果を背負うことは容易なことではないぞ。
其方のように、絡みついた因果が多い者であれば尚更のこと。
受容できなければ精神は死に、肉体の死にも至る」
……これは、ゼトレルミエルからの警告だ。
試練を乗りこえられなければ、ちからを得るどころか、命を落とすことともなる。
この試練は、それほどまでに過酷だというのか……!
……しかし、今さらレゼルの決心が揺らぐことはなかった。
彼女は『夢の国』をつくるために、今までいくつもの死線を乗りこえてきたのだから。
「すべて、覚悟のうえです」
レゼルはひざまずき、盃を手に取る。
そして盃を持ちあげて傾けると、なかの液体を口に含んだ。
今回の場面は次回に続きます。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします。




