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第249話 闇の龍神


 前回の場面の続きです。


 光の龍神たちは『天上界(てんじょうかい)』から、人と龍の営みを見守っていた。


『天上界』はまさしく、理想郷のごとく美しき世界。


 あまねく照らす光に包まれ、大気には常に柔らかな風が吹きわたる。

 その土壌からわく金色(こんじき)(みつ)をなめれば、全知を得る悦びにひたれたという。


 そうした世界で、龍神たちは各々(おのおの)の役割を果たしていた。


 各自然素を(つかさど)る龍神たちは、自然素の流れを統制し、天地の均衡を保つ役目を務めた。

 天地を穏やかに保つばかりではなく、時には天災を装い、悪しき人や龍に制裁を与えることがあった。

 あるいは時には、ちからをもて余した龍神どうしでじゃれあい、天地に雷や嵐をまき起こしてしまうなんてこともあったのである。


 自然素の統制ばかりではない。

 百を超える龍神たちのなかには、人間に化けるものもいた。


 時には人間に化け、神具(しんぐ)を授けるものがいた。

 またある時には、人間に神託(しんたく)を授け、人と龍の歴史に介入するものもいた。


 そうした神々は『芸事(げいじ)』の神だったり『学術』の神だったりと、自然を司るのみならず、人間にとってさまざまな役割をもつ神がいたのである。

 気まぐれに人や龍を翻弄(ほんろう)することもあれど、龍神たちはまさしく、この世界の守り神だったのだ。



 

 龍神たちの庇護(ひご)のもと、人と龍の世界は成熟していく。

 ……しかし、世界が成熟していくにつれ、この世には影と闇も増えていった。


 天空に広がるものであったはずの闇が、この世界にも入りこんでいったのだ。

 そうして世界に闇が増えていくにつれ、それらの闇を()べるがごとく発生したのが、『闇の龍神』デスアシュテルであったのだ。




『デスアシュテルは我が分身にして、(われ)の影絵にも等しき存在だ。

 だが、()のものは顕現(けんげん)した瞬間から、この世に激しい憎悪を抱いていた』


 俺は再び、ゼトレルミエルに疑問を投げかけた。


「のちのち暴走することがわかってたのなら、さっさと闇の龍神をやっつけておけばよかったんじゃないのか?」

『彼のもののちからは強大だ。

 かつての我をもってしても、単身でうち勝つことは容易ではない。

 おいそれと手をくだすわけにはいかなかったのだ』

「そんな……。

 闇の龍神の(いくさ)のちからは、(しゅ)をも上回るというのですか……!?」

「おいおい、マジかよ……!」


 光の龍神は、全知全能といわれる創世の主神。

 そのゼトレルミエルですら、闇の龍神はもてあましてしまうというのか。


 知れば知るほどに、恐ろしい相手であるということがわかる。

 雲の上の存在とは、まさしくこのことである。




 ……伝承のとおり、闇の龍神は若い神である。

 それも、圧倒的に若い。


 ほかの龍神たちが数千年という時を生きていたのに対し、闇の龍神は誕生してから二千年にも満たぬほどである。


 しかし、その破滅のちからは圧倒的であった。

 主神である光の龍神をもはるかに超える戦闘力。

 ほかのちからある龍神たちも、彼の動向を注視しながらも、手出しはできなかったのである。


 いっぽう、闇の龍神はその強大すぎる破滅のちからを発揮する場所を探しもとめているかのように、この世界に憎しみを抱きつづけた。

 龍神たちのあいだの緊張は時を経るごとに高まっていき、そして……。


 ついに、その時は訪れた。


策謀(さくぼう)』の龍神クライツォーネが、闇の龍神の謀殺(ぼうさつ)を企んだのだ。

 だが、いち早くその企みを見抜いた闇の龍神は、逆にクライツォーネを殺害してしまう。


 この一件を皮切りとして、龍神たちの戦いが始まる。


 千年前に起こったとされる、神々の争い。

 のちの世に語られる、『龍神戦争』である。


 百余りの龍神たちを率いる光の龍神に対して、闇の龍神はただひとり。

 極限ともいえる戦いのすえ、光の龍神たちは闇の龍神を封印することに成功する。


 しかしこの戦いで光の龍神たちは姿を消し、闇の龍神はいつか復活して世界を破滅に導くとされていた。

 そうして、現在の世へと至るのである。




『我らはデスアシュテルを封印したが、ほかの龍神たちは我を残してすべて死に絶えた。

 我自身もちからを使いはたし、寿命の大半を失ってしまったのだ』

「ほんとうに闇の龍神ひとりに、ほかの龍神はすべてやられちまったってのか……!」

「闇の龍神のちからとは、それほどまでに……!」


 闇の龍神は封印されたが、光の龍神たちはほぼ全滅。

 唯一生きのこったゼトレルミエルも身を隠さざるをえないほどに弱体化し、その命は今にも尽きそうである。

 実質、光の龍神たちの敗北であったと言わざるをえないだろう。


 ……絶望的だ。あまりにも絶望的。

 俺たちは、そんな奴にうち勝とうとしていたのか……。


「……しかし、どうして闇の龍神はそんなにまでこの世界を憎んでいたんだ?

 あんたらはよっぽど奴に憎まれるようなことをしてたのか?」

『……我にはわからぬ。

 龍神たちはデスアシュテルの動向を警視(けいし)はしていたが、クライツォーネが謀殺を企てるまで、危害を与えることはなかった。

 ……それに我には、どうにも奴の思考を理解することができぬ。

 デスアシュテルの心の動きは、人の子のように複雑で難解だ。

 なぜ奴が世界を破滅させずに、人間に(ふん)しつづけているのかも、我にはわからぬのだ』


 ……複雑で難解?

 いろいろ気になる点はあるが、俺にはまるで、ゼトレルミエルには「人の心を理解することができない」と言っているように聞こえた。

 そして闇の龍神にも、そんな人のような心をもっているとでも言うのか……?


 と、そこでレゼルが再びゼトレルミエルへと願いでた。


「主よ。

 闇の龍神は今も人の世界を支配し、圧政で人びとを苦しめています。

 しかし、彼のもののちからは強大です。

 なにか、私たちに戦う術はないのでしょうか……?」


 光の龍神たちでも倒すことができなかった相手。

 だがそれでも、彼女は人類の代表として立ちむかう。


 すがるように救いを求める彼女に対し、ゼトレルミエルが示した答えは――。




※コトハリが生まれた『異界の空』は、厳密に言えば『冥界』や『天上界』のような並行する異世界ではありません。


 光の龍神が『陽炎の神殿』で眠りについたのち、世界(レヴェリア)の最果ての空で自然発生的に生まれた『幻神』が、そこに住まう人々を支配・洗脳してつくりあげた空の領域なのです。


 つまり『幻神』は神というよりもむしろ怪異、『大妖怪』とでも言ったほうが正しいかもしれません。



※サヘルナミトスが光の龍神の所在を知っていた理由。


 サヘルナミトスは『冥界』の地の底に杭で打ちつけられたのちも、『現世』を監視していました。


 彼は光の龍伸が闇の龍神との戦いを終えたのち、『陽炎の神殿』へと隠れ住むところを目撃していたのです!


 神がいないこの千年間は、サヘルナミトスにとって『現世』を侵略するチャンスでした。


 しかし杭で肉体を封印されていたため、ヴィレオラと血の契約をかわすまで『現世』に干渉することができずにいました。 


 ようやく『現世』に干渉できるようになったころには、『若僧(闇の龍神)』が幅を利かせていたというわけなのです。



 次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします。

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