表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
247/330

第246話 天才の不調

 シュフェルはグレイスとレゼルが旅だったのち、自身の訓練を再開していた。


 ルペリオントの領空に潜伏している騎士団の基地が見つからぬよう、ひとり遠く離れた無人島へとやってきて、訓練していた。

 ルペリオントの領空外、どこの国にも属さぬ浮き小島で、彼女はひとり、自身と向きあいつづけていたのだ。


雷剣(エクレスペル)』!!


和奏(わそう)』の響きをともなって、雷光が(きら)めく!


 それは、一撃であたり一帯を灰塵(かいじん)に帰すほどの破壊力。

 これだけの威力の技を放てるのは、敵からすればかなりの脅威(きょうい)だろう。

 だが……。


「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」


 やはり雷電が散逸(さんいつ)してしまい、一点に集約することができない。

『雷の長剣』ヴァリクラッドに振りまわされ、思いどおりの軌道を描けないのだ。


 これでは、シュバイツァーの砂の防御壁を貫くことはできない。

 彼の防御壁には、『大地の自然素』を凝集させた金剛石(ダイヤモンド)も織りまぜられている。


「くそっ!

 なんでだ、なんで言うことを聞いてくれねェんだよ……!!」


 ……かつて、オラウゼクスは言った。

『この剣は気分屋だ。使いこなせるかどうかは貴様次第だな』と。


 しかし、ここまで強情(ごうじょう)だとは思わなかった。

 ヴァリクラッドは彼女がいくら協力するよう働きかけても、応えてはくれなかったのである。


 彼女は息を切らしながら、自身がにぎるヴァリクラッドへと問いかけた。


「なぁ、なんでアタシじゃダメなんだ……?」


 今日も一日じゅうヴァリクラッドを振りまわしているが、いっこうに使いこなせるようにはならなかった。

 それでもあきらめずに訓練しつづけるシュフェルだったが……。


 そこで、彼女に異変が起こる。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……。

 くそっ、もう一回、だ………ッ!?」


 彼女はクラムとの『和奏』を試みたが、うまくいかない。

 途中でクラムとの『龍の鼓動(こどう)』と噛みあわなくなり、うまく調べを奏でることができないのだ。


「あれ? あれ?

 ……よし、まずは『共鳴(きょうめい)』から……」


 彼女は難易度をさげ、『共鳴』からやり直して調子を整えようとする。

『共鳴』なら、クラムの『龍の鼓動』と調子を合わせるだけだから、『和奏』よりははるかに簡単だ。


 ……が、やはり途中でクラムと噛みあわなくなり、うまくいかない。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


 呆然とするシュフェル。

 夕暮れ時となり、あたりはすでに暗くなりはじめていた。




「『共鳴』が、できなくなってしまったじゃと?」


 その日の夜。

 シュフェルは騎士団の基地へと戻ったあと、幹部たちにうち明けた。


 大テントのなかにいるのは、生きのこった数少ない幹部のみ。

 彼らの視線は皆、うつむく彼女へと向けられていた。


「それは、ゆゆしき事態なのではないか!?

 現状、我らの頼みの(つな)はシュフェル殿のみ。

 今、帝国軍に襲撃されたらひとたまりもないぞ……!」

「……ゴメン……」


 発言したのは、他国出身の幹部。

 シュフェルはうつむいたまま、ボソリとつぶやいた。


 しかしそこで、アレスが一歩前にでる。


「いや、こういうときこそ我われがシュフェル様をお守りするのだ。

 そのためにこそ、我われはいるのだから。

 今まで数々の危機から、騎士団を救ってくれたご恩を返すのだ」

「アレスの言うとおりよ。

 それに、シュフェル様は最近ますます(こん)を詰めて修練を詰まれていた。

 誰にだって、調子を崩すときくらいあるわ」

「そーそー!

 今こそ、ボクらのがんばりドキだよ!」


 アレスたちの言葉に、ブラウジはうなずいた。


「ウム。アレスたちの言うとおりじゃナ。

 疲れが溜まると、あたりまえのようにできていたこともできなくなったりするものじゃゾ。

 シュフェルよ、今夜はゆっくり休んで、体調を整えるのじゃ」

「ブラウジ……みんな……アリガト」


 ブラウジたちの優しさに、感謝を述べるシュフェル。

 彼女は素直に自身のテントへと戻り、早く眠るようにした。




 しかし、翌日になっても、さらにその次の日になっても、シュフェルはいっこうに『共鳴』をできるようにはならなかった。

 どうしても、途中からクラムの『龍の鼓動』と波長が合わなくなってしまい、『共鳴』が解除されてしまうのだ。


 エルマとレゼルがいなくなった今、彼女に適切な助言を与えられる者はいなかった。

 調子を取りもどそうと焦りが(つの)れば募るほど、うまくいかなくなっていく。



 

 シュフェルが不調に陥ってから、数日が過ぎた。

 彼女は騎士団の基地からほど近い森のなかで、クラムと『共鳴』の練習を続けていた。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」


 シュフェルは膝をつき、肩で息をしていた。

『共鳴』の状態を維持しようとするためには、人にとっても龍にとっても多大な精神力と体力が要求されるのだ。


 陽が沈んであたりはすっかり暗くなり、クラムはとうに疲れはてて眠りこんでいる。

 シュフェルはクラムの頭をなでながら、ひとり途方に暮れていた。


 ……龍騎士として、生まれついての才能に恵まれていたシュフェル。

 いまだかつて、『共鳴』するのにこれほど苦労したことはなかった。


 たかが『共鳴』――。

 彼女には、『共鳴』ができなくて苦労する人たちの気持ちがわからなかったのだ。


 そのときふと、彼女の脳裏(のうり)にガレルの姿が浮かぶ。


 彼は少しでも空いた時間を見つけては、人知れず訓練に打ちこんでいた。

『共鳴』を実現しようと、相棒の龍とともに時を積みかさねながら。


 ……彼はこの十年間、いったいどんな気持ちでがんばりぬいたのだろうか。

 終点(ゴール)の見えぬ霧のなかを、必死にもがきつづけて。

 彼がひそかに並はずれた努力をしてきたことは知っていたが、シュフェルはようやく、彼が味わってきたつらさを理解できたような気がしたのであった。


 シュフェルは、心のなかに映るガレルへと問いかけた。

 彼女の心のなかで、ガレルは龍に乗って空を駆け、自由に剣を振り、そして……彼女に笑いかけていた。


 シュフェルの頬を、ひと筋の涙が伝う。


「ねぇ、ガレル。教えてよ。

 こういうとき、人はどうすればがんばれるの……?」


 深い深い森の奥で。

 彼女はひとり静かに、涙を流した。




 クラムが目を覚ましたのち、シュフェルは騎士団の基地へと向かった。

 クラムの背中に乗って、夜の森のなかを行く。


 と、そこで彼女は異変に気がつく。


「……ハッ!」


 夜の闇のなかをただよってくる、かすかな気配。


 巧妙に隠しているが、それは強者特有の禍々(まがまが)しき殺気。

 そして、理不尽に命を奪っていく絶対的な死の気配。


「急ごう、クラム!」

「ガル!!」


 彼女は自陣に迫る危機を察知し、クラムに基地へと戻る足を急がせた。




「ぐああぁっ!!」


 兵士のひとりが、凶刃(きょうじん)に倒れた。


「敵襲! 敵襲だーっ!!」


 騎士団の宿営地が、にわかに騒然となる。


 宿営地の篝火(かがりび)の明かりに浮かびあがる、漆黒の鎧をまとった騎士たちの姿。

 そして、彼らを率いるひとりの『()()()』。


 彼らの姿を認めた騎士団の幹部が、震える声でつぶやいた。


「『黒夢(くろゆめ)の騎士団』と……シュバイツァーだと……!?」


 騒ぎを聞きつけ、アレスも龍に乗って現場に駆けつけていた。


 ――闇夜にまぎれて、少人数での奇襲……!!


 だが、帝国側は手加減などまったくしていない。

 こちらの戦力が千人程度なのに対し、『黒夢の騎士団』の人数は百名程度。

 だが、そのひとりひとりが自分たち部隊長と同等か、それ以上の実力を秘めているものと(もく)される。


 翼竜騎士団を壊滅させるのに、必要じゅうぶんなだけの戦力。

 帝国軍は本気で今夜、我われを全滅させ、反乱の芽を完全に潰すつもりでいるのだ!


 さらに向こうには、五帝将『地烈(ちれつ)』シュバイツァーも控えている。

 シュフェル様が不調で『共鳴』ができないことを悟られれば、一瞬でとどめを刺される可能性すらあるのだ。

 シュフェル様が『共鳴』できないのだということを、絶対に悟らせるわけにはいかぬ……!!




 シュバイツァーは、自身が率いる『黒夢の騎士団』の団員たちに呼びかけた。


「さぁ、てめぇら。思う存分に暴れろや。

 今夜、翼竜騎士団(こいつら)を完全にぶっ潰す!!」




 次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ