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第244話 冥邪のアメジスト

 シュバイツァーとヴィレオラは、皇帝の居室を後にした。


 ……互いにそれぞれの龍をひき連れ、長い長い階段をくだっている途中のこと。

 シュバイツァーはなにかを思いついたかのように、ヴィレオラへと話しかけた。


「おっと、ヴィレオラ。ちょっと待てや」


 シュバイツァーに声をかけられ、ヴィレオラも立ちどまり、彼のほうを振りむいた。


「? なんでしょうか、シュバイツァー様」


 ヴィレオラが不思議そうに首をかしげていると、シュバイツァーは彼女のもとへと歩みよった。




 ……このふたりの関係は、『師弟(してい)』である。

 ヴィレオラの才能を発掘(はっくつ)して連れてきたのは皇帝なのだが、当時まだ少女であった彼女に剣を教えたのはシュバイツァーなのだ。


 皇帝に剣術指導をまる投げされたときはさすがの彼も愕然(がくぜん)

 エツァイトバウデンとはまったく形状の違うフェルノネイフの剣術理論を一から構築し、指導するのには彼もかなり頭を悩ませたそうだ。

 (ちなみにヴィレオラもシュバイツァーが不良(ヤンキー)っぽくて怖かった)


 しかし彼の熱血指導の甲斐(かい)があって、ヴィレオラは五帝将のなかでも上位に位置するまでの実力を身につけていた。

 ヴィレオラもまた、今では彼のことを師として心の底から(した)っていたのであった。




「ヴィレオラ。

 お前、サヘルナミトスが滅ぼされて『冥界』のちからが弱まっちまったんだろ?」

「ええ、そういうことになります。

 誠に遺憾(いかん)ですが……」


 再び死者が増え、サヘルナミトスに代わる冥主が誕生すれば、冥界はちからを取りもどせるのかもしれない。


 だが、それがいつのことになるかはわからない。

 ヴィレオラが生きているうちに実現すればよいが、幾星霜(いくせいそう)もの月日を要するかもしれなかった。


「反乱軍の残党は俺がぶっ潰すから、お前が戦うことはないだろうが……。

 当面のあいだ、お前は死霊兵を呼びだすな。

 もし戦いになったら、自分の戦いにすべてを懸けろ」


 大規模な戦争において、死霊兵の軍団は非常に強い兵力となる。

 しかし、『冥門』の開閉や、死霊兵の操作には多大な瘴気の消費を要する。

 ともすれば、彼女自身の守りが(おろそ)かになることにもなりかねないのだ。


「申しわけございません。

 余計な心遣いをさせてしまい……」

「もともと死霊兵のちからを借りなくても、戦力的には帝国軍は余裕なんだから気にすんじゃねぇよ。

 ……あぁ、それとコレも持っていけや」

「コレ……?」


 シュバイツァーは(ふところ)から土の塊を取りだすと、それを核として大地の自然素を練りあげた!


 ――『冥邪のアメジスト』


 透明感がありつつも、深みのある紫色。

 照りかえす光をゆらゆらと揺らめかせ、底知れぬ妖艶さを(かも)しだしている。


 まるで、冥界の光が凝集してできた(かたまり)のような石。

 その紫色の水晶には、濃厚な瘴気が()められていた。


「シュバイツァー様、この『輝石(ライシュタル)』は……!?」

「崩れるシャティユモンの土を少しばかり取っといて、それを核にしてつくってみた。

 土の性質ってのはひとつとして同じ島はねぇからな。

 もったいねぇから取っておいて正解だったぜ。

 まぁ、なんかの足しにはなんだろうよ」

「この『輝石』が秘めるちからは、なにかの足しになるどころではありませぬ……!」


『冥府の神王(しんおう)』サヘルナミトスの瘴気をたっぷりと吸いこんだ土は、空気中をただよう微弱な瘴気を取りこむ性質を帯びていた。

 シュバイツァーが練りこんだ大地のちからも相まって、確実にヴィレオラの戦闘力を強化することであろう。

 その『輝石』はシュバイツァーの意思によって自由に出現させたり消したりできるものであったが、もし貴石として売りだしたならば、小国をひとつ買い取れるほどの価値をもつものであった。


「ありがたく頂戴(ちょうだい)いたします、シュバイツァー様……!」

「おぅ、なくすんじゃねぇぞ。

 ま、無理せずがんばれや」


 階段をくだりきったところで、ふたりは別れた。

 ヴィレオラはその場でひざまずき、立ちさっていくシュバイツァーと晶龍(しょうりゅう)の後ろ姿をいつまでも見送っていた。




 次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします。

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