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第242話 帝国首都『エルパレスガーナ』


 場面はいったん、帝国の風景に移ります。


 ――神聖軍事帝国『ヴァレングライヒ』。


 世界で最大の面積を誇る浮き島――大陸に建国された国。

 雄大な自然にあふれ、ファルウルに次ぐ水資源・ヴュスターデに次ぐ地下資源をもつこの大陸は『完全なる大地』と呼ばれ評されていた。


 しかしその恵まれた土地と資源をめぐり、古来より人と龍が争いを繰りひろげられてきたという歴史がある。

 かつては大小あわせて百をも越える国が覇を争っていた時代もあるのだ。


 千年を越える謀略(ぼうりゃく)と戦争の歴史のすえ、ついに大陸を統一した最強の国家こそが、ヴァレングライヒなのである。


 ヴァレングライヒが大陸を統一し、国家として現在のかたちに落ちついたのはせいぜい数十年前であり、カレドラルやヴュスターデなどほかの大国に比べれば、じつははるかに若い国なのでもあった。

 (ファルウルは人間が移住したのは数百年前であり、大国のなかでは比較的歴史は浅いほうである)


 そうした戦争の歴史もあって、帝国は圧倒的な軍事力を保有するのはもとより、傭兵業(ようへいぎょう)も発達していた。

 起源(ルーツ)をたどれば大陸の覇を争った各国のお抱えなのであったが、それらの強い傭兵たちは帝国の軍事力を、よりいっそう強大なものにしていたのである。




 そしてここは、ヴァレングライヒの首都エルパレスガーナ。


 世界最大規模のこの都市には、鉄炎国家アイゼンマキナから逆輸入した鉄鋼技術と石造建築技術が応用されている。

 煉瓦(れんが)を用いた石造建築技術に鉄鋼技術を織りまぜることによって、石造のみでは難しかった巨大建造物の建築を容易にした。


 大型の建物のあいだには架橋がかけられて人々が往来しやすくし、複雑に交差する高架線の上を鉄道が走る。

 また、移動手段として小型の飛空船が空を飛び交っており、龍に乗るのが難しい人々が遠出するのに利用している。


 外観だけではない。

 文化の面でもこの都市は世界の最先端である。


 世界じゅうに広がる帝国の領土から、風土品や文化がこの都市に流入されて集まるのだ。

 集まった文化は混ざりあい、洗練されて、昇華される。

 まさしく、世界の文化の発信地。


 めまぐるしく流行が変わる音楽を、街のいたるところで楽器隊が奏で、街ゆく若者たちはそれにあわせて踊る。

 当然、金銭的にも豊かで生活水準は高く、帝国国民は幸福な生活を謳歌(おうか)していたのだ。

 ……だが、その幸福は搾取(さくしゅ)されている世界じゅうの国々の苦しみと犠牲のうえで成り立っているのだということを知っているのは、一部の上位貴族のみ。


 ともかく、帝国国民たちはそんな幸せな日々を過ごしていたのである。


 しかし、反乱軍が目前まで迫りくるなか、さすがの帝国国民も不安を覚えずにはいられないようであった。

 雑踏(ざっとう)のなかには深刻な顔つきで、国家の安全に関して不安を訴える市民もいた。 


「おいおい知ってるか?

 シャティユモンはすべて崩れおちて消滅してしまったらしいぞ。

 本国は大丈夫なのか……!?」

「いや、それはたまたまシャティユモンの島の寿命が尽きたかららしいぞ。

 反乱軍は皇帝陛下とシュバイツァー様、そして黒夢(くろゆめ)の騎士団が直々に出向いて、壊滅させてしまったとのことだ」

「なるほど、本国は安泰(あんたい)というわけだな。

 さすがは皇帝陛下だ……!」


 中年の男がふたり、そんな話をしながら街を歩いていた。


 彼らは愛国者にして、国教の熱心な信徒でもあった。

 闇の龍神、すなわちカレドラル側から見ての『邪龍信仰』である。


 と、ふたりのうちの片割れが高架橋のほうを見あげた。

 高架橋の上ではなにやら市民たちが騒いでいる。


「ん? あれは……」


 そこには、『地烈(ちれつ)』シュバイツァーが降りたっていた。


 公務を終えて、街の視察にきていたのだ。

 周囲には、彼の取り巻きもいる。


「あっ、見ろ!

 英雄シュバイツァー様だ!」

「おお!

 なんと雄々(おお)しく、そして凛々しきお姿なのか……!」


 男たちのほかにも、シュバイツァーの登場に気づいた市民たちが、次々と喜びの声をあげている。


 頼もしく、そして美しい容貌。

 皇帝に次ぐ実力。


 めったに国民の前にでない皇帝の代わりに姿を見せることも多く、シュバイツァーは国民たちから英雄的な人気を得ていたのだ。

 さらに、相棒となる『晶龍(しょうりゅう)』の見た目の華やかさも、帝国政府の顔としてふさわしいと彼の人気に拍車をかけていたのである。


『晶龍』から降り、都市行政の要人と話をしながら高架線の上を歩くシュバイツァー。

 そんな彼のもとに、駆けつけてくる者たちがいた。


「シュバイツァーさまっ!」

「ん……?」


 名を呼ばれ、シュバイツァーが振りかえる。


 街の子どもたちだ。

 彼らは花束をもって、シュバイツァーのまわりをとり囲んだ。


「コラお前たち、(おそ)れ多いぞ!

 この御方(おかた)を誰だと思っているんだ」

「いい、気にすんな」


 子どもたちを追いはらおうとした取り巻きの兵士を、シュバイツァーは片手で制した。

 子どもたちは、彼への(あこが)れで目を輝かせている。


「ねぇねぇ、シュバイツァーさま。

 ぼくもおっきくなったら、シュバイツァーさまみたいにかっこいいキシになれる?」

「オレもオレも!」

「ばかっ、あんたたちなんかがなれるわけないでしょ!」


 ひとりの少年がシュバイツァーに問いかけ、まわりの子どもたちは思い思いに便乗(びんじょう)したり、馬鹿にしたりしている。


 シュバイツァーはそんな子どもたちの様子を眺め、ふとほほえみをこぼす。

 彼は自分に問いかけてきた少年の前にひざまずき、まっすぐに彼の目を見つめた。


「ああ、ぜったいになれる。

 自分(てめぇ)を信じぬいて、一歩ずつでも日々進みつづけることができたなら。

 その先に、必ずたどり着ける場所があるんだ」

 

 そう言って、シュバイツァーは少年の胸にトン、と(こぶし)を当てた。


「この小さなからだに、俺の魂の欠片(かけら)をそそぎこんだ。

 今日から()()が、お前の新しい心臓だ。

 どんなときでも、自分を信じていけるな?」

「シュバイツァーさま……」


 少年はあまりの喜びにしばし呆然としていたが、やがてパッと顔を輝かせた。


「うん!

 ぼく、ぜったい自分を信じてがんばる!

 そしてシュバイツァーさまみたいなつよいキシになる!!」

「いいないいな~!

 シュバイツァーさま、オレもやってくれよぉ」

「シュバイツァーさまっ……♡♡♡」


 最後に男の子たちの頭をクシャクシャとなでて、シュバイツァーは身を(ひるがえ)した。

 ませた少女たちが何人か鼻血をだして気絶しているが、それはひとまず置いておく。


「シュバイツァー様、急ぎましょう」

「ああ、わかってる」


 取り巻きに催促(さいそく)され、シュバイツァーは歩を速める。

 彼には行かなければならないところがあるのだ。


 ……そう。

 彼が忠誠(ちゅうせい)を尽くす、帝国皇帝のもとへ。




 次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします。

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