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第241話 重ねあう人生


 前回の場面の続きです。


 俺は、夜空に浮かぶ星々を見あげた。

 あるはずのない答えを、そこに探し求めようとして。 


「レゼル。

 俺にはエルマさんの代わりを務めることなんてできやしない。

 君と彼女が過ごし、そして失った時間を埋めることも」


 ずっとうつむいていたレゼルが、今は俺へとまなざしを向けてくれていた。

 涙がたくさんあふれた、エメラルドの瞳を。


「でも、これから君とともに『夢の国』を生きて、幸せな時間をつくりだしていきたい。

 君とともに、『夢の国』へとたどる道を歩んでいきたいんだ。

 ……身分も境遇もかけ離れたこの俺が、君のそばにいつづけることを、君は許してくれるか?」


 レゼルはあふれる涙と嗚咽(おえつ)で言葉を紡ぐこともままならなかったが、なんとか返事をしてくれた。


「……はい……っ!」


 俺は泣きじゃくるレゼルのからだを、そっと抱きしめた。

 彼女のかたちの整った(あご)を指で持ちあげ、そして……。

 俺は彼女に、口づけをした。




 彼女の口唇の、柔らかさを知る。

 頬を赤く染めて目をつむり、懸命に口唇を突きだす彼女が愛おしい。


 ずっとこのままでいたいと思ったが、息が苦しくなって、俺たちは互いの口唇を離した。

 彼女のうるんだ瞳を見つめ、再び彼女を抱きよせる腕にちからを込める。


「!? グレイスさん……っ!?」


 彼女は俺の腕にこもるちからの強さに驚く。

 からだのあいだに手を差しいれ、一度は俺を押しかえそうとした。


 彼女の瞳に浮かぶのは戸惑(とまど)いの色。


 しかしそれでも俺は、無言で彼女に訴えつづけた。

 彼女のことを大切にしたいという、想いと愛しさを。


 そうして彼女は、俺を受けいれた。




 傷つき弱った彼女に迫る俺のことを、人は最低な男だと(そし)ることだろう。

 だが、彼女へと向けるこの想いを、これ以上こらえることなんてできやしなかった。 


 ……ずっと前から言ってただろ?

 俺は、善人なんかじゃないって。




 川のせせらぎが聞こえる暗がりのほうから、光の粒が飛んできた。


 これは……ルシウル。


 カレドラルにしかいないとされている彼らだが、もともとはシャティユモンを原産とする生きものだという。

 シャティユモンに残って隠れ住んでいた群れが、島が崩落したのをきっかけに逃げてきたのかもしれない。


 ルシウルたちはレゼルの強い龍の鼓動に呼応して、一斉に明滅しはじめた。

 たとえ芥子粒(けしつぶ)ほどの命でも、その身に生きる悦びを(またた)かせて。

 俺とレゼルを、淡い光の粒子が包みこんでいく。


「……はぁっ……」


 レゼルは切なげに眉をひそめ、熱い吐息を漏らした。

 組みあわせた手にはちからがこもり、俺の手の甲へと、彼女の爪が立てられる。


 気がついたら、レゼルは俺の腕のなかでまた泣いていた。

 両目から大粒の涙をポロポロと(こぼ)しながら。


「私、悪い子だぁ。

 お母さまが亡くなって悲しいはずなのに。

 こんなことしてる場合じゃないのに。

 それでも今、あなたがそばにいてくれることが、どうしようもなくうれしい……」


 ……身分も境遇も、まるで違う。

 でも、今はふたりのあいだに境界があることを許せなくて。

 別々に生きてきたふたつの人生を、重ねあわせていく。




 燃えつきかけた焚き火の炭が、まだかすかに赤みを残すころ。


 レゼルは俺の胸に頭をもたせかけていた。

 その背中には、俺の上着が一枚かけられているのみ。


 彼女は眠たげな声で、俺へとささやいた。


「ねぇ、グレイスさん。

 あなたに、いっしょにきてほしいところがあるの……」




 ――『光の龍神は、生きている』。


 エルマさんが、皇帝へと最後の戦いを挑む前に残した言葉。

 彼女は俺たちに、光の龍神のもとへの行きかたを教えてくれていた。


探査(イノーケンス)』による記憶の搾取(さくしゅ)

 サへルナミトスの数千年にもおよぶ記憶のなかから、彼女がつかみとった情報だ。

 この世界の創世の神なら、闇の龍神である帝国皇帝に勝つ術を知っているかもしれない。




 翌日、俺とレゼルは皆の前に並び立ち、旅にでることを告げた。

 光の龍神のもとへ。

 俺とレゼル、ふたりだけの旅。


「姉サマ……」


 シュフェルがふらつく足取りでレゼルのもとへとやってきた。

 目の下には濃いクマをつくっている。


 ……彼女もまた、目の前でガレルを亡くして以来、眠れぬ夜が続いているのだという。

 今のシュフェルは、普段の彼女からは想像もつかないほどに弱々しく、はかなげに見える。


 そんなシュフェルの痛々しい姿を見て、レゼルは思わず彼女を強く抱きしめた。


「ごめんね、シュフェル。

 かならず私たちは戻ってくるから……。

 それまでほんの少しだけ、辛抱してね」

「うん、大丈夫だよ姉サマ。

 アタシがみんなのことを、ぜったいに守りぬくから……」


 姉妹は互いに涙を流しながら、しばしの別れを惜しんだ。


「姫様、道中くれぐれもお気をつけてくだされ。グレイスも、姫様のことを頼んだゾ」

「ああ、任せてくれ」


 ブラウジも、レゼルや俺の手をつないで送別の言葉を送ってくれた。

 彼はレゼルの身を案じながらも、彼女が元気を取りもどしたことに少し安堵(あんど)していたようだった。


 そうして俺とレゼルは皆に別れを告げ、旅だった。

 空の彼方(かなた)

 光の龍神がいるという、神殿へ。




 次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします。

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