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第237話 空へと還る魂

 シャティユモンでの戦いに敗北した騎士団の残兵たちは、それぞれに散り、逃げまわっていた。

 騎士団はルペリオントの基地とは別に、事前にいくつかの隠れ小島を退避場所として決めていたのだ。


 敵に退避場所を悟らせないため。

 少しでも多くの仲間を生きのこらせるため。


 自身が逃げきれないとわかった者は覚悟を決め、追いかけてくる敵へと立ち向かっていく。


「少しでも仲間が逃げる時間を稼ぐんだ!」

「レゼル様に、龍神の加護があらんことをっ!!」


 だが、『黒夢(くろゆめ)の騎士団』はその圧倒的な武力をもってして、立ち向かってきた騎士団員たちを容赦なく(ほふ)っていったのである。

 仲間のために戦うことを選んだ者たちが、空に命を散らしていく。


 命を懸けて戦った者たちのおかげで、奇跡的に退避場所まで逃げのびられた者たちがいた。

 しかしその数は、すべての退避場所を合わせても千騎にも満たない。

 総数五万騎はいた騎士団の生き残りが、である。


「あああぁ痛い、死んじまいそうだ……!」

「エルマ様お助けください!

 この者をどうか……エルマ様ッ!!」

「頼む死なないでくれぇ、お前は俺の一番の親友なんだ……!!」


 かろうじて退避場所までたどり着いた者たちは皆、満身創痍(まんしんそうい)だった。

 なかには退避場所までたどり着いたが、そこでちから尽きて息絶える者も数多くいた。



 そして、ここにもひとり……。



 シュフェルたちはガレルを連れて退避場所のひとつへとたどり着いていた。

 空にぽつんと浮かぶ、名もなき小島。


「はっ…… はっ…… はっ……」


 アレスがガレルを龍の背から降ろした。

 ガレルはまだ息をしていいたが、それはいつとまっても不思議ではないほどに弱々しい。


 燃えさかるほど熱くなっていた彼のからだは段々と冷たくなってきている。

 シュフェルはガレルを抱きかかえ、救いを求めるようにあたりを見まわした。


「母サマは……?

 母サマはいないの……!?」

「先にこの島にたどり着いた者たちに聞きましたが、エルマ様はこの島にいらっしゃってはいないようです」

「止血はしたけど、急所を貫かれているわ……」

「そんな、ガレル……!」


 シュフェル、アレス、サキナ、ティランが見守るなか、ガレルは奇跡的に意識を取りもどし、瞼をひらいた。


「そうか、みんな生きてたんだな。

 よかった……」


「「ガレル!」」


 皆がいっせいに、ガレルへと寄りそった。


「ガレル、しゃべらなくていい!

 休んでろ!」

「いえシュフェル様、彼の話を聞きましょう」

「……ッ!」


 彼が残す、最後の言葉となる。


 アレスに(さと)され、シュフェルは目に涙をいっぱいに(たた)えながらも、ガレルの言葉に耳を傾けることにしたのであった。

 ……彼は、笑っていた。


「みんな、そんな顔するなよ。

 大丈夫、騎士団は必ず蘇る。

 今の俺にはわかるんだ……」


 最初にガレルは、ティランを見やった。


「ティラン、俺のそばにきてくれ」

「うん!」


 ティランはガレルのそばへと行き、身を寄せた。

 ガレルは震える手を伸ばし、彼の頭をクシャクシャとなでた。


「ティラン。

 早くでっかくなってレゼル様の助けになってやってくれよ。

 一番期待してっからな」

「うん、うん……! ボクがんばるから。

 だから、安心しててね……!」


 ティランは泣きじゃくり、あふれる涙を一生懸命に(そで)でぬぐった。


「次は……サキナ」

「私はここにいるわ」


 サキナがガレルの手を強くにぎりしめた。


「サキナ。

 いつもつっぱしりがちな俺たちを冷静なお前が支えてくれたよな。

 これからもこいつらを頼む」

「それが私の役目よ。任せて……!」


 サキナはにぎりしめたガレルの手にすがるように額をつけ、誓いを立てる。

 ……それは龍御加護(たつみかご)の民に古くから伝わる、誓いの儀礼。


「アレス。お前は俺の一番のダチだった。

 今までいっしょに戦ってくれてありがとな」

「礼を言うのはこちらのほうだ、友よ……!」


 ……十年前の帝国大規模侵攻で親友を失って以来、人の前では決して涙を流すまいと決めていたアレス。

 だが、どんなに懸命にこらえても、涙があふれてあふれてとまらない……!


「そして……シュフェル」

「ガレル……」


 シュフェルは彼の言葉をひと言も聞き漏らすまいと、耳をそばだてる。


「~~……」


 ガレルは、シュフェルにだけ聞こえる声でなにかをささやいた。


「えっ!? ガレルそれはどういう……」


 シュフェルは問いかけたが、ガレルはかすかに笑みを浮かべるばかりで、その問いかけには答えなかった。


 彼は、真上に広がる空を見あげた。

 どこまでもどこまでも、果てなく広がる空。


「あぁ、空が広いなぁ。

 俺はみんなに囲まれながら()けて、幸せもんだ……」


 そう言って、ガレルはそっと目を閉じた。


「ガレル……?」


 ガレルはもう、シュフェルの呼びかけに応えなかった。


 シュフェルは目の前の事態が理解できず、空虚(くうきょ)に笑った。

 ……いや、ほんとうは頭では理解しているが、心が受けいれることをできないのだ。


「アハハ、ウソだよね?

 だって戦う前に約束したもん」


恰好(かっこう)つけすぎて、戦場で死ぬんじゃねェぞ?』

『あぁ、絶対に死にゃしねぇさ。

 俺の戦いは、これからなんだからよ』


「アタシより強くなるんだろ?

 やっと同じ土俵(どひょう)に立ててさ。

 これからがいよいよ勝負ってトコなんだから……」


『俺が勝ったら、俺の恋人になってくれ』

『――なんなんだよ、その真剣な表情。

 そんな必死な顔つきされたら、本気で応えないわけにいかないだろッ……!』


「それが、アタシを(まも)るために……」


 せいいっぱいにこらえていた涙がこぼれ、シュフェルの頬をひと筋の涙が伝った。


「ねぇ、約束するから……!

 アタシはもう絶対に誰にも負けないって約束するから……!

 だからお願い、目を覚ましてよォ!!」


 (せき)が決壊したように大粒の涙が、シュフェルの目からポロポロと(こぼ)れおちた。

 ガレルの目を覚まそうと、ただただ彼のからだを揺さぶりつづける。


「シュフェル様、ガレルはもう……!」


 ガレルのからだを揺するシュフェルを、サキナが抱きかかえてやめさせる。

 シュフェルを抱くサキナの頬にも、涙が伝いおちた。


「ガレル、ガレル……!

 うあああああああああ゛ッ!!!」


 シュフェルの悲痛な叫びが、あたりに響いていた。


 ……強くなるため、大切な人を護るため。

 戦場で命を燃やしつくした男の魂が、無限の空へと還っていった。




 次回、第四部最終話です。


 次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします。

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