第230話 光が交錯するなかで
◇グレイスの視点です
◆神の視点です
◇
エルマさんがセレンの背から降り、倒れているレゼルのからだを抱きかかえた。
彼女はレゼルの傷の具合を診ていき、治療が必要な箇所を速やかに見極めていく。
――両腕が折れている……!
「レゼル、我慢なさい!」
「あぐっ! ……うぅ……!」
レゼルの右腕はとくに変形が強く、折れた骨どうしがずれていた。
エルマさんはレゼルのずれたほうの腕を引いて伸ばし、骨のずれを整えた。
いつもなら生命力の流れを操作して痛みの感覚を麻痺させてから処置を行うが、皇帝がそれだけの時間的猶予を与えてくれるとは思えなかったのだ。
『治癒の波動』
桃色の光がエルマさんとレゼルを包みこんだ。
レゼルの苦痛が和らぎ、折れた腕の赤みと腫れが引いていく。
「レゼル、時間がないわ。
今は応急処置として折れた骨を軽くつないだだけ。
あなたはこの戦いでもう帝国皇帝と剣を交えてはなりません。
次に剣を交えれば、いよいよ腕は一生使いものにならなくなるわ」
「お母さまっ、しかし……!」
「安心なさい、逆転の策があるわ。
あなたには私の言うとおりに動いてほしいの」
そのとき母の顔を見て、レゼルは背筋が凍りつくのを感じた。
――お母さまは、嘘をついているっ……!!
レゼルは、エルマのわずかな表情の変化を見逃さなかった。
……最愛の母だからわかる。
その変化は常人にはとうてい見抜けないほどにわずかなものであった。
だが、これは彼女がとっさに嘘をついたときの顔……!
「レゼル、いい?
一度しか言わないですわよ……」
エルマさんが耳元でレゼルに指示を伝えているあいだ、彼女は俺のほうを見て、まったく異なる指示をだしていた。
「……!」
騎士団に伝わる指言葉で。
レゼルに悟られないよう、俺にだけ伝わるようにして。
……そして期を同じくして、とてつもない異変がこの島で起こっていたことに、俺たちは気づいたのであった。
◆
……言葉にできないほどの量の炎と、大地と、水氷の自然素がせめぎあい、色とりどりの光が交錯するなかで。
シュバイツァーの目には、時間がとてもゆっくりと過ぎていくように見えていた。
極限を越えた戦いのなかで、彼が迫りくるガレルを見て感じたものは驚くことに、敵意ではなく懐かしさであった。
――こんな奴、昔どこかで見たような……。
懸命に土と、砂と、水を斬り、自身へと近づいてくる男。
炎で身を焦がし、どんなにみっともなかろうが、剣に己の命を懸ける。
――弱いくせに『強さ』に憧れ、みっともなくがむしゃらにもがいて、あがいて……。
宙を舞う金剛の剣に身を裂かれ、大河の流れに身を削られながら。
それでも倒れずに向かってくる。
己が大切に想う人を、護るためだけに。
――大切な誰かのちからになりたくて、ただひたすらに戦いつづけた。
そうしてついに、ガレルの炎の剣はシュバイツァーへと振りおろされた。
――あぁ、そうか。
こいつは、昔の俺だ。
シュバイツァーはガレルの剣を弾きかえし、その身に刃を突きたてた!!
「えっ……?」
ふたりの戦いを見守っていた、シュフェルの時がとまる。
だが、それは見間違えようのない現実。
大地の輝きを放つエツァイトバウデンの刀身は、間違いなくガレルの胸を貫いていた!
「かはっ……!」
「俺と会うのが早すぎて残念だったな。
あの世で見かけたら、また相手をしてくれや」
シュバイツァーが、ガレルの身から刀身を引きぬいた。
ガレルの上体がくずおれていくのとともに、とまっていたシュフェルの時が動きだす。
彼女の悲痛な叫び声が、空を切り裂いた。
「ガレルうううぅッ!!」
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