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第229話 焔ノ神

 シュフェルたちが『地烈(ちれつ)』シュバイツァーの圧倒的実力によって蹂躙(じゅうりん)されていたころ。

 アレスたちは依然として『地縛霊(ビデラートゥン)』の拘束から逃れようと必死にもがき、戦いを見守ることを余儀なくされていたのである。


 サヘルナミトスが消滅したのにともない、確実に彼らを締めつける『地縛霊』のちからは弱まっていた。

 しかし、シュバイツァーが出現したことにより、ヴィレオラには部隊長たちを拘束しつづける余裕ができていたのである。


「いかん、シュフェル様たちを助けに行かねば……!」


 ――だが、我われが参戦したとして、なにかできることがあるのか……!?


 アレスはちからを振りしぼりながら、自問自答していた。


 ――シュフェル様とヴィレオラが戦っていたときとは明確に状況が違う。

 我われには、シュバイツァーの自然素による攻撃に(あらが)う手段はない。


 だが、それでも。

 たとえなにもできることがなかったとしても。

 シュフェル様の盾になりに、駆けつけなければならないというのに……!


 アレスは自身の無力さを呪った。

 龍騎士としてのちからに目覚めたガレルをうらやましくさえ思う。


 だが、同時に。

 アレスは心のなかでただひたすらにガレルに懇願(こんがん)したのであった。


 ――ガレルよ、頼む。

 シュフェル様をお守りしてくれ……!



 シュバイツァーの一撃を受けて吹きとばされ、シュフェルとクラムは瓦礫(がれき)のなかに埋もれていた。

 すでにシュフェルたちは意識を保っているのがやっとの状態である。


 そんな彼女たちにとどめを刺そうと、シュバイツァーは晶龍(しょうりゅう)に乗ってやってきていた。

 ガレルが阻止しようと彼の背中を追いかける。


「! 待て、シュバイツァー!! てめぇ……」

雑魚(ざこ)は黙ってな」


 シュバイツァーは振りかえり、エツァイトバウデンの刀身をかざした。


地讃礼拝(ビデ・ヴェレフルング)


 ガレルの足下の地面が光り、龍もろとも地に引きよせられた!

 先ほどより強力な重力に、彼は地に手をついてひれ伏した。

 自身にかかる重みに骨と肉がきしみ、悲鳴をあげている!


「ぐうぅっ……!!」

「焦らなくても順番に片づけてやる。

 次はてめぇの番だからそこで()いつくばって待ってろや」


 シュバイツァーは倒れているシュフェルのほうへと向きなおる。


「正直、てめぇらはよくやったよ。

 オラウゼクスがやられたのは計算外だった。

 しかも『和奏(わそう)』の置き土産まで残して、な」

「……はっ、はっ、はっ……」


 シュフェルはすでに虫の息である。

 (うつ)ろにシュバイツァーのことを見かえしているが、その目は像を結んでいない。


「だが皇帝陛下と俺、そしてヴィレオラがいる限り帝国の絶対性が揺らぐことはねぇ。

 お前たちの戦いはここまでだ、あの世でのんびり過ごしな」


 そう言って、シュバイツァーはゆっくりと剣を振りあげた。



 ……そのさまを、ガレルは地に這いつくばりながら見せつけられていた。


 ――おいおい、何回同じことをやるつもりだよ?

 ついさっき、あいつ(シュフェル)のために命を懸けるって恰好つけたばっかりだろ?


 ……だが、彼はすでに龍騎士のちからに目覚めている。

 それでもなお、決して届くことのないちからの壁。今の彼にはもう、なにも手は残されていなかった。


 強く想うだけではどうにもならないことがある。それが、現実……。


 ――うるっせぇよ!!

 理屈なんて聞いてねぇんだ。


 現実の壁に挟まれてもがくことなら、今まで散々やってきたじゃねぇかよ。


 この命をかなぐり捨てたっていい……!

 神様お願いだ、俺に今ここで立ちあがるちからをくれ……!!


 そのとき、神にすがるようにつかんだ龍の背中が、彼の心に呼応(こおう)するかのように赤く輝いた。

 熱き炎が、彼と龍のからだを包みこむ。


「うおおおおおっ!!」


 ……そうして、ガレルの身に再び奇跡が舞いおりる。



 シュバイツァーは剣を振りあげた。

 無情にもその刃を、シュフェルへと振りおろそうとしていた、まさにそのときだった。


「!?」


 シュバイツァーは自身の背後で起こった異変を感じて、振りかえった。


 彼は自分の目を疑う。

 そこにはいまだかつて見たこともないほどに激しい火柱が天へと向けて伸びており、上空に浮かぶ帝国の島底にまで届いてしまいそうなほどであった。

 そしてその火柱の根元では、先ほどまで地に這いつくばっていたはずの男と龍が、立ちつくしていたのであった。


「ったく、どいつもこいつも……」


 シュバイツァーが驚愕のまなざしで見つめつづけるなか、炎に身を包んだ男が口をひらいた。

 その男の名は、ガレル!!


「俺の大切な(ヒト)を傷つけてんじゃねぇよ、てめぇら……!」


 そう言って、彼はますます身に宿る炎を燃え盛らせた。


 極熱の炎を全身にまとうガレル。

 今のガレルは、オスヴァルトの『炎熱の禍星(ゾネ・ウラトンヘイル)』に匹敵するほどの熱量をその身に宿していた。


 あまりの熱量に、彼の周囲では地面の岩が溶け、グツグツと煮えたぎる。

 そしてその炎の自然素の量と濃度は、人類最強の龍騎士、シュバイツァーをも(おびや)かすものなのであった。


「……おいおい、どうなってやがる。

 こいつ、ほんとうに龍騎士のちからに目覚めたばかりなのか?

 神剣の使い手でもなけりゃ、『和奏』の修得もしてねぇはずだろ?」


 ガレルが自身が発する熱によって身体を焦がしているのを見て、シュバイツァーはそのちからの理由を悟った。


 ――なるほど。

 こいつ、自分に残された『命』のすべてを燃やしてやがんのか。


 それは、『炎』の龍騎士だけがもつ特性。

 自身のすべてを懸けて戦う覚悟ができたときのみ。

 生涯にただ一度だけ、残りの命のすべてを燃やして、限界を超えたちからを発揮することができる!


 ――俺の炎は、大切な誰かを『護る』ための炎だ。


「てめぇにシュフェルは、絶対に殺させねぇっ!!」


焔ノ神(フオ・エリュシテ)』!!


 ガレルがその命のすべてを懸けてたどり着いた、究極の境地!

 己の命を燃やして赤く輝く彼とその龍の姿は、まさしく火の神そのもの。

 彼らは人と龍の枠組みを超え、はるかなる高みへと到達していた。


 だがたとえこの戦いに勝利したとして、彼の肉体と命は、もう……。



 そのとき、虚ろに宙を見つめていたシュフェルの目が、再び焦点を合わせはじめた。


「……ガレル……?」


 戦いを見守ることしかできなかったティラン・サキナ・アレスも、今はガレルのことだけを見つめていた。

 ……いや、彼のことしか目に入らなかったのだ。


 炎の龍騎士の特性は知らずとも、彼が命のすべてを燃やしていることを直感的に悟る。

 とめどなく涙があふれ、嗚咽(おえつ)をあげそうになりながらも、彼らは懸命に声をあげていた。


「ガレル、がんばれっ!!」

「お願い、勝って!」

「ガレルよ、そのまま行けえええっ!!」


 ……皆がガレルの姿に胸をうたれ、心を熱く(たぎ)らせるなか。

 ひとりだけ、ひときわ静かに精神を研ぎすませている者がいた。


 ――悪かったよ、()けもんにしようとして。

 お前はこの俺との戦いに、命を懸けようってんだな。

 埋められないちからの差になど、(おく)することなく。なら……。


「てめぇの覚悟と決意に敬意を表して、俺も全力で応えてやろう!!」



 ……帝国五帝将、『地裂』シュバイツァー。

 そもそもにして、人類のなかでは最強に属する剣の使い手。


 自在に操作可能な土と岩、砂の防壁(ぼうへき)、重力の操作。

 多彩な攻撃を操り、それだけで無敵と言ってもよいほどの能力をもつシュバイツァーだが、彼にはまだ秘めたるちからがあった。


 彼の真の最強たる能力、それが『輝石(ライシュタル)』!!


『輝石』は大地の自然素に、シュバイツァー自身の闘気と、各種の自然素を織りませて凝集(ぎょうしゅう)させたもの。

 彼が多様なほかの自然素をちからを組みあわせることができるのは、大地の自然素の強みが『受けいれる』ことだからである。


『地裂』シュバイツァー、またのふたつ名を『煌輝(こうき)』シュバイツァーと呼ぶ――。



 シュバイツァーがちからを練りあげるとともに(きら)めくいくつかの『輝石』が生みだされ、彼の周囲をめぐりはじめた!

 そして彼はそのうちのひとつ、青い『輝石』をつかみ取り、自らの手のひらに納める。

 ……その輝きは、大地の割れめを流れゆく大河のように。


流麗(りゅうれい)のアクアマリン』!!


 彼の周囲を舞う土砂(どしゃ)に、大河のごとくおびただしい量の水の自然素が織りまぜられた!


「かかってこいよ、てめぇのすべてをぶつけてな!!」

「うおおおおおおっ!!!」


 そうしてガレルは、シュバイツァーへと斬りこんでいった。

 極熱の炎を、その身にまとって!


「シュフェルはぜってぇに、俺が護るんだよっ!!!」




※シュバイツァーが操る金剛石は大地の自然素を操作して凝集させたものですが、『輝石』はさらにシュバイツァーの闘気と各種の自然素が織りまぜられています。


 次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!

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