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第228話 宵闇の剣

 帝国皇帝の龍の御技によって、エルマさんの左腕は一瞬にして奪われた。

 心配そうに彼女に寄りそっていたレゼルは、やがてキッと皇帝のほうへと向きなおった。


「私のお母さまに、なんてことを……!」

「! レゼルっ、おやめなさい!」


 エルマさんはとめたが、レゼルは清澄(せいちょう)な『共鳴音』を残し、すでにエウロとともに飛びたっていた。


和奏(わそう)』――『風刃(エオフェン)』!!


 それは風の刃を飛ばす、レゼルのもっとも頻繁(ひんぱん)に使う技のひとつ。

 しかし『和奏』で強化された今の彼女の風の刃は、そのひとつひとつに大規模な嵐を巻きおこせるほどの量の空気が濃縮されている。


 しかもそんな超現象とも呼べる風の刃を、彼女は次々と間断(かんだん)なく撃ちはなつことができるのだ!

 さしもの帝国皇帝も、この攻撃を受けては無傷では済むまい。


 一瞬のあいだに数十発もの数を撃ちはなたれた風の刃。

 それらの風の刃はレゼルの操作によっていずれも不規則な軌道を描きながら皇帝へと向かっていく!


 ……だが、レゼルのこの凄まじい攻撃に対し、皇帝は一歩たりとも動くことはなかった。


虚無(ニヒツ・)の波動(ユヴァセルンク)


 皇帝の身から全方位に、暗黒の波動が広がる。

 それもまたほんの一瞬の出来事であったが、暗黒の波動に飲まれた風の刃はあたかも最初からなかったかのようにかき消されてしまったのであった!


「なっ……!?」


 ――私の風のちからが、すべてなかったことにされた……!?


 レゼルは自身の攻撃が、造作もなくかき消されてしまったことに衝撃を受けていた。

 吹きすさぶ嵐は消え、あとに残るのは物音ひとつない、静かな夜。


 闇のちからは『無』のちから。

『虚無の波動』は龍の御技(みわざ)を含む、すべての動的作用をうち消すことができた!


『カレドラル国女王レゼルよ。

 神に刃を向けるということがどういうことなのか、その身をもって思い知るがいい!』


 皇帝は再び、闇のちからを発動させた。

 ……そして次の瞬間、レゼルとエウロは帝国皇帝の目の前にいた。


「……えっ!?」


 皇帝がレゼルに近づいたのではない、彼女が皇帝に近づいたのだ。

 皇帝とオルタロヴォスはその場から一歩たりとも動いていなかった。

 彼女は皇帝の周囲を飛びまわり、距離を保って風の刃を飛ばしていたはずなのに!


 ……それは、『距離』の消滅。

『無』を(つかさど)る闇のちからによって、レゼルと皇帝のあいだの距離が消滅し、レゼルは引きよせられてしまったのだ!


 ――斬られる!


 レゼルは虚を突かれてしまったが、とっさに双剣を構えた!


『闇夜に沈め』


 皇帝が、レゼルに向けて斬りかかった!


 闇の速度は光が去りゆく速さ。

 皇帝が繰りだす剣閃(けんせん)の速度は光速に匹敵する。

 だが光速で放たれる神のひと振りさえも、レゼルの動体視力はかろうじて捉えられる……はずであった。


「なっ……!?」


宵闇(よいやみ)(つるぎ)


 それは、闇の両刃剣『レヴァスキュリテ』の特性。

 漆黒の刃はブラック・ダイヤモンドのように(きら)めき、普通であれば見失うことはない。

 しかしその刀身が描く太刀筋はまるで宵闇に紛れてしまったかのように見えづらく、レゼルは容易に見失ってしまう。


 経験的に太刀筋を予測し、とっさに双剣を構えたものの、剣の交点と時期(タイミング)をずらされ、まともに受けることができない!


「ッ!!?」


 両腕を通して、からだの芯をうち砕かれるような衝撃がレゼルの全身を貫いた!

 ……あのオスヴァルトやオラウゼクスの剛剣とですら対等以上に渡りあい、最後はうち勝ってきた彼女が、今は(あらが)うことすらできずに押しつぶされようとしていた。


 ――誰それと比べて強いだとか弱いだとかじゃなくてっ……!

 人と龍が繰りだせる剣圧じゃないっ!!


「ああぁっ!!」


 レゼルはエウロごとなすすべなく吹きとばされ、木々や岩に強く身を打ちつけられていく。




「「レゼルっ!」」


 俺とエルマさんは急いでレゼルのもとへと向かった。


 もうもうと土煙が舞うなか、レゼルとエウロは倒れている。

 かろうじて皇帝の攻撃を受けとめたので致命傷は免れていたが、すでに彼女は起きあがるのが難しいほどの傷を負っていた。


「うぅ……。はっ!?」


 レゼルは両手ににぎるリーゼリオンの刀身が、ガタガタと震えていることに気がつく。


 双剣をにぎる彼女の手が震えているのではない。剣の刀身自体が震えているのだ。


()への衝動(しょうどう)


 ……これもまた、レヴァスキュリテの特性。

 漆黒の刀身で斬りつけられたすべての物体は無に還ることへの欲求に駆りたてられ、自己破壊が進む。


 その欲求に(あらが)うことができているのは、リーゼリオンがかつての龍神が剣となったものであるからこそ。

 意思をもつ神剣であるリーゼリオンは今、無への衝動と必死に戦っていたのであった――。




※『宵闇の剣(よいやみ の つるぎ)』と『無への衝動(む への しょうどう)』は御技ではなく剣の特性なので、和名表記です。


※本文中では語られていませんが、レヴァスキュリテは人体を直接斬りつけた場合、さらに以下の追加効果――


『沈黙の羊』……羊、すなわち人間は言葉を失う。声や言葉を武器にする者はちからを封じられる。


『安らぎの夜』……斬りつけた相手の副交感神経を全力で刺激し、眠りにつかせる。

 敵はそのまま昏睡状態におちいる。


『黒毒』……概念的な付加効果ではなく、物質的な毒性。

 全身が黒ずんで死亡。致死量というものはなく、体内に入れば即死亡。


 ――を発揮するという影の特性があります。

 ラスボスとは怖いものなのです。


 次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします。

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