第223話 永遠の闇を齋する剣
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陽光を蝕んでいたのは重なりあう月などではなく、一騎の龍騎士であった。
……いや、それはただひとりの神。
彼の者は闇に塗りつぶされた太陽を背に、俺たちの前に降りたった。
俺とレゼルとエルマさんの……俺たち皆の、宿敵。
神聖軍事帝国ヴァレングライヒの元首。
……そして、闇の龍神。
帝国皇帝、デスアシュテル!!
皇帝が地に降りたっただけで大地は震え、悲鳴をあげている。
俺とレゼル、そしてエルマさんは底知れぬ恐怖に身をうち震えさせながらも、奴に対する怒りを隠すことができなかった。
……当たり前だ。
俺たちは皆、奴が率いる帝国政府によって大切な仲間たちを殺されたのだから。
俺は義賊『トネリコの介殻』の仲間たちを、レゼルたちは旧カレドラルの国民たち、オスヴァルト、そして前王レティアスを……!
そんな俺たちの怒りを意に介することもなく、皇帝は語りかけてきた。
『貴様らが我が神聖なる国家、ヴァレングライヒに仇なそうとする者たちだな?
カレドラル国女王、レゼルよ』
その口からでる言葉はまさしく神の言葉。
うっかり気を抜けばたちまち心を奪われ、支配されそうになる。
……俺も目にするのは初めてであったが、その姿はまさしく神々しいのひと言。
長く艶やかに垂れる髪は闇を思わせる滅紫。
黒曜石のように輝く漆黒の鎧に身を包んでいる。
装いと声質からかろうじて男神であることはわかるが、その容貌の美しさは男女の境界などはるかに超えており、世界が傾く。
敵ながらコトハリも美男ではあったが、人としての域をでず、皇帝の前では霞んでしまう。
そう、その神性は万人を惹きつけてやまぬほどに絶対的で、超越したものなのである。
今まで帝国に反逆していた者たちも、その姿を目のあたりにすればただちに今までの行為を悔いあらため、平伏していたことだろう。
俺たちが、奴への怒りと憎しみにとらわれてさえいなければ!
レゼルは皇帝からの呼びかけに対し、毅然とした態度で応えた。
「いかにも、私がカレドラル国女王、レゼルです!
あなたが神聖軍事帝国ヴァレングライヒの元首、皇帝デスアシュテルですね?」
『余の名を気安く呼ぶでないぞ、弱国の女王風情が。
反乱軍を率いて、世界の救世主にでもなったつもりか?
絶対なる帝国への反逆に、いったいなんの大義があるというのだ』
「なにを言うのですか!
世界を苦しめる圧政と暴虐の数々、断じて許すことはできません!
ただちに降伏しなさい、でなければ龍神の御名のもと、あなたに粛清を下します!」
『龍神とは、光の龍神のことか?
光の龍神なぞ世界を創成するだけ創成して、あとは放置ではないか。
奴の名を騙るなど、片腹痛いわ!』
そこで、エルマさんが一歩前にでた。
「帝国皇帝、あなたの正体が闇の龍神であることはわかっています。
なぜ龍神が、人に扮して世界を支配しようとするのかしら?
大義がわからぬのはこちらの台詞というもの」
『ふん、オラウゼクスかサヘルナミトスあたりが喋ったか?
……まぁ、よい。
すべては戯れにすぎぬ。
余以外の神なき世界で、神として君臨してもつまらぬであろう?』
エルマさんの問いかけに対する皇帝のこの返答に、レゼルが怒りをにじませた。
「戯れなどと……!
その戯れで、いったいどれほどの人々が苦しみ、命を奪われたと思っているのですか!」
『知らぬな。
余が望むのは我が帝国の繁栄のみ。
よその国の人間のことなど、どうなろうが知ったことではない』
「身勝手なことを……!」
「理解不能ですわね。
やはりあなたは人ならざる者。
人ならざる者が、人の上に立つべきではない。
おとなしく世界の最果てにひっこむか、別の空に自分の世界でもつくりに行ったらどうかしら?」
『笑止!
もとより貴様らとわかりあうつもりなど、毛頭ない。
余が貴様らにもたらすのはただひとつ。
無に帰すことでのみ得られる安寧だけだ!』
そうして、帝国皇帝の身を闇が包みこみはじめた。
……皇帝がまたがるのは、漆黒の鱗に身を包んだ龍。
その巨体はかつてオスヴァルトが乗っていた炎龍をも上まわる。
闇の龍王、オルタロヴォス。
光あるところには、必ず闇がある。
そして夜は闇の世界だ。
闇は自然界に多く存在するにも関わらず、闇の性質をもっている龍は少ないと言われる。
その攻撃性の高さから、ともに住む同種どうしで喰らってしまうからだ。
そんな闇の龍のなかで、最大最強の個体が闇の龍王オルタロヴォスなのである。
現存する龍のなかでも最強の個体と言われており、まさしく龍王の名にふさわしい。
怪力、機動力、秘める自然素の量とすべてを兼ねそなえ、大きいだけでなく王としての品格と美しさをも併せもつ。
だがその瞳に宿るのは、光の世界に生きるすべての者に対する敵意である!
そして、帝国皇帝がもつ神剣。
取っ手を軸として、舟の櫂のように二本の刃が伸びでている。
仰々しくも流れるような曲線を描く二本の刃は、翼を広げた燕を思わせる。
武具として完璧な形状であり、曲線的な美しさはどこか女性的でもあった。
黒金剛石を思わせる刀身は、漆黒の闇夜を凝縮して詰めこんだかのような深い闇を湛えている。
仇なすすべての者に永遠の闇と、絶対的な無を齋する剣。
闇の両刃剣『レヴァスキュリテ』!!
神剣の正体がかつての龍神であることが判明した今、その剣の正体は謎であったが、間違いなく最強の神剣のひとつである。
そして、皇帝は俺たちの前で『共鳴』を始めた――。
今回の場面は次回に続きます!
次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします。




