第222話 人と龍の頂点
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時を少し遡る。
エルマの秘技『千本桜』がサヘルナミトスに炸裂していたころ、『上板』では――。
ガレルが龍騎士のちからに目覚めたことにより、ヴィレオラは優勢から一転、窮地に立たされていた。
シュフェルはすでに満身創痍であったが、ガレルが想像以上の奮闘を見せていたのである。
彼の闘志に焚きつけられるようにして、身を起こしているのがやっとだったシュフェルも息を吹きかえす。
「まだまだ行くぜ、シュフェル!!」
「おらあああァッ!!」
『炎渦』!!
『放雷』!!
「くっ……!」
渦まく爆炎に、天地を駆けぬける雷電!
ガレルとシュフェルはちからを合わせ、息継ぐ間もなく広範囲の攻撃を繰りだしていた。
ヴィレオラも『冥門』を出入りして回避しつづけているが、かわしきれなかった火炎と雷電によって、からだの節々を焼かれはじめている。
いっぽう、ヴィレオラが放つ死霊や呪霊、瘴気はすべてガレルの炎に焼きつくされてしまう。
一対一ならガレルをだし抜くことは造作もないが、そこですかさず龍騎士としての経験が豊富なシュフェルが、彼の隙を埋めてくる。
ヴィレオラは攻撃をかわしながら、起死回生の策を練ろうとしていたが――。
「かはっ……!」
「!?」
ヴィレオラが『冥門』をくぐろうと身を屈めたとき、突然に大量の血を吐きはじめた。
彼女は彫刻のように美しく整った顔を苦しげにゆがませ、目が覚めるように赤い鮮血を吐きだしている。
――くそっ、なかに入りすぎた……!
「アイツ、勝手に血を吐きはじめた……?」
「理屈はよくわからねぇが、好機だ。
畳みかけようぜ、シュフェル!!」
「ぐっ……! おのれ貴様ら……!」
ヴィレオラは再び屍龍との『共鳴』を深め、莫大な量の瘴気をフェルノネイフの刀身に蓄えはじめた。
――ならば、貴様の炎でも焼きつくせないほどの死肉と呪肉を喰らわせてやる!
ヴィレオラは渾身の『礫肉呪骸』を放とうと剣を構えた。
だが、しかし――!
「!!?」
水泡がはじけ、なかの空気が漏れだしたかのように。
突如としてシャティユモンを覆いつつんでいた瘴気がうすれた。
そして彼女は同時に、この世界から偉大なる存在が失われたことを感じとった。
――馬鹿な。
『冥府の神王』が、人と龍に滅ぼされただと……!?
シュフェルとガレルも異変に気づき、まだ暗い空を見あげた。
「息苦しさが、なくなった……?」
「瘴気がうすくなったんだ。
てことは、エルマ様とレゼル様がサヘルナミトスをやったってことか?
さすがだぜ!」
サヘルナミトスの消滅により、なかば冥界と化していた島が元どおりになったのだ。
瘴気がうすれ、島の外界から清らかな空気が流れこんでくる。
……異変が起こったのは、現世だけではない。
『冥府の神王』が滅ぼされたことによって冥界の均衡が崩れ、急速に世界として萎んでいく。
同時に、冥界に溢れんばかりに満ち満ちていた瘴気の量も、目に見えて少なくなっていた。
それは、瘴気をちからの源としていた死霊兵たち、そしてヴィレオラのちからが減ずることにほかならなかった。
――冥界から、瘴気が失われていく……!
自身のちからが失われていくことに愕然としているヴィレオラに対し、シュフェルとガレルはジリジリと詰めよっていく。
今や、勝負はあったかのように思われた。
「ここまでだな、ハエ女」
「なぁ、死霊兵をひっこめて降伏してくれねぇか?
じゃねぇと兵士たちを守るため、俺たちはお前を手にかけなきゃいけなくなる」
うなだれるヴィレオラに対して、降伏を勧告するシュフェルとガレル。
……だが再びヴィレオラが顔をあげたとき、彼女の顔に浮かぶのは不敵な笑みであった。
「誰が貴様らに降伏などするか、ばぁか!」
その返答を聞きとげた瞬間、シュフェルとガレルは同時に龍を駆けださせ、剣を振りあげた!
「終わりだ、ハエ女ァッ!!」
「ヴィレオラ、覚悟しろ!!」
ふたりの鋭い剣が、ヴィレオラへとどめを刺そうと、振りおろされた!
……だが、その剣がヴィレオラへと届くことはなかった。
ふたりの剣は硬質な音をあげ、空中で弾きかえされたからだ。
いつの間にかヴィレオラの周囲にはキラキラと虹色に輝く石が無数に浮かんでおり、その石によって剣が弾かれたのだ。
シュフェルとガレルは目を見開き、その石の性状をとっさに見極めた。
――これは、金剛石……!?
ふたりは突如発生した謎の現象に身の危険を感じ、再びヴィレオラから距離をとった。
しかしヴィレオラが見ていたのはシュフェルたちがいるのとはまるであさっての方向。
彼女から不敵な笑みは消え、今は驚きの表情を浮かべている。
その視線が見つめる先にいたのは……。
「シュバイツァー様……!」
「なにっ!?」
そのとき、すさまじい闘気がシュフェルたちへと向けられ、彼女たちは威圧された!
大地をも震えさせるほどの闘気。
あてられただけで常人であれば戦意を失うどころか、気を失う者すらいたことだろう。
シュフェルたちもビリビリとからだが痺れ、身がすくみあがるのを感じた。
――なんだァ、コイツ……!!
――今まで見てきた敵とは、桁が違いすぎるだろ……!
そこにいたのは、ひとりの男。
男は深い土色の髪を左耳の上で刈りあげ、ほかは後ろに流していた。
端正な顔つきは、世界じゅうの女性がため息をついてしまいそうなほどに整っている。
だが、そのまなざしには決して揺らぐことのない、大地のように固い決意が秘められていた。
……本来であれば人と龍の頂点に立っていたであろうほどの器。
完成された龍騎士としてのすがたは万人を惹きつけてやまぬ美しさをもつのと同時に、暴力的とも言えるほどの権威性を示していた。
『雷轟』オラウゼクスと双璧をなす、帝国五帝将最強のひとり。
『地裂』シュバイツァーなのであった。
次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします。




