第221話 祝福の朝陽
前回の場面の続きです。
◇
「……ふぅっ」
技を終えると、ようやくエルマさんはひと息ついた。
サヘルナミトスがついに消滅し、俺とレゼルはエルマさんのもとへと駆けよった。
「エルマさん!」
「お母さま、やりましたね!」
「ええ、やってやりましたわ。
でも、うかうか喜んでいるわけにはいきません。
『上板』ではシュフェルや、騎士団員の皆がまだ戦っています。
急いで私たちも向かいましょう」
そう言ってエルマさんはセレンに指示をだして再び飛びたとうとした。
しかし……。
「あっ……」
「お母さま!」
セレンの背上でエルマさんのからだが大きくぐらついた。
そばにいたレゼルが、とっさにエルマさんのからだを支えた。
彼女に支えられ、エルマさんは姿勢の安定を取りもどす。
サヘルナミトスとの死闘を制したふたりだが、限界を超えて戦ったことによって激しく消耗していた。
とくに、戦闘中に新たな境地へと到達したエルマさんが感じる疲労は強いものであった。
「お母さま、大丈夫ですか……?」
「さすがに此度の戦いはからだに堪えましたわね。
それに、サヘルナミトスの数千年分におよぶ記憶を探るのも骨が折れました。
必要な情報だけを得られるように、なるべく最短経路をたどって探査をかけましたが……」
「お母さま、さすがに今の状態で連戦は無理です。少しでもからだを休ませましょう」
「そうね……。ここはまだ瘴気が濃いわ。
まずはこの場所を離れて、全体の戦況を把握しましょう」
「はい!」
俺たちはひとまず『下板』の外縁、『支柱』とは反対側に向かって歩いていくこととした。
サヘルナミトスが消滅したあたりはまだ瘴気が色濃く残っていたが、炎のドームが広がっていた範囲から一歩外にでると、嘘のように瘴気がうすくなっていた。
レゼルの感知によれば死霊兵たちの動きは弱まり、シュフェルも健在であるらしい。
ヴィレオラも生きているようだが、そのちからは確実に弱まっているとのこと。
正確な戦況まではわからないが、どうやら俺たちもひと息つくだけの余裕はあるようだ。
歩きながら、エルマさんはサヘルナミトスの『探査』の結果について話しはじめた。
「人間が数千年分の記憶を得ようとすれば、記憶の重みに潰れて精神が崩壊してしまいます。
情報を取捨選択しながら進んだので断片的な情報も多いですが……。
なかには有用な情報もいくつかありましたわ」
数千年分の記憶で人の心が壊れてしまうというのは、なんとなくわかるような気がした。
俺など、自分が『探査』をされて見せたであろう醜態を思いうかべただけで、心が崩壊してしまいそうなのだから……。
「まず、帝国皇帝の正体が『闇の龍神』という情報に偽りはありません。
そして闇の龍神は、数ある龍神たちのなかでももっとも若い個体であったようです。
……それも、圧倒的に若い」
闇の龍神が、若い個体……。
そこで俺は、サヘルナミトスが顕現したときに、奴が言っていた言葉を思いだした。
『おお、リーゼリオンにヴァリクラッドか!
久しぶりじゃのう。
若僧にいいように使われていると思っていたが、いつの間にやら奴の手からうまいこと逃れたようだな、カカカ』
闇の龍神は、若い個体……。
あのとき奴が言っていた『若僧』というのは闇の龍神、すなわち帝国皇帝のことだったのだろう。
この十年間、神剣の多くは帝国側の勢力の手に落ちていたのだから。
そして、闇の龍神が後から生まれた若い個体であったというのは、じつは帝国で信仰されている『邪龍信仰』の内容とも合っているのだ。
「多くの龍神たちは千年前に闇の龍神との戦いに敗れ、死にゆくときに『神剣』へと姿を変えました。
つまり現存する『神剣』の数だけ、闇の龍神はほかの龍神たちを屠ってきたということになります」
「!!」
これまでの戦いから、神剣が秘めるちからが強大であることに関しては嫌というほどわかっており、異論がないところだ。
その神剣の生前のすがたともなれば、どの龍神も凄まじいちからの持ち主であったことは想像に難くない。
そしてそれらの神剣、すなわち龍神たちを皆、闇の龍神一体のちからで葬りさってしまったのだということか。
これから俺たちが倒さなければならない相手だと考えれば、なんとも恐ろしく、途方もない話である。
「そんな……。
闇の龍神とは、そんなにも恐ろしい相手だったのですね……」
「ええ。
……それに、私も今回の戦いでせっかく蓄えつづけてきた生命力の多くを消耗してしまいましたわ。
まだ、本番が残っていますのに……」
「お母さま、本番って……?」
「――またあらためて話すわ。
でもレゼル、私が得た情報は、すべてが暗い話ばかりとは限りませんでしたわよ」
「?」
「じつはね……」
……そうして、俺たちはエルマさんの話を聞きながら歩いていった。
歩いているうちに、いつの間にか空の狭間から朝陽がのぼっていた。
「夜が……明けた……」
「きれい……」
長い夜を越え、『上板』と『下板』のあいだに陽の光が射しこんでいたのだ。
常に濃い霧に覆われているシャティユモンの『下板』だが、今は騎士団と死霊兵軍との激しい戦いにより、霧は吹きとばされていたのである。
勝利を祝福するかのように。
陽の光は白色金のような白とも金とも言える色で輝き、俺たちを包みこんでくれている。
レゼルとエルマさんとともに見る朝陽は、今までに見たどんな日の出よりも美しく見えたのであった。
いつまでもこの朝陽を見ていたいと、俺はそんな気持ちに駆られていた。
だが!!
まぶしいほどに輝いていた陽の光は突如として陰り、重なる月に蝕まれたかのように欠けていく。
あたりは再び闇に包まれていき、サヘルナミトスが顕現していたとき以上の息苦しさ、圧迫感、そして底知れぬ恐怖が湧きあがってきた。
冥府の神王をも上まわる絶対的存在の気配。
まさか……まさかまさかまさか!!
その異変が意味することを、俺たちは無意識下に悟っていたのである。
それは、いまだかつてない絶望の始まりなのであった。
※『邪龍信仰』の内容に関しましては、第一部の第24話をご参照ください。
次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします。




