第219話 限りある生を生きぬく命
前回の場面の続きです。
◇
――レゼルが、死ぬ……!?
……俺とレゼルがうちひしがれて動けぬなか、エルマさんはセレンから降り、その場に屈みこんだ。
彼女が急にそんな行動を取ったので、俺は不思議に思い、声をかけた。
「エルマさん……?」
エルマさんは俺の問いかけに応えなかった。
彼女は屈みこみ、サヘルナミトスの瘴気にあてられて枯れてしまった、足もとの花に手をさしのべていたのだ。
枯れていた花を生えている土ごと両手ですくいあげると、エルマさんの指の隙間から黒く湿った土がぽろぽろと零れおちた。
……それは、儚い花の命を憐れみ流される、彼女の心の涙のように。
「かわいそうに、瘴気にあてられて枯れてしまったのね。
……でも、まだ終わりじゃない。
理不尽に訪れる『死』などによって、私が終わりにはさせない……!」
エルマさんは両手におさまる土を介して、その花の命の鼓動を感じとっていた。
小さな存在でありながらも、ちから強く在ろうとする命の鼓動。
表層にでている草葉は枯れているが、根はたしかに生きているのだ。
――そして、エルマさんの手のなかで花は息を吹きかえす。
懸命に生きようと、その小さな花弁をせいいっぱいに広げて!
『なに……!?』
サヘルナミトスは、目の前にいる女性のなかで起こっている異変を感じとっていた。
愛する娘に迫る死と、『死』そのものの存在であるサヘルナミトスとの激闘が、完成されていたはずの彼女のちからに新たな進化をもたらす……!
『死』は、生命の逆循環。
――これまで、エルマさんは自身と直に触れあっているものとしか生命力の交換はできなかった。
しかし今、エルマさんはサヘルナミトスが撒きちらした負のちからをたどり、自分の周囲から逆循環させていく。
絡んでもつれあった糸を手繰りよせ、丁寧に一本一本ほどいていくかのように。
そうして彼女は、手が届かぬ距離のあいだでも生命力をやり取りする感覚をつかんでいったのだった。
『ワシの瘴気を介して、逆に自身の『生命力』を伝播させているだと……!?』
エルマさんの足もとから、枯れた草花が蘇り、緑が広がっていく。
死にかけていた虫たちが息を吹きかえしていく。
その広がりは、炎のドームの囲いをも越えて。
蘇っているのは草花や虫だけにとどまらず、ぼろぼろになっていた俺やヒュード、レゼルとエウロの傷も治り、ちからがみなぎっていった。
しかもエルマさんはただ、『生命力』を周囲に与えているばかりではない。
彼女がセレンと『生命力』を交換することによって、互いに互いを高めあっていたのと同じように。
彼女自身もまた、まわりの命からちからを与えてもらっていたのだ。
蘇った草花は、シャティユモン独自の花弁が光る花々。
生命力の高まりにともない、光を取りもどす……いや、今まで以上に光りかがやいていた。
それはまさしく、懸命に生きるものたちの命の輝き。
――そして、エルマさんのちからは彼女自身もいまだかつて感じたことがないほどの、極限を超える高まりを見せていた。
「サヘルナミトス、手順を間違えましたね。
あなたはレゼルではなく、この私を先に狙うべきだったのです。
死の塊であるあなたは、子を想う母の強さをあまりにも知らなさすぎた」
『生命力』の強みは、『宿る』こと。
生きとし生けるものたちの命の光に包まれて。
彼女は今、『死』そのものである存在へと立ちむかう!
「私の可愛い娘に手をだしたことを、後悔なさい!!」
そうして、エルマさんとセレンはサヘルナミトスへと向けて駆けだした。
脱兎のごとく――いや、まさしくレゼルの最速を誇る技である『神風』のごとく。
ここにきて、エルマさんとセレンは最高の速力を見せていた!
『おのれキサマ、人間の分際で生意気なぁッ!!』
自身のもとへと向かうエルマさんの頭上へと、鉄槌をくだすかのように。
無情にも、『冥王の剣』は振りおろされた。
世界を破滅に導くほどに濃縮された瘴気の塊が、空間を次元ごと斬りさいていく!
しかし信じられないことに、エルマさんとセレンはそこからさらに加速して――。
『なにっ!!?』
サヘルナミトスの渾身の一撃をかいくぐり、奴の懐へと潜りこんでいた。
彼女はすでに体幹を極限にまでねじり、メイスを振りかぶっている。
『桜連撃――』
エルマさんとセレンのからだを、まばゆいほどに美しいサクラ色の光が包みこむ。
そうして彼女はそのちからのすべてを解放し、死の象徴へと叩きつけた!!
『千本桜』!!!
一撃当たるごとに生命力の塊がはじけ、ほとばしり、サクラの花が咲きみだれる。
流れるように撃ちこまれていくエルマさんの連撃。
エルマさんの『桜連撃』は一撃一撃が必殺の破壊力を誇るがゆえに、その連撃には膨大な生命力が注ぎこまれている。
通常であれば連撃の回数は多くて数十打、肉体の限界を顧みずに技を放ったとしても二~三百打までである。
しかし、自身を取りまく生きとし生けるものからちからを分け与えられた今の彼女は、その限界をはるかに超えゆこうとしていた。
長く厳しい冬を乗りこえ、春の訪れを喜ぶ命のように。
エルマさんは桜吹雪のなかで舞い踊りつづける!
『グオオオオオオッ!!』
――まずい、このままではっ……!
桜吹雪のなかで、雪解けのようにかたちを失っていくサヘルナミトス。
たまらず『冥門』のなかへと逃げこもうとするが、すかさずエルマさんが叩きあげて奴から移動の自由を奪う!
三百五十六、三百五十七、三百五十八……
サヘルナミトスはそのからだを滅多打ちにされながらも、右手にもった『冥王の剣』を再びエルマさんへと振りおろした!
彼女は今、冥王を滅しようと技を叩きこんでいる最中であり、その背中はがら空きとなっていた。
いくらエルマさんといえど、その剣で斬られれば命はない。
……しかし、そこに割って入る人と龍が一騎!
『和奏』――『乱気流』!!
レゼルがもつ数多くの技のなかでも、最高の攻撃力をもつ技にして、最高難度の技。
レゼルの身体感覚はまだ戻ってはいない。
彼女はまるであべこべの狂った身体感覚のなかで、この最高難度の技を成功させてみせたのだ。
……彼女はすべてをあきらめていたわけでも、自身の行いを省みていたわけでもない。
自身の肉体と向きあい、対話し、身体感覚を即座に修正していたのだ!
レゼルの決意と覚悟が生みだす風の奔流が、世界を破滅に導く剣と激突する!
「たとえ神であろうと……!
お母さまを斬ろうだなんて、絶対にさせませんっ!!」
――この小娘、『冥王の剣』で斬れぬだとッ……!?
七百二十二、七百二十三、七百二十四……
レゼルの『乱気流』は、サヘルナミトスの『冥王の剣』と拮抗し、見事食いとめることに成功している。
そうしているあいだにも、エルマさんはサヘルナミトスのからだをことごとく叩きつぶしていく!
『おのっ……れっ……!
キサ……マらっ……!』
サヘルナミトスのからだはボロボロに崩れ、細切れになった奴の腕にはもはやエルマさんたちを打ちすえるだけのちからは残されていない。
そんな奴の苦肉の策。
打ちすえるだけのちからは残されていなくとも、当たれば逆転の一手。
いつの間にか左手に隠し持っていた『逆流の小槌』。
当てるだけで肉体が子どものころまで時を遡り、弱体化してしまうという反則技。
レゼルとエルマさんのどちらかにでも当てられたら、この形勢は逆転されてしまうだろう。
……だが、その小槌が彼女たちに向けて振りおろされることはない。
なぜなら俺が、奴の手から小槌を奪いとっていたからだ!
『なにっ!?』
「こちとら、盗みが専門だっつーの!!」
奴の手からはにぎりしめるちからも失われていた。
子どものからだでも小槌をせいいっぱいに抱きしめ、ヒュードのちからを利用すれば奪いとることは不可能ではなかった。
多少、粘りついた奴のからだがベリベリと剝がれる感触はあったものの。
『バカっ、な……! このワシが……。
ほんとうに人間ごときに滅ぼされるというのか……!?』
九百九十七、九百九十八、九百九十九……
千!!!
エルマさんの攻撃をすべて受け、冥府の神王は撃ちくだかれた。
残されたサヘルナミトスのからだも崩れていき、塵となって消えていく。
消滅を目前にして、奴は怨嗟に満ちた叫びをあげる。
『なぜだァッ! 死とは絶対的なもの。
死の象徴であるこのワシが、生者になど負けるはずがないイィッ……!!』
舞いちるサクラの花びらに囲まれて。
胸いっぱいに息を吸いこみ、自身に満ちる命の輝きを感じながら。
そうしてエルマさんは、あのいつものほほえみを見せた。
「馬鹿なことおっしゃいなさるな。
限りある生を生きぬく命こそが、強くて尊いに決まっていますわ」
次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!




