第217話 恰好つけの涙
前回の場面の続きです。
◆
ガレルは炎の剣を振るいながら、その感覚を思う存分に味わっていた。
――初めて味わう感覚。
からだが滾るように熱い。
自分が発する熱で、この身が燃えて焼きつくされちまいそうだ……!
一度共鳴を深め、それを維持するだけで恐ろしいほどの集中力を要求され、精神力が削られていく。
攻撃で自身にかえってくる反動も、通常の攻撃の比ではない。
そしてなにより、龍のちからを借りて自身のなかで練りあげていく炎の熱さ!
燃えあがる炎に、自分自身が焼きつくされてしまいそうだった。
だが、炎の熱とともに、いまだかつて感じたことのないちからの高まりを感じる。
レゼルやシュフェルは今までずっとこの次元での戦いをつづけ、そして勝ちぬいてきたのだ。
自分だけへこたれているわけにはいかない。
へこたれるどころか、彼は今、とてつもない歓びにうち震えていたのだ。
……それは、熱による光の屈折が生んだ幻か。
自身の周囲を踊りくるう炎の合間に、彼はかつての自分の姿を見た。
これまでの戦いの人生――彼の脳裏に、過去の記憶が蘇る。
――レゼル様のことなら、彼女が幼いころから知っていた。
父親であるレティアス様は紛れもなく当時世界最強の龍騎士で、俺から見ても憧れの存在だった。
そのレティアス様とエルマ様の娘である彼女が、自分より才能にあふれる騎士であることに、なんの疑問も感じなかった。
彼女は生まれついての選ばれし存在であり、剣の才能があることも、なんなく龍との『共鳴』をなし得たことも、それが当たり前のことなのだと。
彼女は二個も年下だったが、剣で負けてもちっともくやしいとは思わなかった。
人にはもって生まれた『分』や『器』がある。
俺は代々騎士団員を輩出してきた家系の生まれではあったが、歴史をさかのぼっても出世した者などいやしない。
レゼル様の輝かしき血統とは比べるべくもないのだ。
平凡な生まれの自分は、平凡なりに懸命に生きればいい。
……そうして当たり前に日々を過ごしていたとき、あいつがやってきた。
レティアス様が連れてきたその女の子は、カレドラル人においても珍しい、まばゆいほどに明るい金髪だった。
「さぁ、新しい仲間だよ。
シュフェル、みんなに顔をお見せ」
「…………」
その女の子はなにかにおびえるようにレティアス様の後ろに隠れ、なかなか顔を見せてくれようとはしない。
どこぞの貴族の子ということだったが、義理の姉たちにいじめられていたらしく、ボロボロの格好をしていた。
シュフェルと名乗ったその女の子を、みんなは妹のように可愛がった。
彼女も少しずつ、みんなに心をひらき、うち解けていく。
……しかし、彼女が才能を発露するのに時間はかからなかった。
彼女もまた、図抜けた才能をもつ化けものだったのだ。
レティアス様は彼女が秘める素質を見抜いていたのだろう。
シュフェルはたちまち龍と心を通わせ、『共鳴』を会得した。
龍の加護を得た彼女は、剣の腕でも周囲の大人たちを抜きさり、レゼル様に次ぐ実力者になった。
つけあがって生意気に育つのも当たり前。
彼女には、そうするだけの才能があったのだから。
彼女は、はるか後ろからやってきて、あっという間に俺を抜きさっていったのだ。
しかしそれでもまだ、俺の心に火がつくことはなかった。
シュフェルも『選ばれし者』だった。
ただ、それだけのことなのだと。
――そしてついに、帝国の大規模侵攻が起こる。
絶対的な存在であったレティアス様は敗れ、俺の家族は皆殺しにされた。
そこでようやく、俺は自分のちからのなさ、才能のなさに絶望した。
自分には、家族を殺した帝国の一般兵に復讐するだけのちからもなかったからだ。
帝国に負けてから毎日ただひたすら、剣を振るようになった。
骨が折れ、肉が腐りおちてしまうんじゃないかと思うほどに、自分のからだを痛めつけつづけたんだ。
……しかしそれでも、俺が『龍騎士』としての才能に目覚めることはなかった。
才能の壁は、いつも残酷だった。
――レゼル様と、シュフェルのことがうらやましかった。
常に俺の前を走り、さらに先へ先へと進んでいく彼女たちのことが。
彼女たちが才能に見合っただけの努力を続けてきていたことを知っている。
戦いの最前線で、命を懸けて戦いつづけてきたことも。
それでもレゼル様やシュフェルみたいに強くなりたくて、その背中を追いかけつづけた。
どんなに懸命に走って手を伸ばしても、決して届かないことを知りながら。
だが今、俺はシュフェルの隣にいる!
ともに剣を振り、互いに互いの命を預けながら。
どんなに手を伸ばしても届かなかったあの背中と、今、こうして並びあえているなんて!
――人知れず誰も見ていない場所で、誰よりも努力してきた彼のことを、シュフェルは『恰好つけ』と呼ぶ――。
「……ハッ!
アンタのこと見直したぜ、ガレル。
恰好つけもさ、ちったぁサマになってきたじゃねぇの!」
「あぁ、おかげさまで少しは見れるようになっただろ?
……ずいぶん待たせちまったな」
「アハハ。ほんとうだよ、ったく。
恰好つけすぎて、戦場で死ぬんじゃねェぞ?」
「あぁ、絶対に死にゃしねぇさ。
俺の戦いは、これからなんだからよ……!」
……シュフェルは知らない。
ガレル自身が発する熱ですぐに蒸発してしまっていたが、彼の目から涙があふれていたことを。
湧きあがる『炎の律動』とともに、彼の心は無上の歓びでうち震えていた。
――シュフェルの隣に立って戦うこと。
これこそが、俺が追いもとめつづけてきたこと。
これこそが、俺の生きる歓びだ!
年内の投稿はこれが最後です。
来年も、本作をよろしくお願いいたします!
次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします。




