第216話 覚醒のとき
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シュフェルがヴィレオラに虐げられる一方、部隊長たちは『地縛霊』に縛りつけられ、なにも手出しをできずにいた。
目の前でシュフェルがいたぶられていくのをなすすべもなく見せつけられ、彼らは血の涙を流す思いであった。
『邪骨』!!
「あぐっ……!」
『冥門』から突きだされた骨の剣が、シュフェルの肩を斬りさき、血飛沫をあげる。
呪われた剣に肉を裂かれ、彼女は苦痛で顔をゆがめた。
――ちくしょう。
このまま俺はなにもできずに死んでいくっていうのか?
目の前で、あいつが苦しんでいるっていうのに……!
『地縛霊』に肉体をきつく縛られ、ガレルは息をすることもままならない。
手の先にまで血がめぐらず冷たく痺れているが、それでも強く剣をにぎりしめた。
『亡者の嘆き』!!
「あぁっ……!!」
宙をただよう無数の亡者の魂。
防ぎきれなかったいくつかの魂がシュフェルのからだを奪おうとまとわりついてきた。
生者へと向けられた憎しみが肉体のみならず、シュフェルの心をも蝕んでいく……!
――いったいなんのために今日まで頑張ってきたっていうんだよ。
すべてはあいつとともに戦い、あいつの助けになるためだろ?
こんなところで這いつくばってる場合じゃねえだろうがっ!!
自身の意識も飛んでしまいそうなほどの苦境と、それに反比例するように熱く燃えたぎる闘志が――。
彼自身も予想していなかった『変化』を、ガレルにもたらした。
――『龍の鼓動』が大きく、ゆっくりと聞こえる……!?
強く、大きく、ゆっくりと。
ガレルが触れている龍のからだから『龍の鼓動』が伝わってくる。
天気のように気まぐれに変わり、とらえどころのなかった『龍の鼓動』が、今では手に取るようにはっきりと感じとれる。
極限にまで研ぎすまされた精神が、今まで到達できなかった『高み』へと彼を導いたのだ!
――俺には、アレスのような体躯も、サキナのような技術も、ティランのような天性の身体感覚もねぇ。
自分の『器』の小ささに、何度も何度も絶望し、うちひしがれてきた。
でもだからこそ、誰よりも長く剣をにぎって、誰よりも多く剣を振ってきたんだろう……!?
俺に付いてきてくれたコイツとともに、何遍も何遍も!
身にまとわりつく死霊どもを振りはらおうともがきながら、ガレルは相棒の龍と目を見合わせた。
その龍は主の瞳と同じく、真っ赤に燃えるような赤き体色の龍――。
「うおおおおおっ!!」
……そのとき、ちから任せにうち鳴らされたかのような『共鳴音』が、あたりに鳴りひびいた。
激しく強く鐘をうち鳴らしたかのような、それでいて誰しもの心に届くまっすぐな音――。
同時に、その場にいるだけで身を焦がされるような熱さが、あたりを包みこむ!
「なにっ……!?」
ヴィレオラはシュフェルをいたぶる手をとめ、瞠目した。
彼女が目を向けた先には、それまでそこにいなかったはずの炎の龍騎士がひとり。
ガレルとその龍が赤く燃えさかる炎を身にまとい、立ちあがっていた。
焦げ炭となった『地縛霊』の霊体が、パラパラと地に落ちていく。
呪霊に束縛されながら、アレスはガレルの豹変……いや、進化の瞬間を目のあたりにしていた。
「ガレルめ、ついにたどり着いたか……!」
……これは、アレスの記憶のなかの一場面。
ルペリオントの領空の島での、グレイスとの会話の続き。
「アレス、あんた以上に努力を積みかさねている奴がいるってのか?」
「ええ。もちろんいますぞ、グレイス殿」
そう言って、アレスは夜空を見あげた。
「ガレルです。
たしかに才能や素質という点では私やサキナ殿、ティランのほうが優るのかもしれません。
しかしあやつは我われが鍛錬を積んでいるあいだも、合間に休憩しているあいだも、ずっと剣を振りつづけ、己が心身を研ぎすましつづけているのです」
「剣を振りつづけている? ずっと……!?」
驚くグレイスに、アレスはうなずきかえした。
「あやつに比べれば私の努力など、取るに足らぬものです。
だからこそガレルは、我われ一般龍兵のなかで最強の剣士でありつづけているのです」
アレスにそこまで言われたとき、グレイスはある事実に気がついた。
――そういえば俺は、進軍と訓練、会議の場以外でガレルの姿を見かけたことがない!
通常、龍との共鳴は先天的な素養によるものとされている。
龍御加護の民は幼いころから龍と触れあい、幼少期に共鳴することができなければ、その後ちからに目覚めることはないとされる。
いわば、生まれもっての才能と言ってしまってもいい。
だが、ガレルは圧倒的な努力量で、その才能の壁を乗りこえてみせた。
……しかし、この常識を覆す彼の飛躍を喜び、最初に涙したのは意外にもガレル自身ではなく、その親友であるアレスだった。
「ガレルよ……。
ようやく念願をかなえたのだな……!」
親友として、そばでガレルのことを見つづけてきた彼だからこそ。
ガレルの苦悩も、努力も、胸に秘めた想いもすべて知っているからこその涙であった。
「なん……だとっ……!?」
ヴィレオラはその眼を疑った。
――翼竜騎士団にいる龍騎士は三名。
それぞれ風、雷、生命力の三種のちからをもつ龍騎士のみ。
あとは龍騎士として数えるに値しないまがい品がひとり紛れこんでいるだけ。
オスヴァルトが死に、騎士団に炎のちからをもつ龍騎士はいなくなっていたはず。
いなくなっていたはずだったのに……。
後天的に才能に目覚める者がいただと……?
それも、この土壇場で!
驚愕を隠せぬヴィレオラをよそに、ガレルは目覚めたちからを存分に振るおうとしていた。
――炎の龍騎士の技。
オスヴァルトさんの技なら、俺だって幼いころからそばで見てきた。
見よう見まねだが、やるしかねぇ!
『炎渦』!!
ガレルが剣を振るうと炎の渦が巻きあがり、あたりにひしめく死霊と呪霊たちを焼きつくした!
「!!」
ヴィレオラは、自身の手駒が燃えさかる火炎に否応なく焼きつくされていくさまを、信じられぬ思いで眺めていた。
――こいつ、ほんとうに覚醒したばかりなのか?
通常、龍との『共鳴』を習得したばかりの者は一度の共鳴だけで体力と精神力を大幅に消耗させられ、たちまち行動不能におちいってしまう。
まして、龍の御技を発動するなどもってのほかだ。
いったいこの男は才能を壁をぶち破るまでに、どれほどの研鑽を続けてきたというのだろうか。
さらに……!
「おらおらぁっ!!」
ガレルは『炎渦』を連発している。
適当にも見える技の連発だが、広範囲に広がる炎の渦は、有効な攻撃として死霊と呪霊の数を減らしていっている。
……『冥府』のちからは『雷』の龍騎士とは相性がよいと言ってよいだろう。
自然素の操作にも優れたオラウゼクスならともかく、今のこの娘となら何度戦っても負ける気はしない。
だが、巻きあがる爆炎は範囲が広く、宙に長く留まり、くすぶりつづける。
炎は容易に死霊の腐乱した肉体を燃やし、周囲の動く亡骸へと燃えうつっていく。
気体状の霊体からなる呪霊たちもまた、然り。
霊体は瘴気で構築されているが、瘴気は自然素の操作による炎で容易に燃えあがるのだ。
死霊と呪霊たちは炎の熱と光におびえ、彼らの動きを妨げるのにこれ以上有効な手段はないと言ってもいい。
こんな調子では、おいそれと冥門をひらくわけにもいかない。
『炎』の龍騎士との相性は最悪。
つまりこの赤髪の男は、自分にとっての天敵……!
今回の場面は次回に続きます。
年の瀬スペシャル! 本日はもう1話投稿予定です!
次回投稿は本日の20時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!!




