第215話 死闘
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『下板』の墓地ではネイジュが単身、地獄の番犬たちとの死闘を繰りひろげていた。
ケルベロスは飛行能力がないことを除けば、訓練された龍と同等の機動力・戦闘力を誇るうえ、口から『地獄の業火』まで吐くことができる。
さらに、サヘルナミトスの顕現によって満ちた瘴気で凶暴化し、その戦闘力は通常の倍以上にまで膨れあがっていた。
そんな強化されたケルベロスが二十頭以上も束になって、いっせいに襲いかかってくる!
……どう考えても絶望的な状況。
ネイジュには万にひとつも勝ち目はないと思われた。
だが、しかし!
「はああああっ!!」
『氷の茨』!!
ネイジュが地に爪を突きたてると、土中からいくつもの巨大な氷の棘が生え出で、さらにその棘から無数の棘が分かれでた!
この攻撃により、何匹ものケルベロスが一度に串刺しにされた。
ネイジュの果敢な攻めに対してケルベロスたちも『地獄の業火』で応酬するが、彼女は氷の自然素を強引にぶつけて相殺している。
彼女を中心として黒い炎と青く光る氷とが激しくぶつかりあい、いたるところで爆炎を巻きおこしていた。
その凄まじい戦いぶりを、ノアたち兄妹も息をのんで見守っていた。
「おねえちゃん、すごい……」
……強力なケルベロスの群れを相手に、互角以上の戦いを繰りひろげるネイジュ。
ファルウルでいつも姉の支援に徹していた彼女は、今まで全力で戦ったことがなかった。
水氷の神剣エインスレーゲンこそ持たぬものの、母に匹敵するほどの潜在能力。
彼女がそれだけのちからを秘めていることを誰も、彼女自身ですらも知らなかったのである。
「まだまだでありんすっ!」
『たまゆらの簪』!!
無数の氷の簪が円環の軌道上に並べられて浮かび、中心にいる敵をいっせいに突き刺す!
円環の中心で突き刺されたケルベロスは、なすすべなく絶命してしまっていた。
「はぁっ……! はぁっ……! はぁっ……!」
ネイジュの猛攻により、すでにケルベロスたちの半数以上が倒れていた。
しかし、とどめをさせなかったものは周囲にただよう濃厚な瘴気を吸収し、みるみるうちに傷がふさがっていってしまう。
対して、ネイジュには怪我や失った自然素を回復させる手段はないのに等しい。
あたりにただよう水氷の自然素は、瘴気の濃さに比べればはるかにうすかったのだ。
倒れたケルベロスたちが、次々と立ちあがってくる。
だが、そんな絶望的な状況下に置かれても、ネイジュが屈することは決してなかった。
「「グルルル!」」
「まったく、しつこいワンコたちでありんすね……。おとなしくお寝んねしなんし!」
「おねえちゃん……」
ノアたちがネイジュの背後で彼女の身を案じていた、そのときであった。
「ガァウッ!」
「! きゃあっ!!」
「うわぁ!」
「……はっ!」
ノアたち兄妹の後ろから、一匹のケルベロスが襲いかかる!
前方のケルベロスたちに気を取られていたが、後ろの茂みのなかにもう一匹潜んでいたのだ。
ノアたちの危機を察知したネイジュは、瞬時に身を翻して兄妹のもとへと駆けだした。
激しく吹きすさぶ水氷の自然素を身にまとい、信じられないほどの速度で地を駆けぬけていく。
「危ないっ、ノア殿ぉ!!」
ネイジュは兄妹とケルベロスのあいだへと身を投げだし、そして――。
時が、凍りついた。
※簪……かんざし。日本の伝統的な髪飾り。
たまゆらの……日本の枕詞で漢字で書くと『玉響の』。
勾玉どうしが触れあってたてるかすかな音のことで、転じて「少しのあいだ、ほんのしばらく」という意味合いになりました。
したがって、『たまゆらの簪』は意味として成立しておらず、完全に言葉の語感と雰囲気から決めた技名です。
技の、優美にして儚い雰囲気をお伝えできていれば幸いです。
次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!




