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第214話 契約関係


 前回の場面の続きです。


 遠くから戦いの様相を観察していたエルマさんが、レゼルを呼びだした。


「レゼル、こちらへ!」

「! はい、お母さま!」


 レゼルは俺をヒュードの背中に乗せ、サヘルナミトスの攻撃をかわしながら、エルマさんのそばへと近寄ってきた。

 俺もサヘルナミトスの攻撃に巻きこまれないように気をつけながら、遅れて彼女のあとを追いかけていく。


 エルマさんはレゼルと俺にだけ聞こえる声でささやいた。


「レゼル、もう見えていますわね、()()()()()()()()()()

「……ええ、見えています」

重畳(ちょうじょう)。行きますわよ、レゼル!」

「はいっ!」


 そういって、エルマさんは騎士団にだけ伝わる指言葉でレゼルに作戦を伝えた。




 ……実は、サヘルナミトスの人間の常識をはるかに超えた聴力は、レゼルとエルマさんのこのやり取りを聞きとっていた。

 サヘルナミトスの位置からは見えぬようになにやら合図でやり取りをしているようだが、彼にとってはすべて弱者の()(ごと)であるようにしか感じられなかった。


『カカカ。

 なにを企んでおるのか知らぬが、冥府の神王たるこのワシに弱点など存在せぬわ、うつけ者どもめが』




「……いいわね? レゼル」

「はいっ、お母さま」


 エルマさんはレゼルに作戦を伝え終えると、サヘルナミトスのほうへ(りん)として向きなおった。


「うつけはあなたよ、サヘルナミトス。

 私があなたを、この手でうち滅ぼしてみせますわ!」


 そう言うと、エルマさんとセレンはサヘルナミトスへと向かって突撃した!


『カカカ、人間の女の分際でずいぶんと無礼な口をきくヤツじゃ。

 すぐに身の程を(わきま)えさせてやるワイ!』


 そうして、エルマさんとサヘルナミトスの壮絶な打ち合いが始まった!


 エルマさんは間断なく振りだされるサヘルナミトスの両腕をかいくぐりながら、メイスによる打撃を打ちこんでいく。

 エルマさんとセレンの動きのキレは凄まじく、まさしく人と龍の領域をはるかに超えるものである。


 しかしそれでも、サヘルナミトスの固い守りは崩せない。

 逆にかわしそびれた変幻自在の攻撃に、エルマさんの身は少しずつ削られていく。


「ぐっ……!」

『ほれほれ、どうした?

 オヌシがワシの身を滅ぼしてみせるのではなかったのか?

 このままではオヌシのほうが()りきれてしまうぞ、カカカカ!』




 俺とレゼルはエルマさんの指示どおりその場で待機し、彼女の戦いぶりを見守っていた。

 サヘルナミトスも今はエルマさんとの戦いに意識を集中させており、こちらのほうは気にもかけていないようであった。


「レ、レゼル。

 ほんとうに助けに行かなくてもいいのか!?

 いくらエルマさんでも、あのままサヘルナミトスと一対一で戦ってたら、やられてしまうんじゃないか!?」

「大丈夫です。

 お母さまの真のちからはまだまだあんなものではありません。

 それに今ここで動いたら、お母さまのがんばりをすべて無駄にしてしまうことになります……!」


 みっともなく(あわ)てる俺に対して、レゼルは努めて冷静に戦局を見守っていた。

 エルマさんが傷ついていくのをつらく思う一方で、その根底では自身の母親を強く信じる想いが、彼女の心を支えていたのだ。


「お母さまは私を待機させたまま、単身でサヘルナミトスを『冥門(めいもん)』に追いこもうとしています。

 それが、()の者の弱点を突くことになるからです」

「そうなのか……!

 でも、サヘルナミトスの弱点って、いったいなんなんだ?」


 俺には、レゼルとエルマさんにはいったいなにが見えているのかまるでわからなかった。


 こと戦闘中の機転に関しては、俺はレゼルたちの足もとにも及ばない。


 戦闘力の次元が違いすぎて、理解が追いつかないのだ。

 なにせ動きが速すぎて、俺には彼女たちが戦闘中になにをやっているのかすら目で追いかけきれていない。

 強き者には、強き者にしか見えぬ世界があるのだということだ。


 レゼルはサヘルナミトスの挙動から片時も目を離すことなく、俺の質問に答えてくれた。


「サヘルナミトスは恐らく、()()()()()()()()()にしか、『冥門』をひらくことができません」

「!? レゼル、なんでそんなことがわかるんだ?」

「サヘルナミトスは、ヴィレオラとは()()()()()()()であると言っていました。

 つまり、彼の者の召喚にはなんらかの契約条件があるということです」


 そこで、俺はヴィレオラがサヘルナミトスをこの世に呼びだしたときの様子を思いだす。

 彼女は自身の腕を切り、地面に大量の血を浴びせかけ、そこに特大の『冥門』を発生させて奴を召喚していた。


 ……つまりサヘルナミトスは、ヴィレオラの血を混じた土を媒介(ばいかい)としてしか『冥門』をひらくことができないのだということ!


「地面を埋めつくす蜘蛛(くも)(さそり)、なにもしてこない蜘蛛女(アラクネ)や使い魔たちもただの舞台装飾ではありません。

 あれは恐らく、瘴気の流れをかき乱して、『冥門』の出どころを隠すための()()()なのです」


 空間のどこにでも『冥門』をひらくことができるヴィレオラとちがって、奴が『冥門』を限られた地面の表層にしかひらくことができないとわかれば、そのひらく先を予測することの難易度は格段にさがる。

 地面を覆いつくす不気味な蜘蛛や蠍、使い魔たちは、奴がその弱点に気づかれたときのための予防線であったのだ。


「そして、伝承では冥府の神王は光の龍神によって、からだの芯を冥府の底に()()()()()()()()()()()はずなのです。

 サヘルナミトスが穴から上体しか覗かせないのはわざとではありません。

 つまり――」


 俺は頭のなかで、果てしなく深い冥府の地の底から、天井にひらいてこの世界につながる『冥門』まで、胴体をびよぉ~~~んと伸ばすサヘルナミトスの姿を思いうかべていた。

 いや、穴の下でほんとうにそうなってるのかは知らんけれども。


『冥府の神王』であるはずのサヘルナミトスが、『冥門』をひらくのにヴィレオラよりも制限があることの理由でもあるのかもしれない。

 ――つまり『冥門』の出どころを叩けば、攻撃は奴の胴体に確実に直撃するのだということ!


「そうかなるほど!

 ってことはレゼ……ル……!?」


 俺の声は、すぐ目の前にいるはずのレゼルの耳には届かなかった。

 気がつけば、彼女は俺が話しかけるのをためらってしまうほどに神経を研ぎすましていたのであった。




 エルマさんはサヘルナミトスへの猛攻を続けていたが、とうとう勝負に踏みきる。


 激しい戦いの最中、静かで、それでいて深い余韻を残す『共鳴音』が鳴りひびく。

 そして、彼女とセレンのからだを、サクラの花のような淡く柔らかな光が包みこんだ!


桜連撃(セキバティア)』!!


 ――本来ならば、エルマさん自身の身体能力を極限まで高めるとともに、敵の肉体を異常活性化させて破壊する必殺の連撃。


 一撃あたるごとに生命力の塊がはじけ、ほとばしるさまは、まさしく咲きみだれるサクラの花のよう。

 美しくも強烈なエルマさんのこの技は、『死』の塊である冥界の住人にとってはよりいっそう壊滅的な打撃を与えることだろう。


 エルマさんはサヘルナミトスの腕をことごとく打ちはらって迫り、ついにとどめの一撃を奴の顔面に打ちこもうとしていた!


『おのれキサマぁ!!』


 サヘルナミトスはたまらず『冥門』のなかへと潜りこんだ。

 一度エルマさんの攻撃を回避し、体勢を立てなおして、大技を放った彼女の背後を突くつもりだ。


 サヘルナミトスの対応は、完璧であった。

 なんの憂いもなき、完全なる対応。


 この地面を埋めつくす無数の瘴気の塊のなかから、奴が『冥門』をひらく先を感知し、予測することは誰にも不可能であった。

 ……そう、ただひとりを除いては――。




 レゼルはオスヴァルトやオラウゼクスとの戦いの最中でも、極限ともいえる集中状態への到達を果たしていた。

 だが今の彼女は、そのどの瞬間よりも静かなる境地へとたどり着く。


 地を埋めつくす何千何万という瘴気の塊の気配を、レゼルは完全に掌握(しょうあく)していたのだ。

 その無限ともいえる気配の群れのなかから、わずかに生じた乱れを彼女は見逃さない!


 ……そして彼女は風切り音のみ残し、俺の前から姿を消した。




『カカカ、無駄じゃ!

 オヌシの攻撃はどうやってもワシには当たらぬ、ぞ――!?』


 サヘルナミトスが地にひらいた『冥門』から上体を引きずりだし、エルマさんの背中に向かって吠えたとき。

 その(ふところ)にはすでにレゼルとエウロが、剣を構えて潜りこんでいた!


和奏(わそう)』――『風輪花(エオフェーレ)』!!


『和奏』でよりいっそう強化された彼女の得意技。

 死の気配に満ちた暗き戦場で、優美に花咲く風の花。


「冥府の神王、お覚悟を」


 高速でまわる風の花弁が、死の神の胴体を斬りさいていく!


『グオオオオオオッ!!!』


 サヘルナミトスの絶叫が、炎のドームのなかで響きわたった。




※『風輪花』はカレドラルからファルウルに行く前にレゼルが自身で開発した技(初出:第2部53話)ですが、自分でもとても気に入っているようです。


 次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!

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