第212話 呪霊の手
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ガレルたちはシュフェルを守ろうと、ヴィレオラとの戦いを繰りひろげていた。
複数の敵に対応するように、ヴィレオラはひきつづき多数の呪霊を召喚し、撃ちだしつづけている。
「行くぜ、アレス!」
「応!」
宙に飛び交う無数の呪霊たちをガレルが斬りはらって道をひらき、アレスが果敢にヴィレオラへと攻めこんでいく。
そうしたふたりの背後を狙おうと、ヴィレオラは宙から骨の剣を突きだした!
『邪骨』
……しかし、ふたりの後ろにはティランがついている!
「はぁっ!」
ティランが宙から現れた骨の剣を短剣で弾き、ガレルたちの背後を守る。
骨の剣と鋼の短剣がぶつかりあい、鋭い音を鳴りひびかせた。
「ありがとな、ティラン!」
「うん! 後ろはボクに任せて!」
攻めに徹しているガレルとアレスの背後を、身軽なティランがついてまわる。
『冥門』から骨の剣が突きだされれば、いち早く龍の背中を蹴って飛びだし、剣を弾きかえしていた。
さらに要所要所では、遠方からサキナが矢を放ち、彼らを強力に援護している。
もちろん、彼女自身も背後の警戒は怠らない。
一箇所に留まって狙われぬよう、常に龍を走らせ、飛びまわらせつづけている。
動いている龍の背中の上でも、彼女の射撃には寸分の狂いも生じないのだ。
……そうして四人が互いを支えあい、ついにアレスの槍がヴィレオラへと届く!
『破突槍』!!
しかし、敵であるヴィレオラもさる者。
フェルノネイフの繊細な刀身で槍の切っ先をずらし、アレスの必殺の一撃を見事に受け流してみせた。
「なにっ!?」
「甘いな」
ヴィレオラがアレスに生じた隙を突いて反撃に転じようとしたところ、すかさずガレルも斬りかかってきた!
「おらぁっ!!」
「!」
『冥門・開』
ヴィレオラと屍龍は『冥門』のなかへと潜りこみ、ガレルの剣は空を切った。
空振りした剣をにぎりしめながら、彼は悔しそうに歯噛みした。
「くそっ!
冥界への門だか知らねぇが、すぐに穴のなかに隠れやがって……!」
ガレルたちと離れた場所で、再び『冥門』からヴィレオラが姿を現す。
彼女は慎重に剣を交えながら、ガレルたち部隊長の戦いぶりをよく観察していた。
――翼竜騎士団の部隊長たち、か。
報告では、こいつらと戦ってコトハリが不覚をとったという。
そのときはヴュスターデの神具の使い手との協力があったとはいえ、油断はしすぎないほうがいい。
ガレルたちの動きは『龍の加護』を受けていない一般龍兵の動きとしては破格のものであった。超人的であるといってもいいだろう。
さらに、いったいどれほど修練を積んだのか、四人の一糸乱れぬ連携は敵ながら見事なものであった。
……ちから任せに大技でとっととケリをつけたいところだが、そうもいかない。
今この場には、シュフェルもいるからだ。
彼女はすでに満身創痍だが、うっかり一撃でもまともに喰らえばこちらが即死もありうる。
今まではシュフェルの攻撃後の隙を狙う側であったが、部隊長たちの出現によって、今度は自分が攻撃後の隙を狙われかねない状況となった。
部隊長たちを殺しにかかるのに夢中になって、隙を見せるわけにはいかないのだ。
圧倒的強者にしては慎重すぎるようにも見える姿勢。
しかしヴィレオラのこの冷静な対応はたしかに、ガレルたちに付け入る隙を与えなかったのである。
「ちくしょう、やりづれぇ……!」
「奴はのらりくらりと我われの攻撃をかわしながら、機が熟すのを待っている感がある。
なにか仕掛けてくるかもしれぬ。
気をつけてかかるぞ、ガレル、みんな!」
アレスの声がけで、よりいっそう警戒を強める部隊長たち。
しかし、そうしてる今もヴィレオラの仕掛けは着々と準備が進められていて……。
ヴィレオラは準備が整いつつあることを悟り、ほくそ笑んだ。
――そろそろ完成だ……!
「たかが一般龍兵の分際でお前たちはよくやったよ。
だが、所詮は脇役。脇役は脇役らしく、這いつくばって見てるんだな!」
「!!?」
『地縛霊』!!
ヴィレオラの技の発動とともに、ガレルたちのそれぞれの影から無数の手が伸びだしてきた!
「なにっ!?」
『オ゛オ゛オ゛ォ……』
それ自体が影のような呪霊たちの手が、直上にいるガレルたちを龍ごとつかみ、巻きつき、絡めとった。
部隊長たちはそのまま影のほうへと引きずりこまれ、地に縛りつけられた。
縛られて動けないばかりではない!
大蛇に絞めつけられた獣のように。
からだのすみずみにまで血が行き届かず、呼吸をすることすらままならない。
息をするたびにますますきつく胸を絞められ、このままでは緩やかに絞め殺されていってしまう。
「……っは……!」
「あうぅ……!」
「なんなんっ……だよ、こいつらっ……!」
サキナ、ティラン、ガレルが、苦しそうに喘いでいる。
地に縛りつけられて悶えるガレルたちを見おろして、ヴィレオラは愉快そうに笑った。
「『地縛霊』だよ。
貴様らが宙を舞う呪霊たちに気を取られている隙に、影のなかに潜ませておいたのさ」
『地縛霊』たちは、這いつくばりながら暗い地面の影に紛れこんでいた。
ガレルたちが動けば動くほど、彼らの影のなかに絡みつき、入りこむ『地縛霊』の数は増えていったのである。
「ぐぬぅっ……! こやつら……!」
アレスの影のなかにはとくに多くの『地縛霊』たちが潜んでいた。
何十、何百とまとわりつく呪霊の手。
彼の強靭な肉体をもってしても、その拘束を振りほどくことはできない!
「そいつらは動きがのろく、人間の肉体をひき裂くだけのちからもないがね。
陰に潜み、お前たちが息絶えるまで決してその手を離したりはしない。
緩徐に死にゆくがいい!」
……結果としてヴィレオラの狙いどおり、彼女に大きな隙を作らせることなくガレルは動きを封じられることとなってしまった。
しかもこのままでは、全員もがき苦しみながら、命を奪われてしまう!
「テメェ、アタシの大切な仲間たちになんてことしやがんだァッ!!」
シュフェルとクラムの影のなかにも『地縛霊』が仕込まれていたが、彼女は自身のからだを帯電させ、まとわりつく霊たちを消滅させた。
部隊長たちが代わりに戦ってくれていたおかげで、シュフェルはひと呼吸置くことができた。
彼女は彼らを救うべく、霊を操るヴィレオラへと踊りかかる!
『放雷』!!
帯電した彼女は、そのまま雷電を放散させた。
四方八方へと雷の柱が撃ちはなたれ、宙を舞う呪霊たちの霊体を粉砕し、焼きつくす!
……だが、しかし。
「フッ、無駄だ」
『冥門・開』
ヴィレオラはやはり、『冥門』をくぐり抜けてなんなくシュフェルの攻撃を回避してしまう。
そして技を発動直後のシュフェルの背後に現れて――。
「頼りのお仲間がもう使いものにならなくて、頭がおかしくなりそうだろう?
そのまま狂ってしまいな!」
『呪念波衝』!!
ヴィレオラを中心として波紋状に広がるのは強烈な思念の波動。
濃密な瘴気を含んだ思念波は人や龍の肉体を物理的に破壊するだけではなく、精神をも崩壊させる。
通常の人間が喰らえば肉体は衝撃で木っ端微塵、運よく生きながらえたとしても心が壊されて廃人となる。
「がっ……! はっ……あ……!」
シュフェルとクラムは雷の自然素をまとっているので瘴気の直接的な影響はまぬがれているが、それでもからだがきしみ、心が消えてなくなってしまいそうになる。
クラムの背中でシュフェルがくずおれていくさまを、ヴィレオラは冷酷なまなざしで見届けていた。
「たしかにお前は才能にあふれた龍騎士だよ。
いずれはオラウゼクス殿やシュバイツァー様の域に割って入れる器かもしれない。
だが残念だったな。
神剣を使いこなせない今のお前に、わたしに勝つ術はない!」
アレスは呪霊の拘束を振りほどこうともがきながら、シュフェルとヴィレオラの戦いぶりを目のあたりにしていた。
そして、その戦況が厳しいものであるということを即座に悟った。
――やはり、シュフェル様にとってヴィレオラは相性が悪すぎる……!
一撃のキレと破壊力で勝負するシュフェル様はその動作の大きさゆえに攻撃後の隙も大きく、回避されると容易に隙を突かれてしまう。
いっぽう、ヴィレオラの不規則で捉えどころのない攻撃も、シュフェル様からしたら防ぎづらいものばかりだ。
まずい、このままではほんとうにシュフェル様は殺されてしまう……!
『礫肉呪骸』!!
「うあああぁっ!!」
フェルノネイフのひと突きから数千人分の肉と骨、魂が放出され、シュフェルはその圧に押しつぶされそうになる。
……いよいよシュフェルは、ヴィレオラに一方的に押されはじめた。
彼女にはもはや、まともに撃ちあうだけの体力も残されていないのだ。
「ぐぬうぅぅぅっ……!」
「シュフェル様……!」
「ボクらが……助けに行かなきゃならないのに……!」
部隊長たちはシュフェルを助けに行こうともがくが、どうしても『地縛霊』の拘束を振りほどくことができない。
むしろ振りほどこうと身をよじればよじるほと、きつくからだを絞めつけられていってしまう!
「最初の勢いはどうしたんだい、お前たち。
もはやなす術もないじゃないか、アハハハ!」
残忍な笑みを浮かべながら、ヴィレオラはシュフェルを痛めつけていく。
……窮地へと追いやられ、皆が絶望し、あきらめかけたそのとき。
ひとりだけ闘志の炎を絶やさずに、燃やしつづける者がいた。
――ちくしょう。
俺はこんなところで、なにもできずに死んでいくつもりか……?
※『地縛霊』はオルドーザの肉体をひきちぎったものと同種の呪霊です。
『冥門』のなかから直接手を伸ばすと肉をひきちぎるだけのちからを発揮しますが、外へ抜けでると極端にちからが弱く、動きがのろくなります。
次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!




