表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
211/330

第210話 この身を囚える夢

 冥府の神王(しんおう)『サヘルナミトス』がこの地上にその姿を現したころ。

 ネイジュはノアとともに森に身を潜め、『上板(うわいた)』の様子をうかがっていた。


 彼女は、このシャティユモンを包む空気が一変したことを感じとっていた。

 もともと現世と冥界との境界があいまいな島であり、ヴィレオラの『冥門』からあふれだす瘴気(しょうき)がうっすらとただよってきてはいた。


 しかし今はいよいよ宙をただよう瘴気は濃くなり、島全体が冥界そのものと化してしまったかのよう。

下板(したいた)』の各地をさまよっていた死霊の気配もより強く、活発になっているのが伝わってくる。


 サヘルナミトスが顕現(けんげん)した影響が島全体に及んでいるのだが、今のネイジュたちにはなにが起こっているのか把握することは難しかったのだ。


 このままここに留まっているのも危険だろうか……?

 ネイジュがそんな風に考えはじめた、そのときだった。


 ノアが、自分たちの周囲に現れた()()にいち早く気がつく。

 ネイジュもノアほど明確にではないが、わずかな気配の変化として、その存在の訪れを感じとることができていた。


 ……死霊兵ではない。

 その気配に敵意は感じられないからだ。

 むしろその空間にただよっていたのは、娘を想う慈愛(じあい)の心。


「! お母さん……!?」

「ノア殿の、母君……!?」


 その気配は、ノアに語りかけてきた。


 ――お父さんとお兄ちゃんが危ない。

 助けに行ってあげて……!


 ノアは近づく死者の気配を感じ、その声を聞くちからをもつ。

 その声はノアに向かって語りかけていたが、ネイジュにもかすかなささやきが聞こえたような気がした。


「おねえちゃん、たいへん……!

 村に戻らなきゃ!」


 ネイジュはノアに言われてハッとし、村がある方角へと意識を向ける。

 ……その方角から感じられるのは、人ならざる者たちが蠢く気配。


「しまった……! 急ぐでありんす!!」


 ネイジュはノアの手を引き、『罪人の村』へと駆けていった。




 ――村には、とてつもない悲劇が訪れていた。


 サヘルナミトスの顕現によって冥府の瘴気が強まり、死霊兵たちは凶暴化していた。

 遠方である『下板』ではヴィレオラによる統制も及ばなくなり、ただ本能の赴くままに生者を狩り、むさぼり食うだけの存在へとなりさがっていたのだ。


 光に群がる羽虫のように。

 暴走した死霊兵たちが、命ある者たちの赤き光を目がけて押しよせてくる!!


「うあああああっ!!」

「ぎゃあっ!!」


 死霊兵たちは村の囲いを破り、家屋を壊し、生きてるものならば家畜だろうが女子供だろうが構うことなく襲いかかっている!


 人間を捕まえるとその首もとに噛みつき、生きたまま(はらわた)を喰らう。

 家屋のなかの燭台(しょくだい)が倒され、村のあちこちで火の手があがっている。

 いつも静かな村は血と炎の赤に染まり、阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄絵図と化していた。


 幸いにも、ノアの家はまだ死霊兵の襲撃を受けていなかった。

 しかし、ノアの父と兄が駆けずりまわるが、家のどこを探してもノアが見当たらない!


「ロキ、ノアはどこへ行った!?」

「どこにもいないよ、お父さん!

 ……最近はこっそり家から抜けだすことが多かったから、外にいるのかもしれない!」


 父と兄は、ノアを探して家の外へとでた。


 ふたりがどちらに行けばよいのか迷っていると、物陰から死霊が現れ、兄のほうへと襲いかかってきた!

 死霊兵の襲撃に、いち早く父が気づく。


「ロキ、危ないっ!!」

「!!」


 父は兄を突きとばし、自身が身代わりとなった。


「お父さんっ!!」

「あぐうぅっ……!!」


 父は死霊兵に背中から馬乗りにされ、地に組み伏せられた。

 ほかの死霊兵もやってきて、倒れた父に群がりはじめる。


「ロキ、私に構うなっ! 行けっ!!」

「でも、お父さん……!」


 激痛に顔をゆがめさせながらも、自分のそばから離れようとしない兄に、父は語りかけた。


「……私はずっと夢を胸に秘めて生きてきた。

 その夢に囚われて、引きずられて……。

 この身をひき裂かれてしまいそうだった」

「お父さんに、夢……!?」

「お前とノアを、『(あがな)い』の呪縛から解きはなつことだ。

 この村に生まれたというだけで、先人たちが犯した罪をお前たちにまで背負わせてしまうことが、申しわけなくて仕方なかった。

 だが、この村はもうお終いだ。

 ノアとともに逃げて、どうか生きのびてくれ!」

「お父さん……」


 父のからだに次々と死霊兵たちが噛みつき、むさぼりはじめた。

 もう、彼が助かる道はないだろう。


 肉を食いちぎられていく父の姿を目の当たりにして、兄の目から涙があふれた。


「行けっ、ロキ!

 ノアのもとに行き、そして自由に生きるんだっ!!」

「ううぅ……!!」


 兄は迷いを振りはらうように(きびす)をかえし、駆けだした。


 背後では、父が人としてのかたちを失っていく。

 兄が気にして立ちどまらぬよう、悲鳴を必死に押し殺しながら。




 今回の場面は次回に続きます。


 次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ