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第207話 狂った世界


 前回の場面の続きです。


『さて、楽しいおしゃべりもここまでじゃ。

 冥府の神王の名のもとに、オヌシらに確実な『死』を与えようぞ』

「! レゼル、きますわよ!

 グレイスさんはさがってください!」

「はい、お母さま!」

「了解しました、エルマさん!」


 俺はヒュードはエルマさんに言われたとおり、サヘルナミトスから離れて距離を取った。

 レゼルとエルマさんは身構えたが、サヘルナミトスはまだ地面にひらいた冥門から、胸から上を覗かせたままだ。


『カァーッカッカッカァッ!!』


「!!」


 サヘルナミトスはその場で右腕を振りあげた。


 遠くからなにをするつもりなのかと思ったら、その腕がグンと伸びだしてきた!

 右腕はそのまま強烈な鞭のように地をうちつけ、すさまじい衝撃とともに大地に亀裂が走る。


「レゼル、エルマさんっ!!」


 レゼルとエルマさんは腕を紙一重でかわしていたが、サヘルナミトスは次々と両腕を振りまわしてくる。

 腕も、体幹も、頭も定まったかたちを持たず、サヘルナミトスのからだは伸縮自在のようだ。


 伸縮自在の腕から繰りだされる嵐のような連続攻撃。

 生物としての関節の制限がないことが、動きの予測を困難にさせる。


 レゼルとエウロ、エルマさんとセレンの速さであれば回避することに問題はないが、片時も注意を(おこた)ることはできなさそうだ。


 俺とヒュードは限られた空間のなかでなるべく後方までさがってなんとか避けることができているが、気を抜いたら当たってしまう。

 しかも、一撃一撃が当たれば即死の破壊力!


『カカカ、久しぶりに存分に暴れて楽しいワイ。

 じゃが、オヌシたちなかなかすばしこいのぅ。人や龍の動きとしては至高の域に達していると言ってもよいじゃろ。

 ……それでは、これはどうじゃ?』


殺人蜂(モルビーネ)』!!


 サヘルナミトスの全身から黒い霧のように瘴気(しょうき)が吹きだされると、その瘴気がかたちを成して無数の(はち)の群れとなり、レゼルとエルマさんたちに向かって襲いかかった!


羽音(はおと)がうるさいですわね……。ハッ!」


 エルマさんが『生気』をこめたメイスと掌底(しょうてい)を駆使して、群がってきた蜂を叩きつぶす。

 彼女は自身がつぶした蜂の特性を、ただちに見抜いていた。


 ――これは、瘴気の塊。

 針、毒針……私たちの体内に、直接瘴気を射ちこむつもり……!?


「レゼル、絶対にこの蜂の針に刺されては駄目よ!」

「はい、お母さま!」


 レゼルとエルマさんは必死になって蜂の群れから身を守る。


 しかし、無数に群がる蜂は数が多く、個々が不規則に動くため、すべてを回避し、撃ちおとすことは決して容易なことではない!

 彼女たちは黒い蜂の群れにとり囲まれてしまい、あたりを不快な羽音が埋めつくす。


 ……気がつけば、地面にも瘴気でかたちづくられた蜘蛛(くも)(さそり)がひしめきあっていた。

 龍は地に降りなくとも戦いつづけることができるが、地に降りたとうと思ったらいちいち瘴気の(むし)たちを払わなければならない。


 うっかり地に落ちるわけにもいかず、この激しい戦いにおいて行動を制限されることは想像以上の心的負担を強いられる。

 そしてなにより、地を埋めつくす蜘蛛や蠍のおぞましさよ……!


 さらにさらに、蜘蛛のうちの何匹かは集まって巨大化し、美しく(なま)めかしい女の姿――蜘蛛女(アラクネ)となっていた。


「「「くすくすくす……」」」


 蜘蛛女たちは一糸まとわぬ姿で座ったり、横になったりしてくすくす笑っているだけだが、近づいたらなにをしてくるかわからない。

 その場にいるだけで、注意を散逸(さんいつ)させられる。


「「「ケタケタケタ……」」」


 おまけに、いつの間にか小さな道化のような姿をした冥府の使い魔たちまで現れていた。

 使い魔たちはケタケタ笑いながら不気味な踊りを踊りはじめて……。


 ――なんだこれは。

 こんな戦いかたをしてくる敵は、今まで見たことがない!


 気が狂った人間の頭のなかの世界を見せられているようで、こちらまでおかしくなってしまいそうだ!


『愉快じゃ、愉快。

 ますます楽しくなってきたのぅ』

「くっ……!

 これ以上、そちらの思いどおりにはさせません!!」


 レゼルはサヘルナミトスの腕と蜂の群れをかいくぐりながら、風の斬撃を放った。

 レゼルは持ち前の優れた身体感覚を存分に活かし、崩れた姿勢からも正確に斬撃を飛ばしてみせる。


 一本、二本、三本……いや、もっと。


 彼女が放った数本の斬撃は寸分の狂いもなくサヘルナミトスへと向かって飛んでいった! の、だが……。


『おおっとぉっっ!!』

「えっ……?」


 風の刃の直撃を受けるかと思われたサヘルナミトスのからだはぐにゃんと曲がり、へこみ、穴が開いて(!)、刃はすべて素通りしていってしまった。


「「ええぇ……」」


 俺とレゼルは思わず引いてしまった。

 もう、なんでもアリじゃないかこのジジイ。

 からだに穴が開くのは反則。


『危なしや、危なしや。

 危うく身がズタズタにひき裂かれるところじゃったワイ』

「では、代わりに粉々に」

『!?』


 さすがエルマさん!

 サヘルナミトスがぐにゃりぐにゃりと変形している隙に、エルマさんが背後にまわりこんでいた。

 得意の隠密術と高速移動の合わせ技、その絶技(ぜつぎ)は神格に属する者にさえ通用する。


 おまけに超怪力のメイスのひと振りに、『死』を逆循環させる『生命』のちからの上乗せ。

 さしものサヘルナミトスの思念体も、容赦なく粉砕できるはず!


 ……しかし、彼女のその一撃が炸裂(さくれつ)することはなかった。


『恐ろしや、恐ろしや。

 オヌシたちの動きは至高どころか、人と龍の領域をはるかに超えておるワイ。

 ……ワシの前では、いくら速かろうが無駄じゃがの』

「!?」


 気がつけば、背後を取られていたのはエルマさんのほうだった。


 ――『冥門』による移動。

 当然だ、ヴィレオラにできることが、この冥府の神王にできぬわけがなかったのだ。


 だが、驚くべきはその反応速度。

 明らかに人間の限界速度を超えている。

 あのエルマさんが、背後を取られるなんて!


褒美(ほうび)に、極上の『死』をくれてやろうぞ!!』

「くっ……!」

「お母さま!!」


 エルマさんに、冥府の神王による『死』の裁きがくだされようとしていた――。




 今回の場面は次回に続きます!


 次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!

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