第206話 太古の神
◆神の視点です
◇グレイスの視点です
◆
サヘルナミトスがレゼルたちをひき連れて『下板』へと降りていった今、『上板』の戦場にはヴィレオラとシュフェルがとり残されていた。
必然、残されたふたりが対峙することとなる。
ヴィレオラが余裕の笑みを見せるなか、シュフェルは猛っていた。
「テメェ、なんでアタシだけをここに置いていかせた……!」
「無論、貴様が取るにたらぬ雑魚で、わたしひとりで処分するのになんの憂いもないからだよ」
「んっだと、テメェ……!」
「フン、貴様が神剣を使いこなせていないことなど、火を見るよりも明らかだ。
自覚はあるのだろう?
ここにたどり着くまでのあいだに、もう息があがっているじゃないか」
「グッ……!!」
ヴィレオラの指摘は、ぐうの音もでないほどに的を射ていた。
シュフェルはちからの放出を抑えることができず、すでにかなりの体力を消耗していた。
レゼルたちと分断されてしまうのは、大誤算であったのだ。
……だが、シュフェルは引きさがるわけにはいかない。
ここでヴィレオラを倒さなければ、さらに数多くの味方兵たちが命を落とすことになるのだ。
勝負は、やってみなければわからない!
「ヨユーぶっこいてられんのも今のうちだ、まっ黒焦げにしてやらァッ!!」
『雷剣』!!
『冥門・開』
早々にシュフェルは得意技で勝負を仕掛けた!
空が揺れ、ほとばしる雷が地を駆けぬけていく。
シュフェルを取りかこもうと押し寄せてきていた死霊兵たちの軍勢も、まとめて跡形もなくぶっ飛んでしまった。
まさしく、一撃必殺の破壊力。
……しかしやはり、ヴィレオラには『冥門』をくぐり抜けられて彼女の攻撃を回避されてしまう。
激しく雷が乱れちるなか、シュフェルは悠々と自分を見おろしているヴィレオラのほうへと振りかえった。
「クソっ……!」
「さぁて。そんな大花火、あと何発打ちあげられるかな? アハハハハ!」
◇
沈下していった『上板』の地盤は黒炎のドームに包まれたまま墜落し、そして轟音と土煙をあげながら、『下板』の大地へと嵌まりこんだ!
激しい着地の振動が、ドームの内部にいた者たちを強く揺さぶる。
燃えさかる黒炎のドームの内部では、レゼルとエルマさんがサヘルナミトスと対峙したままであった。
サヘルナミトスは捻じったゴムが元に戻るようかのように、一回転させていた首をバチン! と戻して正面を向いた。
『む?
うっかりネズミを紛れこませてしまったか。
まぁよい、雑魚など一匹いようが二匹いようが変わりはせぬ』
ネズミとはもちろん、俺のこと。
俺はレゼルとエルマさんのあいだにいたため、偶然こちら側に紛れこんでしまったのだ。
『愉快や愉快、愉快よのぅ。
こちらの世界に顔をだすのはいつぶりか、カカカ』
……俺たちは、信じられないものと向きあっていた。
――その名は、この世界に住む者なら誰でも知っている。
それこそ、子どもに向けて語られるおとぎ話にも登場する名前。
『冥府の神王』サヘルナミトス。
『光の龍神』と並ぶ太古の神。
かつて創世期に光の龍神とこの世の覇を争い、敗れた彼は冥界の大地に杭でからだを打ちつけられた。
光の龍神はサヘルナミトスを封印したのちに、この世界をつくりだした。
光に満ち、無限の空が広がる世界。
対してサヘルナミトスはそのまま死者の国の神として君臨し、生前に悪事を行った者は死後に冥府へと送りこまれ、彼に罪を裁かれる。
それが、この世界の創世の神話。
神話ともおとぎ話ともつかず、子どもたちは「悪いことをしたらサヘルナミトスに地獄でお仕置きされるぞ」と教えられて育つ。
そのおとぎ話の登場人物が今、実在するものとして目の前に現れたのだ。
俺たちが度肝を抜かれてしまったのも無理はないというものだろう。
サヘルナミトスはそんな俺たちの驚愕などお構いなしで、気ままに話しかけてきた。
『カカカカカ。
さてさて、あの小娘にただの陽気なオイボレと思われるのもシャクじゃからのぅ。
どれオヌシら、そろそろおっぱじめるとでもしようぞ』
サヘルナミトスが闘いを始めようとするが、すかさずレゼルが待ったをかけた。
「お待ちください、サヘルナミトスさま!
仮にもあなたも創世の神の一員のはず。
『冥府の刺突剣』フェルノネイフの使い手とはいえ、なぜ人間であるヴィレオラの言いなりになっているのですか!?」
『言いなりとは、心外じゃのう。
ワシと彼奴との関係は隷属ではなく、対等な契約関係じゃ』
「対等な、契約関係……!?」
『ウム、ウム。
人間の身でありながら冥界を好きに出入りしている珍妙な娘を見つけてのぅ。
ワシのほうから思念を伝達し、声をかけたのじゃ』
――ちなみに『冥府の刺突剣』フェルノネイフは、かつてサヘルナミトスの相棒であった冥府の龍神が変貌した姿である。
世界の創世期に『光の龍神』との戦いで討ちとられたフェルノネイフは神剣としてそのちからを結晶化され、光の龍神の手もとに引きとられた。
そしてフェルノネイフはほかの神剣ともども世界に散らばり、各地を転々とすることとなる。
以来、ヴィレオラと屍龍が現れるまでフェルノネイフを使いこなせる者は誰ひとりとしていなかったのだ。
サヘルナミトスが一方的な支配ではなくヴィレオラと対等な関係を結んだのも、かつての自身の相棒が認めた相手に敬意を表したためである。
「あなたのほうから、契約を……。
でも、いったいなんのために……!?」
『それはもちろん、ワシにも利があるからじゃよ。
にっくき光の龍神がつくったこの世界を覆すために、若僧の企みに乗っかってやっているにすぎん。
あの若僧が、なにを企んでいるのだか知らんがのう』
――あの若僧というのは、帝国皇帝として君臨している『闇の龍神』のことだろう。
だが、企みがなにかも知らずに乗っかろうとはどういうことなのか。
『あの若僧はこの世に戦乱を巻きおこしておるからのう。
戦が続き、死者が増えれば増えるほど冥界のちからは増していく。
このまま光の龍神が老いさらばえてちから尽きれば、現世と冥界の均衡は崩れ、まもなく冥界がこの世界の中心になるという寸法じゃ、カカカ!』
「……!
陽気なジジイのふりして、やっぱり狙いはこの世界の転覆かよ!」
「いえ、それよりも……!」
レゼルは、サヘルナミトスが漏らした言葉を聞きのがすことができなかった。
――光の龍神は、今もこの世界に生きて現存している……!?
『カカカ、当たり前じゃ。
光の龍神がワシを冥府の地の底になどと杭で打ちつけたのじゃ。
そやつがつくった世界を憎く思わぬわけがなかろう?
まぁ、今では冥界を気に入っておるがな』
「ちょっと待ってください!
あなたは光の龍神様が今どこにいらっしゃるのか、ご存知なのですか!?」
『ム?
もちろん知っとるが、そこまでオヌシたちに教える義理はないのぅ。
あやつのことを考えるだけでムカッ腹が立つから、話す気にならんワイ。
だが、手がかりくらいなら教えてやらぬこともないぞよ?
ワシに勝てればじゃがな、カカカ!』
サヘルナミトスはそう言うと、全身からドス黒い瘴気を吹きだした。
『さて、楽しいおしゃべりもここまでじゃ。
冥府の神王の名のもとに、オヌシらに確実な『死』を与えようぞ』
エルマさんが身構え、レゼルと俺に警戒を促した!
「! レゼル、きますわよ!
グレイスさんはさがってください!」
「はい、お母さま!」
「了解しました、エルマさん!」
こうしてついに、レゼルたちと冥府の神王との戦いが始まったのであった――。
今回の場面は次回に続きます!
次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!




