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第204話 戦いの未来絵図

 ネイジュとノアは、墓地で話をしながら、朝が来るのを待っていた。


「あとね、それでね……おねえちゃん?」

「…………」


 ノアは夢中になって話を続けていたが、気がつくとネイジュは上を見あげたまま固まっていた。


「おねえちゃん、どうしたの?」

「……あれは……!」


 ネイジュは、『上板(うわいた)』での異変に気づいていた。


 ――すでに、戦いは始まっていた。

 増えに増えた死霊兵の軍勢が動きだそうと(うごめ)いている。

 対して、その機先を制しようと騎士団が全力でこちらに向かって飛んできていた。


 ……そして、戦いの開始を知らせる合図であるかのように、夜空をまばゆい光と轟音(ごうおん)が斬りさいた!!


「きゃあああっ!!」


 シャティユモン全土を揺るがすような衝撃が走る。

 目を閉じ、耳をおさえるノアを守るように抱きよせながら、ネイジュはまばたきもせずに閃光の中心部に目を向けていた。


 ――あれは、レゼ殿たちの『(エクトドゥル)(・ロラージュ)』……!


 ヴュスターデの『月の楼宮(ろうきゅう)』で、彼女たちが繰りだした必殺の一撃だ。

 初撃から奥の手を放つとは、騎士団も本気であることがうかがえる。


 ……いよいよ始まろうとしているのだ。

 互いの存亡をかけた、騎士団と死霊軍との決戦が……!


「おねえちゃん、怖いよ。

 いったいなにが始まるの……!?」


 ネイジュはおびえるノアを抱きかかえ、必死に思考をめぐらせた。


 戦場に駆けつけたいのはやまやまだが、龍がいないこの『下板(したいた)』からでは行く手段がない。

 そしてなにより、このノアやその家族を置いていくことはできない!


『上板』に行く手段を探すべきか?

 ノアとふたりで森に身を潜めるべきか?

 はたまた村に戻るべきか?


 さまざまな選択肢が頭をよぎるが、今のままでは情報が少なすぎて選ぶことができない。

 ネイジュはレゼルの後を追いかけるように迫る騎士団のほうを見やり、祈るように心のなかで問いかけた。


 ――主様(ぬしさま)……。

 あちきはいったい、どうすればいいでありんすか……?



 レゼルたちは死霊軍の群れをかき分け、とうとうヴィレオラのもとへとたどり着いた。

 彼女が乗る屍龍(しりゅう)の足もとでは、無数の死霊たちが積みかさなって足場となっている。


 死霊の足場は全体がひとつの生物であるかのように同調して拍動しており、あちこちから苦しむようなうめき声が聞こえてくる。

 足場が拍動しているのは、ヴィレオラが死霊を統制するために発する波動に呼応(こおう)しているためだ。


 怖気(おぞけ)が走るほどの不気味な舞台に立ち、ヴィレオラは自分を倒すためにやってきた敵を見おろしていた。


「よくぞここまでやってきたものだな、カレドラル国女王レゼル。

 我が軍を前にして、逃げずに立ち向かってきたことは素直に褒めてやるよ」

「五帝将、『冥門(めいもん)』ヴィレオラ!

 今すぐ死霊たちを冥界へと還し、降伏しなさい!

 さもなければ、あなたをこの場で討ちとります!!」

「姉サマの言うとおりだゾンビ女ぁ!

 こっちには姉サマも母サマもいるんだ、テメェを死霊もろとも地獄行きにしてやんぞ!!」

「ふむ。

 餓鬼(がき)どもの分際でなかなかに強気だね?

 このわたしもなかなか()められたものだな」


 ヴィレオラはレゼル、シュフェル、エルマ、そしてグレイスの顔ぶれを見わたした。


 ――腕のたつ龍騎士が三人、おまけに雑魚(ざこ)同然の()()()()がひとり、か。

 雑魚が混じっているとはいえ、さすがに分が悪いな。




「なにをブツブツ言ってやがる。

 こっちは仲間たちが命を懸けて戦ってくれてんだ、コーフクしねェんならとっとと終わらせてやるよ!!」


 シュフェルはそう叫び、クラムと『共鳴』した。激しくうち鳴らすような鋭い共鳴音が、奏でられる!


和奏(わそう)』!


 ――『雷剣(エクレスペル)』!!


 それは、凄まじい雷電の奔流。

 技としての統制がとれておらず、まとめきれなかった(いかずち)があちこちに飛散し、本体(シュフェル)の描く軌道もメチャクチャだ。


 避けづらいことは避けづらいが、ヴィレオラがもつ技で受けとめきれなくはない。

 だが、わざわざまともに相手して無駄に消耗することもない。


冥門(ヘレト)(アッセン)』!


 ヴィレオラと屍龍は自らがひらいた『冥門』のなかに入りこみ、シュフェルの攻撃を回避した。


「くそっ、また……!」


 シュフェルはヴィレオラが『冥門』に入ったのを見て、悔しそうに歯噛みしている。


 ……しかし、ヴィレオラは『冥門』をくぐる直前、レゼルの動きを目のあたりにしていた。


暴風(ミネストール)』!


 ――技の発動が早い……!?


 レゼルが広範囲に巻きおこした鋭い風は、シュフェルの不規則な『雷剣』の及ばなかった範囲を補うようにして広がっていく。

 すべては一瞬の出来事であったが、自然、『冥門』の出口がひらかれる先は限られてくる。


「くっ……!」


 ヴィレオラがシュフェルとレゼルの攻撃を回避して『冥門』からでてきた矢先のことだった。

 まだあたりに飛びかう雷電と猛風のあいだを縫うようにして、近づく者がひとり。


 エルマとセレンが、人間と龍の限界速度をはるかに超えて接近してきていた!


 対してヴィレオラは『冥門』からでてきた瞬間を狙われ、反応がごくわずかにだけ遅れた。

 しかしそのわずかな反応の遅れが、命取りとなる。


「なんだとっ……!?」

「お命、頂戴(ちょうだい)しますわ」


 そうして、エルマのメイスがヴィレオラの胸部を胸当てごと撃ちくだいた――。




 ――ここまでが、ヴィレオラの脳内で瞬時に描かれた未来絵図。

 一流の達人のみが導きだすことができる、精密な結果の予測。


 おそらく実際に刃を交えてみれば、十中八九彼女の予測どおりとなったことだろう。

 もちろん、ヴィレオラ自身もまだまだちからの全容を見せてはいなかったのだが……。


「どこで調達(ちょうたつ)したかは知らないが、ずいぶんと便()()()()()を手に入れたようだね?

 しかし、数はかなり限られているようだ。

 早くわたしを倒したいというところが本音だろう」


 ヴィレオラは戦場を見やった。

 彼女が言っているのは当然、赤い『結晶』のことである。


 騎士団員たちは奮戦しているが、かなりの数の死者もでている。

 彼女の指摘どおり、レゼルたちはヴィレオラを早く倒して、一刻も早くこの戦いを終結させたいと考えていたのだ。


「テメェ、まさかまた逃げまわって、少しでも時間を稼ぐつもりか……!?」

「いえ、違いますシュフェル。

 ヴィレオラの狙いは……」


 レゼルは、ヴィレオラの様子に違和感を覚えていた。

 数的には圧倒的に不利なはずなのに、彼女からは揺るがぬ自信と余裕を感じる。


 ――なにかまだ、隠し玉をもっている……!?


 ……レゼルのその予感は、すぐに確信へと変わることとなる。


「ククク、安心しなよ餓鬼ども。

 そんなにあわてることはない。

 どうせ貴様らは、全員ここで死ぬことになるんだからな!」

「なんですって……!?」


 絶望の夜が、幕を開ける――。




 次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!

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