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第203話 皆の希望を背負う者たち


 前回の場面の続きです。


「おらああああああっ!!」


 ガレルは騎士団の戦線のなかでもさらに最前線に立ち、その華麗なる剣技で次々と敵を斬り伏せていた!

『命の結晶』が放つ光によって、彼ら一般龍兵の剣にも『死』の塊である死霊兵たちを滅却(めっきゃく)するちからが授けられていたのだ。


 ガレルの剣で斬りきざまれた傷は焼け焦げて再生することはなく、損傷が大きくなれば死霊は塵芥(ちりあくた)となって消えていく。

 騎士団員たちは間違いなく、有効な攻撃手段を得ていたのである。


 だが、剣を振るうガレルに呑気に喜んでいる余裕などはない。

 その表情は、懸命そのもの。


 ――単純計算でひとりアタマ千騎の死霊兵をぶった斬んなきゃなんねぇんだ……!

 片時たりとも攻撃の手を緩めちゃならねぇ!


 腕が痺れ、頭に血が行かなくなるような感覚を覚えながら、ガレルは剣をにぎりしめ、ただひたすらに敵を斬って斬って、斬りまくりつづけた。




破突槍(バルトレコ)』!!


 全身の筋力を調和・連動させ、アレスとその龍の肉体が生みだすちからを槍先の一点へと集約させて繰りだされる技。

 そのひと突きは日々の鍛錬によってますます威力を高めており、一撃で十数騎もの死霊兵を吹きとばし、粉砕した!


 アレスもまた、その豪腕(ごうわん)にものを言わせて死霊兵を撃破しつづけていた。

 味方の懸命な援護はあるものの、防ぎきれずにすり抜けた刃や矢が少しずつアレスたちのからだを傷つけていく。


 しかし、彼らが倒れるわけにはいかない。

 彼らの戦いぶりに、盾となってくれている者たちの期待と希望がのしかかっているのだから。


 ――我われ結晶を身に付けた者たちに課せられた責任は重い。

 皆の希望を背負う者として、絶対に犬死にするわけにはいかぬ!!


「うおおおおおっ!」


 アレスはよりいっそう(たけ)り、武神のごとく敵を撃ちくだいていった。




 サキナ率いる『(つばさ)』の部隊は後衛から矢を掃射(そうしゃ)し、強力に味方を援護していた。

 死霊兵の頭部や武器をもつ手をねらい、動きを鈍らせることに貢献している。


 四方と上方を囲まれ、敵味方入り乱れる乱戦の最中。

 後衛にいてもサキナの弓の精度が落ちることはない。


 彼女に寸分の狂いもなく頭部や心臓があった箇所を撃ちぬかれ、ちから尽きた死霊兵は塵と化して消滅していく。

 サキナが放つ弓矢の一本一本にも、『結晶』の効果は及んでいるのだ。


 ――私は弓の握りに結晶をつけている分、一本一本の矢に宿るちからは弱い。

 だからこそ、わずかたりとも狙いをはずすわけにはいかない!


「サキナ様!

 私の矢もお使いください!」

「私のも!!」

「……ありがとう……!」


 サキナはまわりにいる兵士たちからも弓矢を分けてもらいながら、遠方の敵を仕留めつづけた。

 (たか)の目のごとく狙いをさだめ、弓の(げん)を引き絞りながら。



 

 ティランは得意の龍にからだを固定させない戦いかたで、死霊兵を次々と葬りさっていた。

 乱戦のなかのわずかな隙間をかいくぐり、予測不能の動きで敵の首をかき切っていく。

 そのすさまじい戦いぶりはまさしく、戦場を吹きぬける旋風のよう。


 彼の場合も『結晶』の効果は全身に及んでおり、『結晶』を装着している右腕の仕込み刀ほどの威力はないが、左腕や両足のつま先に仕込んだ刃も死霊兵に有効であることがわかった。


 しかし、速さと変幻自在な動き・奇襲を武器とするティランは、最前線にいながらにして驚くほど軽装備である。

 そんな彼にこそ、味方が盾となることがなによりも重要であった。


 そしてその事実を、彼自身が誰よりもよく理解していた。


「ティラン隊長をお守りしろ!

 敵を足止めさえすれば、隊長がとどめを刺してくれる!」

「しかし……!

 隊長の動きが速すぎて、我われもどう動いたらいいのやら……!」

「今までの戦いぶりを思いだせ!

 隊長の動きについていけるのは、ともに戦いつづけてきた我われだけだ!!」


 亡者の腐った返り血が、まだ幼さの残る彼の顔にふりかかる。

 激しい戦いで自身もボロボロになりながらも、彼の小さなからだを突きうごかしていたのは盾になってくれた仲間たちへの感謝の念。


 ――僕の戦いかたが、いちばん仲間たちに負担をかけているのはわかってる。

 だからこそみんなの頑張りに、応えなきゃ!


 ティランが目の前の敵を仕留め、次の標的を見定めていた、そのときであった。


「うぐぅっ……!!」

「! ザジさん!!」


 ティランの目に映ったのは、部隊員の胸に死霊兵の凶刃(きょうじん)が突きたてられる瞬間だった。


 ザジ。

 ティランが入隊するよりも前から在隊している、残り少ない昔ながらの騎士団員。

 ティランがどんどん成長して部隊長に任命されたときも、自分のことのように喜んでくれた。


 ……どう見ても致命傷だった。

 意識を失い、死を迎えるまでもう幾ばくの時間もない。


 だが彼は自身を貫く刃をにぎりしめ、決して離そうとはしなかった。

 口からおびただしい量の血を吐きながら、相対(あいたい)する敵をにらみつける。


「おのれ死霊め……!

 だが、お前らは必ず我ら翼竜騎士団がうち滅ぼしてやるぞ……!」


 死霊兵が彼のからだから剣を抜こうとするが、どうやっても抜けずにもがいている。

 そしてその隙を、ティランが決して見逃すはずがない!


「ティラン様……今です!」


 ティランの胸によぎるのは、彼と過ごした思い出。

 あふれそうになる涙をこらえながら、刃を振りかざす。


 ――ごめんね。ありがとう。

 あなたの死は絶対に無駄にはしない……!


 ティランは右手の仕込み刀で、死霊兵とその屍の龍の首を斬りおとした!

 亡者の肉体が、塵と化して消滅していく。


「ティラン様、お見事です……!」


 ザジは最後にそうひと言残すと、乗っていた龍の背中の上でくずおれた。

 ティランは高速で移りかわる視界の隅で、そんなザジの姿を捉えていた。


 ……ほんとうなら彼のからだを抱きとめ、声をあげて泣きだしたかった。


 だが、それは今すべきことではない。

 ティランは戦いつづけなければならない。

 彼のために命を懸けて死んでいった者たちの想いに応えるためにも!


「はあああああっ!!」


 ティランは涙をぬぐい、再び死霊の群れのなかへと身を投じていった。




 騎士団の兵士がいくら精鋭ぞろいとはいえ、十万を超える大軍勢に対して有効な打撃を与えられるのが百名しかいないのでは、やはり戦いは厳しい。

『攻撃者』の盾になっている者たちが耐えきれず、いずれ潰されてしまうことだろう。


 しかし、今の翼龍騎士団にはとっておきの大砲がいた!


「ちからの制御がいらねぇんなら話はカンタンなんだよ!

 まとめてぶっ飛ばしてやらァ!!」


雷剣(エクレスペル)』!!


 死霊がひしめく戦場に、轟音が響きわたった!


 雷の雷剣ヴァリクラッドによって爆発的に威力が高まったシュフェルの『雷剣』は、万物を撃ちくだく破壊力を得ていた。

 体力の消耗は激しいものの、ヴァリクラッドに振りまわされて複雑な軌道を描くのも一度に広範囲の敵を攻撃するのには丁度いい。


 シュフェルはざっくりと敵が密集している方向を見定めると、自らが大砲弾(たいほうだま)となって突撃していった。

 この攻撃がじつに有効で、一度に数百騎、あるいは数千騎にもおよぶほどの死霊兵を消滅させていた。

 収束しきれなかった分の雷もあたりにばらまくように撃ちおとされ、さらに敵の被害を広げていく。


 シュフェルは振りかえり、背後で死霊兵たちが粉塵と化して散っていくのを見届けながら、胸を張った。


「ハァッ……ハァッ……!

 どんなもんだ!!」




 レゼルは周囲の死霊兵を風の刃で斬りきざみながら、グレイスとともに行動していた。


「レゼル、兵士たちはなんとか戦えているようだな!」

「ええ、私たちはヴィレオラを討ちにいきましょう。シュフェル!」

「姉サマ!」


 レゼルが通りがかりに声をかけ、シュフェルも合流した。


 レゼルは群がる死霊兵を()ぎはらいながら、迷うことなく進んでいく。

 彼女が進んでいく方向に、グレイスとシュフェルも付きしたがっていた。


「レゼル、この死霊の大群のなかで、ヴィレオラの位置がわかるのか!?」

「ええ。

 無数の死霊の気配のなかに、神剣の気配が感じられます。

 ほかの神剣とは比較にならないほどに禍々しい気配ですが……!」


 レゼルの緊迫した表情は、冥府の刺突剣フェルノネイフが放つ存在感の異様さを物語っていた。

 ……だが、今回の戦いには心強い付き添いがもうひとり。


 いつもはレゼルの支援をするために一般龍兵たちが付きしたがい、敵兵の足止めをしてもらっていた。


 しかし、今回の戦いでは敵兵に反撃をできる者は『結晶』をもつ者に限られている。

 その限られた兵士たちも敵兵を殲滅(せんめつ)するための戦いに全員駆りだされており、レゼルに同行している余裕はない。


 そこでなんと今回は、エルマが直々にレゼルの支援に駆けつけてくれることとなったのだ!


 ……いつもと比べれば少人数での突撃となったが、レゼルにとっては兵士が何人束になってもかなわないほどの心強い味方。

 恐ろしげな敵兵たちに囲まれていても、ぜんぜん怖くなどなかった。


「レゼル、シュフェル。

 もう少しで敵の大将のところにたどり着くわ。気をひき()めていくのよ!」

「はい!!」

「りょーかいっ、母サマ!」


 母娘(ははこ)三人息もぴったり、向かうところ敵なしである。まさしく最強。


 そうして死霊たちの群れをかきわけ、レゼルたちはついに五帝将がひとり、『冥門』ヴィレオラのもとへとたどり着いたのであった――。




 次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!

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