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第200話 動きだす『死』

 ――グレイスが研究所を発って程なくした頃。

 時刻は真夜中をすぎ、まもなく草木も眠る丑三つ時を迎えようとしていた。


 今宵は新月の、ひときわ暗い夜。


 その闇夜のなか、亡者たちが不気味に(うごめ)いていた。

 生きた血肉を欲して空に手を伸ばし、この世のものとも思えぬ叫び声をあげていた。


 十万をも超える数の亡者たちが集い、雄叫(おたけ)びをあげるさまはまさしく地獄絵図。


 ……しかしその中央には、『屍龍(しりゅう)』にまたがる白く輝く美しき女将(にょしょう)

 それはまるで、奈落の底に咲く一輪の花のよう。


冥門(めいもん)』ヴィレオラは冥府の刺突剣フェルノネイフを天に振りかざし、妖しく艶美(えんび)な笑みを浮かべていた。


「さぁ、時は満ちた。

 貴様ら亡者に生きた供物(くもつ)を捧げてやろう。

 その腹が張りさけるまで、生者を喰らいつくすがいい!」


 ――そうして今、『死』が動きだす!




 シャティユモンの『上板(うわいた)』で敵の軍勢が動きだしたのを、騎士団の偵察兵たちはいち早く察知した。


「! 見ろ、前方部隊からの合図だ!」


 あいだに浮かぶ小島で見張りを続けていた偵察兵たちは次々と明かりを灯し、後方の部隊へと合図を送っていく。

 そして敵襲の合図は、騎士団の本隊が駐屯(ちゅうとん)しているルペリオントの領空にまで行き届いた!


「伝令! 伝令ぇーっ!!」

「死霊兵の軍団が動きはじめました!

 この駐屯地に向かって、進軍してくる模様です!!」


 眠りについていた騎士団の駐屯地はにわかに騒がしくなり、軍事会議用の大テントにはレゼルを中心とした幹部衆が緊急招集された。


 現在の騎士団は各協力国から出兵された兵士の入り交じる合同軍となっている。

 軍事会議をひらく際には旧来の騎士団の幹部衆のほかに、各国の軍を代表する将が参加することとなっていた。

 各国の代表者だけあって、それらの将たちはいずれも世界に名だたる傑物(けつぶつ)ばかりである。


 しかし、冥府の軍団という異形(いぎょう)の怪物たちによる夜襲。

 さすがの傑物たちも浮き足立たざるをえなかった。


「くそっ! 今夜は新月だぞ?

 こんな暗闇のなか、空を飛んで襲撃をかけてこようとは!」

「奴らは死霊だから、暗闇でも目が利くのか……。

 夜明けまで、あとどのくらいだ?」

「夜が明けるまでは、まだまだだぞ!」

「レゼル様、いかがいたしましょう。

 ここはやはり、いったん撤退するべきでしょうか!?」


 さまざまに意見が飛びかうなか、レゼルは目をつむって皆の話を聞いていた。

 しかし彼女は決断を求められ、その双眸(そうぼう)をひらいた。


「……いえ、ここはルペリオントの領空です。

 行くあてもなく無計画に逃げれば、協力国に被害をもたらすかもしれません。

 一般住民を巻きぞえにすることも起こりえるでしょう」


 騎士団がおめおめと撤退して協力国に甚大(じんだい)な被害をもたらせば、世界に広がっていた反乱の気運もおおいに削がれることだろう。

 ともすれば今までの努力がすべて水泡(すいほう)に帰し、打倒帝国の悲願を達成する好機は二度とめぐってこないかもしれない。


「しかし、それではいったいどうすれば……!

 闇夜のなか、灯火(ともしび)の数には限りがあります。

 空を移動するだけならともかく、戦闘することなどとてもできませぬぞ……!」


 諫言(かんげん)を述べる幹部たち。

 しかし撤退の意見が強まるなかでも、レゼルの決断が揺らぐことはなかった。


退()くのではなく、前に進むのです」


「前に、進む……!?」


 幹部たちは互いに目を見合わせ、大テントのなかにどよめきが広がる。


「敵の軍勢を一点突破して、シャティユモンに上陸するのです。

 あの島には闇夜のなかでも光る草花があります。灯火を灯さなくとも、戦いに必要なだけの明かりは得られるはずです」


 昼間だとうす暗く感じられるシャティユモンだが、光る虫や草花、川の存在によって、夜になるとほかの島々よりも明るくなるのだ。

 レゼルはこの七日間、遠方からシャティユモンを観察し、その事実に気がついていた。


「なんと、前進することで死地に活路を見いだすとは……!」

「しかし、あの死霊どもの軍勢を突破して、シャティユモンに上陸することができるのですかな……!?」


 レゼルは幹部たちからの問いかけに対してうなずく。


「私とシュフェルで、突破口をひらきます。

 行けますね? シュフェル!」

「うん。行けるよ、姉サマ。

 アタシはぜったいにやってやる……!」


 ……いつも元気でおちゃらけているシュフェルだが、今宵(こよい)のシュフェルはいたって真剣な面持ちを見せていた。

 彼女は決意に満ちた表情で、(さや)に納まるヴァリクラッドを見おろしていた。


「しかし、死霊兵にまともに攻撃ができるのはレゼル様、シュフェル様、エルマ様のみです。

 無策に敵の本陣ど真んなかに突っこめば、いよいよ四方を囲まれて全滅です……!」


 ……その幹部の言うとおりだ。

 敵は十万をも超える死霊の軍勢なのだ。

 敵に有効な打撃を与えられるのが龍騎士の三人のみでは、数に押し負けてしまうのは必然。


 勝敗の予測は難しく、たとえ背水の陣で挑み、敵を殲滅(せんめつ)することができたとしても、こちらも壊滅に近いほどの死者がでることは間違いない。


 押すのも引くのも難しい状況。

 いよいよ騎士団は窮地(きゅうち)に立たされようとしていた。


 ――こんなとき、グレイスさんがいれば……!


 レゼルがグレイスの帰還を願った、そのときだった。


「レゼル様! グレイス殿が戻られました!」


 連絡兵が、グレイスの到着を告げたのであった――。




 今回の場面は次回に続きます。


 次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします。

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