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第199話 似た者どうし

 真夜中の墓地で、ネイジュとノアの対話は続いていた。

 ノアは『罪人の村』の真実を明かすと、またニコリとほほえんでみせた。


「わたしたちはみんな、望んで『(あがな)い』に行ってるんだよ。

 だから、わたしたちはこれからも大丈夫。

 ちゃんとわかれば村の人たちもきっと許してくれるから、わたしといっしょにみんなに謝りにいこ?」

「……でありんす……」

「? おねえちゃん、どうしたの?」


「あちきはそんなの、納得いかないでありんす!!」


「おねえちゃん……」


 いつも陽気なネイジュが見せた、必死の表情。


 ……母や姉の言いなりになっていたときは、一度たりとも反抗したことなどなかった。

 騎士団では自由奔放に振るまってみせているが、()めごとになりそうになると彼女はいつものらりくらりとかわして衝突を避けてきた。


 敵には果敢(かかん)に立ちむかうが、仲間と認めた人々には献身的に尽くす。

 ネイジュ自身も気づいていない、彼女の本質。


 そんな彼女が今、目の前のノアという少女に、真正面から向きあおうとしていた。


「ノア殿、あちきといっしょに村をでるでありんす!

 じゃないと、ノア殿も『贖い』に連れてかれてしまうかもしれないでありんすよ!?」

「ダメだよ。

 わたしたちはまだご先祖さまの罪を償いきれてない。

 罪を償いきるまで、わたしたちはどこにも行けないの」

「ご先祖さまの罪を(つぐな)うって、いったいいつまで償いつづけなければならないのでありんすか?

 それにどうして(のち)の世に生まれたノア殿たちが、ご先祖さまの罪を償わなければならないのでありんすか?

 ノア殿たちはなにも悪いことをしてないのでありんしょう?」

「罪を償いきったと、神さまからお許しをもらえるまでだよ。

 わたしたちのご先祖さまは、ひとりではとうてい償いきれないほどの罪を犯してしまった。

 だからこれは、仕方がないことなの」


 ノアの一族が背負う罪は、平民の身でありながら貴族の一家を惨殺した罪である。

 しかしそれは、敵対する貴族の謀略(ぼうりゃく)によって着せられた濡れ衣であるのだということを、今のノアたち一家が知るよしもなかった。


「でも、ノア殿はほんとうはこの村のご出身ではないのでありんしょう?

 ノア殿までこの村のご先祖さまの罪を償う筋合いはないのではありんせんか?」

「わたしは物心ついたときからおとうさんの娘として、おにいちゃんの妹としてこの村で育ったの。

 わたしはこの村の一員だから……だから家族といっしょに、わたしもこの罪を償いたいの」

「……それでノア殿はよいのでありんすか?

 ノア殿が、ほんとうに望むことなのでありんすか?」

「うん。

『贖い』に行って罪を償うことはわたしたちの喜び、心からの望みなんだよ」

「でもそれじゃあ、ノア殿はどうして母君がいなくなったとき、ひとりでこっそり泣いていたのでありんすか?」

「……それは……」


 ノアが村の外で隠れて泣いていたのは、『贖い』でいなくなってしまった者を想って泣いてはいけないという決まりがあるからだ。

 それは、誰かがいなくなったときに悲しむ者がいるということの裏返しではないか。


「赤子を抱えて泣いてたご婦人だってそうでありんす。

 みんな罪の償いが正しいことだと頭ではわかっていても、心の底では納得してないのではありんせんか?

 ほんとうにそれは、村のみんなの望みなのでありんすか!?」


 魂の抜け殻のように、存在感の希薄(きはく)な村人たち。

 それが、かりそめの存在意義を果たすためだけに生きつづけている人間たちの姿なのであった。


 さまざまな国を渡り、それらの国の人々を見てきたネイジュは、その事実を直感的に感じとっていた。

 かりそめの存在意義を与えられて生きるのがどれだけ虚しいことなのか、ネイジュにはわからない。

 だが……。


「ご先祖さまの罪を償うためだけに生きるだなんて、あまりに悲しいことではありんせんか……?」


 懸命にノアへと訴えかけるネイジュ。

 ……そしてそのとき、ノアの頬をひと筋の涙が伝った。


「そんなのわかってるよ。

 でも仕方ないじゃない。

 わたしの家族も、この村の人たちも、生まれながらにして罪を背負って生きてきた。

 少なくとも、そう教えられて生きてきた。

 ほかの生きかたを、誰も知らないんだよ」

「ノア殿……」


 龍の所有を禁じられた村人たちは、極端に外界からの情報を遮断(しゃだん)されていた。

 ただ与えられた役割のみを果たし、生涯を限られた村の空間のなかで過ごす。

 彼らが外界にでるのは、薬剤の材料としてからだを解体されたあとにだけ。


 そんな彼らがより自由なほかの国々の人々の生きかたを、知るよしもなかったのである。


「じゃあ、教えて。

 おねえちゃんの生きる意味ってなに?

 おねえちゃんはなんのために生まれてきたの?」

「あちきの、生まれてきた意味……?」


 ネイジュは逆に問いかけられて、答えに(きゅう)してしまった。


 言われてみれば自分って、なんのために生まれてきたんだろう。

 そんなこと、今まで考えたこともなかった。


 ……自分(あちき)は氷雪の結晶に母親の情念が宿って、偶然に生まれたものだ。

 生まれてからは母親と姉の言うことだけを聞いてればよかったから、なにも考える必要がなかったのだ。


『お前はあたしのために働くためだけに生まれてきたの』


 ――そういえば、姉のクラハにそう言われたことがあったっけ。

 自分は姉のために働くためだけに生まれてきたの?

 でも、もう姉はいないよ?

 じゃあ、もう自分に生きる意味はないってこと?


「あちきは、あちきは、主様(ぬしさま)のお役に立つために……?」


 ……それから、グレイス(ぬしさま)に、騎士団のみんなに出会った。

 母と姉はいなくなってしまったけれど、彼らとともに生きていく道を選んだ。


 殺される寸前に、初めて人間の優しさというものに触れて。


『ひとりぼっちは寂しいから、だから……やっぱり俺にはあんたを殺せない』


『みんなとも仲よくできるようになんなきゃ。

 これからは人や龍と仲良くしてくんだから』


『ネイジュさん……ありがとうございます』


『あんたってさぁ、意外と悪い女じゃないよね』


 騎士団の人々とともに過ごした時間は想像していたよりもずっと楽しくて、いつしか自分にとってもかけがえのないものになっていた。

 これからも、主様のそばにいて、彼の役に立ちたいと思ってる。


 ……でも、そんな自分の気持ちはほんとうに彼から必要にされているものなのだろうか?


 きっと彼は、いつかレゼル(レゼどの)と結ばれる。

 彼が見てるのは、自分じゃない。

 じゃあ、自分が勝手に熱をあげて、勝手に空回りしてるだけ……?


 ……やっぱり、自分にはたいして生きてる意味なんてないのだ。

 こんな自分が、『罪人の村』の住人たちのことをとやかく言う資格なんてない。




 ……てかそもそも、『氷銀の狐(じぶん)』ってほんとに生きものなんだろか?




 ぷつん、と。

 そこまで考えたところで思考の糸がきれ、彼女の頭は限界を迎えた。


「んああああぁ!!

 もう、わっかんねぇでありんすっ!!!」

「きゃあっ!?」


 突如として頭をかきむしって叫びだすネイジュに、ノアはビクリと身を震わせた。


「お、おねえちゃん……?」


 胸をドキドキさせながら、ノアはそぉっとネイジュの顔を覗きこむ。


「ノア殿ぉっ!!」

「は、はいぃっ!!」


 すると、ネイジュはものすごい形相(ぎょうそう)でノアの両肩をつかんだ!


 ノアも再びビクリと身を震わせ、背筋を伸ばす!

 彼女はもともと泣いていたが、今はますます目に涙をいっぱいに溜めている。


「あちきはバカだから難しいことはわからないし、自分がなんで生きてるのかもよくわからないし……。でも、でも……」


 ネイジュの目からも涙があふれ、氷の粒となって(こぼ)れおちる。


「これ以上ノア殿の悲しむ顔は見たくないから。

 だからあちきといっしょに、自分の生きる意味を考えてはくれないでありんすか……?」


 ノアはネイジュの氷細工のような瞳を見つめかえしていた。


 彼女の答えは、ノアの質問に対する返答としてはまるで成りたっていなかった。

 でも、それでも。

 迷える自分にネイジュが手をさし伸べてくれていることが、彼女にはどうしようもなくうれしかったのだ。


「おねえちゃん……おねえちゃん……!」


 ノアの目からも涙があふれ、彼女はネイジュの胸に飛びこんだ。


「わたし……っ!

 この村で育ったからっ。

 おとうさんもおにいちゃんも、村の人たちもみんな大好きだから……っ!

 だからひとりでどうすればいいのかわからなくて……!!」


 ネイジュは自分の胸のなかで泣きじゃくるノアの頭を優しくなでた。


「ノア殿、大丈夫でありんすよ。

 ノア殿の気持ちはよくわかるでありんす」

「ぐすっ、ぐすっ。うああぁ……」


 ……ネイジュも、たとえ残酷ではあっても、いなくなってしまった母と姉のことが大好きだった。

 その環境に生まれて、母と姉のことしか知らなかっただけなのかもしれないけれど。


 それでも、彼女にはノアの気持ちが痛いほどよくわかったのであった。


「あちきたちって、つくづく似た者どうしでありんすねぇ……」




 ……それから、どれほど時間が経っただろうか。

 いつしかノアも泣きやみ、ネイジュの胸に抱かれながら、顔をあげた。


「おねえちゃん。

 わたし、朝になったら村のみんなとちゃんと話しあってみる。

 でも、ひとりじゃまだ心細いから……。

 おねえちゃんもいっしょに、ついてきてくれる?」

「もちろんでありんす。

 村のみんながどんなに怒っても、あちきがノア殿を守ってあげるでありんす。

 ……大丈夫、ちゃんと話せばみんなもきっと、わかってくれるでありんすよ」

「うん、ありがとう。

 ……おねえちゃん、朝が来るまでわたしもここにいていい? もっとふたりでお話しよ?」

「もちろん、いいでありんす!」


 ……こうしてふたりはまた、朝が来るまで仲よく話をしはじめたのであった。

 心の底から本音を話しあえる、ほんとうの姉妹であるかのように。




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