第194話 心の奥底で望むもの
前回の場面の続きです。
◇
オルカは俺に問いかけた。
「あらためて聞かせてもらおうか。
お前がこの研究所でなにを見たのか。
……そして、お前がたどり着いた『答え』とやらを」
「ああ。俺が研究所の最深部で見たもの。
それは……」
オルカが開発した『新薬』の研究段階での報告書。
報告書に記載されていた被験者たちのあまりにも悲惨な死にざま。
そして……。
「最深部の『貯蔵室』に保管されていたものは、バラバラに分解された人間のからだ。
あの『最下層区画』は、人間を薬剤の原材料にするための実験施設だったんだ」
薬瓶や冷蔵庫のなかに大量に保管されていたものは、人間の臓器。
臓器ごとにまとめて保管され、眼球や脳、肝臓や心臓が薬瓶のなかにひしめくように浮かんでいた。
冷蔵庫には手首や頭部といった切り分けられた部位が保管されており、なかには血抜きだけされて、解体される前の人間もそのまま横たわっていたりした。
……人間の病を治す薬を開発するのだ。
健康な人間のからだから薬効成分を抽出するという発想は理にかなっていると言えるだろう。
だが、同じ人間どうしがそのようなことをして許されるのだろうか?
「オルカ、お前が作った『新薬』はあるとき突然に毒性を克服し、輝かしい研究業績となった。
だが、研究所の最深部で転がる人間のからだの破片を見て、もしかしてと思ったんだ。
俺は再び書棚に戻り、研究報告書に目を通してみた」
懐から、『最下層区画』の『書斎』から拝借した研究報告書を取りだし、問題のページをひらいてみせた。
「そして見つけたよ。
改良された『新薬』には、人間の臓器から抽出された成分が添加されているという記述をな」
――オルカはそのような禁じ手を用いてまでして自身の研究を完成させて、幸福だったのだろうか?
俺にはとうていそうは思えない。
帝国で飲み歩いていたときの、後先考えぬめちゃくちゃな飲みかた。
狂ったように笑いころげながら、ふとした瞬間に見せる暗い表情。
まるで自身を破滅へと追いこみ、この世界そのものを呪っているかのようであった。
俺は自分の答えを確かめるように一歩ずつ、オルカへと近づいていった。
彼女は後ろを向いたまま、こちらを振りかえらない。
「あんたが心の奥底で望んでいたもの。
それは禁じられし研究が続けられたこの研究所の破滅。
そして――」
俺が手を伸ばせば彼女の背に触れられるまで近づいた、そのときであった。
異常を察した研究所員たちが扉を破り、部屋のなかになだれ込んできた。
「貴様! やはりここにいたか!」
「所長、離れてください!
ここは我われが!!」
研究所員たちは皆、兵器のようなものを持って構え、俺に向けている。
――それはゲラルドの遺作である『光線銃』というもの。
技術が高度すぎて大量生産は困難だが、照準を定めた者を追尾して光線で撃ちぬく、非常に強力な兵器だ。
研究所の警備員が持ち歩いているのは見かけていた。
ゲラルドが生存していた時点では開発段階だと聞いていたが、こうして帝国本土付近では試作品として使用されていたものらしい。
戦闘に不慣れで、機械の操作に長けた研究所員の自衛のためにはうってつけの兵器だと言えるだろう。
研究所員たちが操作すると『光線銃』は変形し、裏がえった傘のような形状となった。
『光線銃』の銃身から、機械の音声が発せられる。
『対象ヲ捕捉シマシタ。
狙撃態勢ニ移行シ、処罰ヲ執行シマス』
俺はそこにいた研究所員全員から命を狙われていた。
しかし、俺は構うことなくオルカへと話を続けた。周囲の研究所員たちがわめくのが聞こえてくる。
「あんたがほんとうに望んでいたもの、それは――」
「貴様! 動くな!」
俺は、オルカの首にそっと巻き、締めつけた。
彼女の上司が首に巻きつけて亡くなっていたのと同じ、実験機械の電線コードを。
「あんた自身の、破滅だ」
「所長を殺害する気だ!」
「奴を処刑しろ!!」
『光線銃』の裏がえった傘のなかに光の塊が収束して、ほとばしる。
今にも光線が撃ちだされようとしていた、そのとき。
……オルカの頬を、ひと筋の涙がつたい落ちた。
「おめでとう。『正解』だ」
彼女は白衣のポケットのなかで、手のひらに収まる操作盤を操作した。
『光線銃』の銃身から、再び機械の音声が流れる。
『使用権限ガ剥奪サレマシタ。
不正使用者ヲ処罰シマス』
「なっ!?」
『光線銃』から撃ちだされた光線は銃口付近でぐるんとねじ曲がり、使用者自身の頭を撃ちぬいた。
その高い威力に研究者たちの頭は跡形もなく吹きとばされ、消滅してしまった。
頭部を失った研究所員たちが倒れるなか。
オルカはまるであどけない少女のように、邪気のない笑顔で涙をぬぐった。
「フッ。
しかしまぁ、『答え』を確認する前にすべて爆破して吹っとばすとはな。
正解だったからよかったものの、まるで見当はずれだったらどうするつもりだったんだ?」
「……そのときはそのときさ」
……言われてみたらそのとおりだ。
ぜったい間違いないと思って、つい突っ走ってしまった。
どうやら正解だったようで、ほんとうによかった。
思いついたらなんでもかんでも爆破するクセは改めたほうがいいかもしれないな。
これじゃ元・盗賊じゃなくて爆弾魔だ。
「しかも、わざわざこんな手のこんだものまで準備してくるとはな……。
お前はずいぶんと暇していたようだな?」
彼女は自分の首に巻かれているコードを手でもてあそびながら、愛おしげに見おろしていた。
「ああ、気に入ってもらえたようでなによりだよ。
これは完全にただの、俺のカンだったんだが……」
俺は再び拝借してきた研究報告書をひらき、ページに目を落とした。
「『新薬』の開発段階で亡くなった被験者たちのなかに、いたんじゃないのか?
あんたの上司だったアズフォードさんにとっての、大事な人が」
オルカは、どこか悲しげに笑った。
「まったく、カンのいい奴だな。
ああ、それも正解だよ。私は――」
警報が虚しく響きわたるなか、彼女は自身の過去を語りはじめた。
※第二部(67話あとがき)で爆破ネタは最後と言いながら、ついつい今回もやってしまいました。
自分はほんとに爆破ネタが好きなようです。
実際、第二部作成の時点では構想になかった展開でしたので、お許しください。
次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!




