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第193話 答え合わせ


◆神の視点です

◇グレイスの視点です


 夜が深まり、もうじき日付が変わろうという頃のこと。


 ――ここは『居住区画』の最上階にある『研究所長室』。

 つまり、オルカの居室。


 彼女はひとり、真っ暗な室内でうずくまるように自身の机に向かって座っていた。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」


 どくんっ、どくんっ、どくんっ……。


 彼女は早くなる呼吸と、心臓の鼓動を必死に抑えようとしていた。


 ――早く研究を完成させなければならない。

 彼女に残された時間は限られているのだから。


 彼女は再び机の上に広げている書類へと向かった。

 日中の実験で得た記録(データ)を解析し、新たな理論を構築する作業を続けるのだ。


 しかし、そこでオルカは自身の居室に自分以外の人間がいることに気づく。

 その男はいつからか後ろに立ち、彼女の背中を見つめていたのだ。


 ――まったく、部屋の鍵は閉めていたはずなのに。ほんとうにコソ泥みたいな男だ。


 オルカは目の前の書類に目を落としたまま、後ろの男に話しかけた。


「グレイス……お前か。

 危うく警報を鳴らしてつまみだすところだったよ」

「やぁ、悪いね。

 呼び鈴を鳴らしても反応がないから、勝手に入ることにした。

 ……答え合わせにきたよ」


 ――『答え合わせ』、か。

 この男はバカ正直にも『私の心を救う』方法を探しつづけ、その答えを持ってきたとでもいうのか。


 オルカは鼻で笑った。


「フッ。

 そんな冗談を真に受けるとは思わなかったが、面白そうだからお前の『答え』とやらを聞いてやろう。

 なにを言われようが、私の心が変わるとは思えないがな。

 言葉だけで簡単に動かせるほど、人間とは単純なものではないだろう」


「ああ、俺もそう思うよ。

 ……だから全部、ぶっ飛ばしてくることにした」


「なにっ……!?」


 そのとき、重く響く爆発音とともに、研究所の全階層が揺さぶられた!

 まるで地下から這いだして現れた巨人が、この島の『支柱(しちゅう)』ごとつかんで揺さぶったかのように。


 オルカも椅子から転げおちそうになったが、とっさに机をつかんだ。

 大きく一度揺れたものの、振動はすぐに収まっていく。

 代わりに建物じゅうでけたたましい警報が鳴りひびき、部屋の外では研究所員たちが大声をあげながら走りまわっている音が聞こえてくる。


 外から聞こえてくる喧噪(けんそう)のなか、オルカは驚愕(きょうがく)のまなざしで俺を見返していた。


「グレイス、お前。

 いったいなにをした……!?」

「この研究所の最下層にある研究区画。

 あそこをぶっ飛ばしただけだよ」


 ――俺は研究所にあるものを利用して、ちょっとした工作をさせてもらった。

 爆発事故を起こすために、『最下層区画』の片隅に油が満たされた金属箱の蓋をあけて、置いておいたのだ。


 油が満たされた金属箱。

 それはすなわち、昇降機の動きを維持するために保管してあった予備の『作動油』だ。


 これはほかの研究所員からあれこれ聞きだして知ったことだが、『作動油』は機械のなかで劣化して性能が落ちるため、定期的に交換が必要であるようなのだ。


 そのため、研究所内には交換用に常に予備の『作動油』が確保されているということを知っていた。

 たくさん保管されて余っているようだったので、俺は予備の箱のうち数個を拝借(はいしゃく)させてもらっただけである。


 もちろん、『作動油』は普通の油と同じく強い揮発性と可燃性をもっている。

 大量の油に火をつければ激しく燃焼し、爆発をひき起こす。


 続いて、俺は油に着火する方法を考えた。

 直接箱に火の気を近づければ、自分自身も爆発に飲みこまれてしまう。


 そこで考えたのが、『導火線』をつくることだった。


 仕掛けは簡単。

『工場区画』の薬剤の原材料のうち、乾燥させたつる性植物の(くき)をよりあわせて縄状にし、即席の導火線をつくりあげたのだ。


 乾燥した植物の茎はよく燃えた。

 縄はかなり長めにつくっておいたが、最悪『最下層区画』から脱出するだけの時間を確保できればじゅうぶんだった。


 あとは仕上げに、実験室のテーブルに置いてあったアルコールランプで火をつけるだけ。


 ……研究所の各所に入って物品を調達し、『最下層区画』に戻って仕掛けを準備するのにかなりの時間がかかってしまった。

 しかしどうしても、夜のうちに作業を終わらせる必要があった。

 朝になれば、俺が鍵を盗んだことがバレてしまうからだ。


 結果として、日付が変わる時刻になってしまった。

 正直ヘトヘトに疲れていたが、あとはオルカと『答え合わせ』をするだけ。

 もうひと踏んばりの辛抱だ。



 ――俺はオルカに、簡単に爆発の仕掛けを説明した。

 彼女は椅子に腰かけたままうつむいて話を聞いていた。長い髪に隠れて、その表情はよく見えない。


「お前……あの区画のなかにあるものを見たのか……!」

「ああ、あの区画の『一番奥にあったもの』まで、すべてな」


 彼女はうつむいたままだったが、やがて小刻みに震えだす。

 ……どうやら彼女は、笑っているようだった。


「ふっ。ふふふ……。アハハハハ!」


 彼女は髪をふり乱して笑い声をあげていたが、やがてその髪をかきあげ、こちらを見た。


「なるほど?

 それで全部ぶっ飛ばした、ってわけか。

 アハハ、間違いない。

 私のまわりにいる奴らで一番イカれてるのはお前だよ、グレイス!

 見込んでいたとおりだ。

 だからこそ帝国にいたころも、酒に付きあってもらっていたのだがね」


 ――そうだ。

 俺が『液体助燃剤』の作成を依頼したときも、こいつはこんな風に笑っていたっけな。


 だまして作らせたわけじゃない。

 俺は機龍兵の軍団をぶっ飛ばすつもりだと、ありのままに伝えたのだ。

 そしたらこいつは、よりいっそう面白がって話に乗ってきた。


 オルカはひとしきり笑っていたが、やがて落ち着きを取りもどす。

 ひとつため息をついたのち、椅子をまわして俺に再び背中を向けた。

 こちらからは、彼女の黒く長い髪しか見えない。


「あらためて聞かせてもらおうか。

 お前がこの研究所でなにを見たのか。

 ……そして、お前がたどり着いた『答え』とやらを」

「ああ。

 俺が研究所の最深部で見たもの。それは……」


 俺は彼女に、自身がたどり着いた『答え』を述べていった――。




 今回の場面は次回に続きます。


 次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!

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