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第188話 鍵どろぼう

 グレイスが騎士団を離れて七日目。

 時刻はすでに夕方にさしかかっており、明日には騎士団が再出撃する手筈(てはず)となっていた。


 その緊張はヴィレオラ率いる死霊兵の軍を通じて、研究所員たちにも伝わっていた――



 研究所の警備員が、白衣を着た研究所員とともに廊下を歩いている。

 警備員が巡回中にたまたま鉢合わせたものらしいが、男たちは古くからの知り合いらしく、親しげに話している。


 彼らが話しこんでいるうちに、やがて話題は戦争の話へと移っていった。

 警備員の男のほうが深刻そうな面持(おもも)ちとなる。


「帝国軍のほうから通達(つうたつ)があって、騎士団のほうで動きがあったらしいぞ。

 早ければ明日にも、本格的に襲撃してくるそうだ」

「なにっ、ほんとうか。

 ここもいつ戦争に巻きこまれるか、わかったもんじゃないな。

 まさか帝国軍が負けるとは思えないが……」

「ああ。

 所長の客人とやらも研究所内をうろつきまわっているし、落ち着かないよ。

 いったいどうなってしまうことやら」


 狭くうす暗い廊下を、男たちの話し声と(くつ)の音が響いている。

 ……と、男たちが廊下の角を曲がったときのこと。


「うわっ!」

「あだっ!」


 角の向こう側からも急に誰かが曲がってきて、警備員とぶつかった!

 勢いよくぶつかったので、互いに尻餅(しりもち)をつく。


「いたたた……。あ、お前は!」

「たしか所長の友人とかいう……」


 警備員と研究所員が同時に指さしたのは、帝国風の衣服に、目つきの鋭い男。

 しかし男はその目つきの鋭さに似合わず、みっともなく(あわ)てていた。


「うわわ、すみませんすみません。

 まだ道に慣れてなくて、ついよそ見してしまって……!

 ちなみに昇降機(しょうこうき)はどちらのほうだったでしょうか……?」

「あっちのほうだ」

「まったく、所内で迷うくらいならうろうろするんじゃないよ」


 警備員と研究所員はあきれて、同時にため息をついた。

 帝国風の男は立ちあがり、ペコペコと頭をさげている。


「ありがとうございます!

 いや~、助かりましたよ。

 借りてる部屋に戻れなくて、危うく廊下で一夜を過ごすところでした。

 ……あれ? これ、落としましたよ」

「あ!? それは!」


 頭をさげていた男は足元に落ちていた(かぎ)の束に気づき、拾いあげた。

 警備員もはっとして、自分の腰のあたりを見おろした。


 それは、研究所内の合鍵(あいかぎ)を金属の輪に束ねたもの。

 警備員が腰のあたりに留めてぶらさげていたのだが、どうやらぶつかった拍子(ひょうし)に落としてしまったものらしい。


「はい、どうぞ」


 警備員は男から鍵の束を受けとると舌打ちをし、所員とともに立ちさっていった。



 俺は、立ちさっていく警備員と研究所員の後ろ姿を見送った。


 ――どうやら、うまくいったようだ。

 俺は自身の手のなかに納められた、とりわけ重厚なつくりの鍵を見つめた。

 それはもちろん、閉ざされし『最下層区画』の鍵。


 扉の鍵穴のかたちから、対応する鍵の形状と大きさを予測。

 警備員にわざとぶつかって鍵束を落とさせ、目を盗んで即座に目的の鍵をはずしておいた。

 ……まぁ、ひと目見て一番ゴツい鍵だったから、迷いはしなかった。


 警備員は『最下層区画』を含めた研究所の全階層を一日三度巡回しており、その巡回の道筋を把握(はあく)しておいた。

 彼らはおおむね、上の階から下の階へと順繰りにまわっている。

 そして、夕方の巡回を終えた帰り道に、先ほどのようにわざとぶつかってみせたわけだ。


 じゃらじゃらとたくさん束ねられたなかからひとつ鍵がなくなっても、明日の巡回までは気がつかないだろう。

 なに、朝の巡回の時点で騒ぎになっても問題はない。

 警備員たちが犯人捜しをしているあいだにも、どうせ七日という俺の『時間制限(タイムリミット)』は終了を迎えるだろうからだ。


 ……そして、俺は目的の場所へと向かう。

 閉ざされし禁断の区画、『最下層区画』へと。




 次回はいったん、レゼルたちの動向に移ります!


 次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば、少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします。

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