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第187話 村人たちの豹変


 前回の場面の続きです。


「貴様ら邪魔だ、そこをどけろ!」


 黒装束の男たちが動くのにあわせて、まわりを取りかこんでいた村人たちが道を開ける。


 しかしその行く手を阻むように、立ちはだかる者がひとり。


「……む? なんだ貴様は?」


 ネイジュは村人たちが開けた道の真んなかで腕を組み、黒装束の男たちをにらみつけていた。


「お姉ちゃん!?」


 ノアが気づいて横を見ると、隣にいたはずのネイジュはいなくなっていた。

 ノアに動く気配すらも感じさせずに、彼女は一瞬にして黒装束の男たちの向かう先へと移動していたのである。


「そこの殿方ら、ご夫人を離してあげてはいかがでしょう。

 男が寄ってたかって嫌がる女性をむりやり連れてこうだなんて、あまりに野暮(やぼ)ではござりんせんか?」


 男たちは不審そうな表情を浮かべ、ネイジュをにらみかえした。


「……貴様は、この村の住人ではないな?

 反乱軍の者か?」

「なんのつもりか知らぬが、我らの邪魔をするようであれば女であっても武力行使は()さぬ。

 速やかにそこをどけることだな」


 黒装束の男たちが、敵意を(あら)わにする。


 しかし、ネイジュにたじろぐ気配はない。

 むしろ彼女に漂うのは香りたつような色香。

 そして色香に混じる、ひそかな殺気。


「女を口説くつもりなら、言葉でなく態度で示してくれなんし」


 ネイジュが言い終わるか終わらぬうちに、男たちは襲いかかってきていた!


 襲いかかってきたのは四人。

 四人はそれぞれ別々の方向から攻めてくるつもりのようだ。


 ある者は地を()うように走り、ある者は宙を舞って飛びかかる。

 ひとりは家の屋根に飛びのって死角を狙い、最後のひとりは地を走る者の背後に身を隠していた。


 並みの人間であれば、俊敏な四人の刺客(しかく)に同時に攻められたら、とても冷静ではいられないだろう。

 硬直して冷静な対処ができず、なすすべなく斬りきざまれてお(しま)いだ。


 しかし、『氷銀(ひょうぎん)(きつね)』であるネイジュがもつ動体視力、反射神経、そして気配を察知する能力は人間がもつそれの比ではない。

 彼女には四人それぞれの動きや狙いが手にとるように見えていた。


 そうこうしているちに、地を走ってきた最初の刺客が腕を伸ばして攻撃してきた。

 黒装束の(そで)の下には鉤爪状の刃が仕込まれているのもネイジュはお見通しだ。


「! うぐぁ!!」


 ネイジュは伸びてきた爪状の刃をなんなくかわし、手首をつかんでひねった。

 男は腕の関節を強烈にねじられ、骨と(けん)を破壊されてしまったようだ。


 ネイジュは男が激痛に悲鳴をあげ、そのまま倒れこむさまを淡々と観察していた。

 一瞬の出来事ではあるが、彼女にはすべてがゆっくりと見えるのである。


 ――弱い。

 武術の心得はあるようで、人間としてはかなり強い部類に入るのだろう。

 だが、極限まで鍛えぬかれた騎士団の人々とは比べるべくもない。


 ネイジュも見た目こそ可憐(かれん)な女性の姿をとっているが、高い戦闘力をもつ『氷銀の狐』のなかでも上位に属する存在なのである。

 こんな弱い男たちを相手に、水氷(すいひょう)の自然素を操るまでもなかった。


「がはぁ!!」

「あごっ!!」


 続いて彼女は宙を飛んできた男の腕をつかみ取り、一回転させて地面に叩きつけた。

 ひとり目の背後に隠れていた男の攻撃もかわすと、掌打(しょうだ)でその(あご)を粉砕した。

 屋根に登っていた男は後ろ斜め上方から死角を狙おうとしていたが、ネイジュにひとにらみされて動けなくなってしまった。


 女性を拘束(こうそく)しながらひとり残っていた黒装束の男は、予想外の事態に呆気にとられていたが、やがて我に返ると負け惜しみを言った。


「貴様……!

 我らの背後には帝国軍が控えているのだぞ。

 このままただで済むとは思うなよ!」


 ネイジュは手についた砂ぼこりを払いおとし、鼻を鳴らした。


「ふん。

 帝国軍はあちきらが倒そうとしている連中でありんすからね。

 かかってくるなら、望むところでありんす!」


 男たちは拘束していた女性を解放すると、不様(ぶざま)にも退散していった。


「ふぅ、やれやれ。

 なんだったんでありんすかねぇ、あの(やから)は……」


 ネイジュがひと息ついて、ノアのところに戻ろうとしたそのときのこと。

 彼女を待ちかまえていたのは、予想だにしない事態であった。


「な……!?」


 ネイジュに向けられていたのは、村人たち全員の(うつ)ろで冷酷な視線。

 ただでさえうす暗い村が、一段と暗くなったように感じられた。


 普段から虚ろな表情をしていることが多い村人たちだが、今のそのまなざしに宿るのは虚無。

 ……いや、憎しみにも近い感情だった。


 まるでほんとうの死人になってしまったかのように。

 黙したまま立ちつくす村人たちに囲まれ、そこで初めてネイジュは恐怖というものを感じた。

 黒装束の男たちに囲まれても、なんとも思わなかったというのに。

 耳の(さと)い彼女であったが、自身の高鳴る鼓動以外、なにも聞こえなくなっていた。


 ……やがて、村人のひとりが口をひらいた。


「……のに……!」

「え……?」


 ひとりが口をひらいたのを皮切りとして、村人たちはいっせいに叫びはじめた。


「我われが『(あがな)い』をする、大事な機会だったのに!!」

(とうと)き神の使いに、なんてことをするんだ!!」

「よそ者が、勝手なことをするんじゃない!!」


 村人たちは(せき)をきったように、ネイジュを非難しはじめた。

 飛びかう怒号。

 それは、普段の彼らからはとうてい考えられない剣幕(けんまく)だった。


「そんな……! なぜ……!?

 あちきは、あちきはそんな……!!」


 村人たちの予想外の反応に、ネイジュは困惑(こんわく)を隠せなかった。


 ……賛辞(さんじ)を求めていたわけではない。

 ただ、自身が感じるままに、自分の思うがままに動いただけ。

 だが、この村人たちの豹変(ひょうへん)ぶりはいったい……!?


 ネイジュは自分が助けた女性のほうを(かえり)みた。

 赤子とともに泣きじゃくる女性を抱え、その夫らしき男性も、怒りの表情を浮かべていた。


「私たちはたしかに今、妻が連れていかれることを(こば)んだ。

 しかし、『贖い』に行くこと自体を望まなかったわけではない!」


 ――あちきがやったことは、間違いだった……?


「今すぐでていけ!」

「もう二度とこの村に戻ってくるな!」


 ――そうだ。

 あちきはもともとこの村の住人じゃない。

 ただのよそ者――。


 ネイジュはなにも言いかえすことなく(きびす)をかえし、村の出口のほうへと歩みはじめた。


「お姉ちゃん!」


 群衆のなかから手を伸ばし、ネイジュを引きとめようとする者はただひとり、ノアだけであった。

 少女は悲しみで張りさけそうな表情を浮かべている。


 ネイジュはそんなノアのほうを見かえし、ほほえみかけた。


「ノア殿、お世話になったでありんすな。

 勝手なことをしてしまってごめんなんし」

「お姉ちゃん、ダメ!」

「ノア、やめるんだ!」


 ノアはネイジュにすがりつこうとしたが、周囲の村人たちにとり押さえられてしまった。


 ネイジュはそのまま村の出口へと歩いていき、一度だけ、村人たちのほうへと振りかえった。

 その身振りは舞う粉雪のように(はかな)く、美しく。


「おさらばえ」


 ……最後にそうひと言だけ言いのこし、彼女は村を去っていった。




※「あごっ!!」 → 掌打で顎を粉砕された男の声です。


 次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします。

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