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第185話 冥府の供物


 前回の場面の続きです。


 署長が鍵をあけ、ヴィレオラは重い扉をくぐって牢のなかへと入った。

 男は夢中になって飯をむさぼり食っていたが、彼女の気配に気づいて肩ごしに振りかえる。


「んんん? なんだてめぇはぁ……」


 人としての慈悲(じひ)や温もりなど欠片も感じさせない、殺人者の目。

 その顔には、見てるだけで虫酸(むしず)が走るような下卑(げひ)た笑いを浮かべている。


 ……悪の結晶のようなこの男に、神はなぜ恵まれた肉体を(たまわ)ったのだろうか?

 両腕は鉄塊(てっかい)をつなぎあわせたような鎖で拘束されていたが、その類いまれなる恵体を抑えこむのにはいささか心細い。


「署長。この者が犯した罪は?」

「その者の名はオルドーザ。

 罪状は詐欺、強盗、放火……自身の欲望を満たすためだけに、数百人もの女子どもを殺害した大悪人ですじゃ。

 与えられた刑期は二百五十四年」

「ほぅ? なかなかの悪人ぶりだな。

 ……安心したよ。

 こいつが死ねば確実に()()()()()()()()()()

「冥界行きで安心……ですと……?」


 署長がヴィレオラの真意を今ひとつ計りかねているのをよそに、オルドーザは彼女の姿を認めて勢いよく立ちあがった。


「! おぉい、なんだその上玉の女は!

 人が悪いぜ署長、こんな()()()()()状況でそんな女見せつけるなんてよぉ!

 拷問(ごうもん)に等しいぜ!!」


 オルドーザはヴィレオラの美貌を目のあたりにするやいなや、自身の股間(こかん)に手を当ててしごきはじめた。

 両手をつなぐ鎖がジャラジャラと音を鳴らし、うるさい。


「……下衆(げす)が……!」


 署長はオルドーザのあまりの醜悪(しゅうあく)さに目をそらしたい気持ちに駆られたが、ヴィレオラにはいっさい動じる気配はない。


「ハァッ……ハァッ……ハァッ……ウッ!」


 ヴィレオラが無表情に見つめるなか、その男は果てた。


「……気は済んだか?」

「ハァ……ハァ……。ったく、久々に女なんて見たから股間にキタぜ。

 ……で? 女、こんなしみったれたところになんの用だ?

 まさかわざわざ俺の手籠(てご)めになりにきたってのか? ゲハハハハハハァ!」

「わたしのからだを好きにしたければ、ちからずくでやってみたらどうだ?」

「……なにっ!?」


 ヴィレオラはいつの間にか冥府の刺突剣(しとつけん)フェルノネイフを(さや)から抜きはなっていた。


 彼女が目にもとまらぬ速さで剣を振るうと、オルドーザの手をつなぎとめていた手錠の鎖がなんの抵抗もなく刻まれ、床に落ちる。

 フェルノネイフの繊細で優美な刀身が、鉄塊のような鎖をいとも容易(たやす)く斬りきざんだのだ。


「……女、なんのつもりだ?」

「だから、とっととかかってこいと言っているんだ。

 どうした、来ないのか?

 勝てばそこの署長を殺して脱獄(だつごく)しようが、わたしを手籠めにしようが思いのままだぞ?

 逆にわたしが勝てば、お前の身柄はわたしのものだがな」


 このヴィレオラの言葉から、署長は彼女のねらいを察した。


「まさかヴィレオラ殿、その者に恩赦(おんしゃ)を与えて軍に加入させるつもりですかな!?

 たしかに戦力としては申し分ありませんが、そのような男を野に解きはなてば、とんでもないことになりますぞ!」


 オルドーザもまた、彼女の意図することを理解したようだった。


「てめぇ……俺サマの強さを計ろうってのかぁ?」

「ヴィレオラ殿、なりませぬ!

 オルドーザは拳のみで数百人もの帝国騎士を葬った男ですぞ!

 いかにあなた様が栄光ある五帝将の一員であるとはいえ、龍の加護がなくては……!!」


 署長がヴィレオラを思いとどまらせようとしたが、もう遅い。

 オルドーザは立ちあがり、ゴキゴキと拳を鳴らしていた。


「ヴィレオラどのだかなんだか知らねぇが、俺サマがお前を殺さないと思ったら大間違いだぜぇ! 

 たっぷりいたぶって殺したあと、そのからだで存分に楽しんでやらぁ!!」


 オルドーザはその巨体からは信じられないほどの速さで身を躍らせ、ヴィレオラに殴りかかった!

 長い監獄生活をしていた男のものとは思えぬ凄まじい一撃。

 当たれば人間の頭蓋骨など跡形もなく砕いてしまうだろう。


 ……しかし、ヴィレオラはなんなくこの一撃をかわす。


「オラオラオラぁっ!!!」


 オルドーザはめげずに次々と拳を繰りだすが、彼女には(かす)りもせず、むなしく空を切るばかり。

 オルドーザの顔に汗がにじみ、息があがりはじめるが、ヴィレオラは冷酷な微笑を浮かべている。


「わたしがこの男に恩赦を与えるだと……?」


 ヴィレオラは激しく振りまわされる拳をかわしながらも、優雅に剣を振りかざした。

 そして――。


「フッ、まさかな!」

「!!?」


 ヴィレオラは一瞬でオルドーザの(ふところ)に飛びこみ、剣を彼の(のど)に突きたてた!!

 フェルノネイフの刀身がオルドーザの喉を貫き、首の後ろから飛びだす。


 ヴィレオラの動きがあまりに速く、オルドーザにはなにが起こったのか理解できなかった。

 だが、すぐに激痛が喉から全身に広がり、彼には声をだすことも、息をすることもできない。


 苦しむオルドーザをよそに、ヴィレオラはなんの余韻(よいん)にひたることもなく、剣を彼の喉元から抜きはなった。


「……ッ!!!」


 剣が抜かれるのとともに、おびただしい量の血が噴水のように吹きだす。

 血の華は遠くから見るとまるで、花瓶に挿された一輪のヒガンバナのよう。

 ……花瓶にたとえるには、あまりに醜悪な男ではあったが。


 血はひとしきり吹きだしつづけていたが、やがてオルドーザはちからなくその場に倒れこんでしまった。

 ヴィレオラはそんなオルドーザを、愉快げに見おろしている。


「わたしはお前の実力になぞ興味はない。

 興味があるのは、お前が犯した『()』だけだ」

「カヒューッ! カヒューッ! カヒューッ!」


 オルドーザの喉にひらいた風穴から、空気と血飛沫だけが漏れだしている。


 致命傷ではあったが、即死ではない。

 ヴィレオラが剣先をわずかに急所から逸らしていたからだ。

 しかしそのことが逆に、彼が苦しむ時間をいたずらに長引かせる結果となった。


 血飛沫が舞うなか、ヴィレオラはフェルノネイフの剣先を自身の足もとの床へと突きたてる。

 すると、彼女の足もとに人間の拳が通るほどの小さな『冥門』がひらいた。


 ひらいた『冥門』を大きく広げるのには屍龍との共鳴が必要だが、『冥門』をひらくだけならばフェルノネイフの特殊能力で可能なのだ。

 共鳴を介さずとも効果を発揮するのもまた、フェルノネイフがもつ特殊性の証左(しょうさ)である。


 その小さな『冥門』からは、無数の手――正確に言えば、手のかたちをした思念体――が伸びだしてきた。

 無数の手は倒れたオルドーザのからだへと伸びていき、そして――。


「わたしがお前に与えるのは『死罪』だけだ。

 冥府へと行き、さらに魂の裁きを受けるがいい!」


 オルドーザの肉体を(えぐ)りとりはじめた!!


 思念体の手はオルドーザの頑強な肉体を容易にちぎり、ひき裂き、にぎりつぶした。

 そうして入れかわり立ちかわり彼の肉体を抉りとっては、『冥門』の向こう側へと運びこんでいく。


「オルドーザ。

 お前の亡骸(なきがら)と魂は地獄の使いによって『冥府の神王(しんおう)』のもとへと運ばれ、すぐに『罪』を(はかり)にかけられる。

『罪』が重ければ亡者として永遠に苦しみに(さいな)まれながら使役(しえき)され、『罪』が軽ければ冥府の住人の供物(くもつ)として喰われ、消滅する。

 いずれにせよ、罪人を送りこめば送りこむほど冥界のちからはいや増してゆくのだよ」


 肉体を細切れにされ、持ちさられていく恐怖と痛みは、想像を絶するものであった。


「……!!!…………ッ!!

 !!、ッ!!…………!!」


 オルドーザは声帯(せいたい)を潰されて声をあげることができなかったが、もし声をだすことができたならば、こう叫んでいたことだろう。


「ぎゃあああああぁっ!!!

 あっ、あっ、あああぁ!!」


 ……最終的に、オルドーザの遺骸(いがい)は一滴の血液すら残さずに冥界へと運びさられていった。


「おぉ……!」


 ――なんと、おぞましい……!!


 署長は、目の前で繰りひろげられた凄惨(せいさん)な光景に戦慄(せんりつ)していた。

 オルドーザはたしかに許されざる罪を犯した人間ではあったが、それでも哀れみを覚えてしまうほどの処遇(しょぐう)であった。


 ヴィレオラはひと仕事を終え、署長のもとへと戻ってくる。

 所長は、身が震えだすのを抑えることができなかった。


「ヴィレオラ殿、いったいなんのためにこのようなことを……!?」

「言ったであろう?

 罪人を送りこめば送りこむほど、冥界のちからは強まり、わたしのちからは強まる。

 きたる反乱軍の戦いに備え、すべては帝国のため、このシャティユモンのためだ」

「大義があることはわかりました。

 しかし……!」


 ――あまりにも残酷ではありませぬか……!!


 署長は思っていることを最後まで口にすることはできなかった。

 ヴィレオラが放つ威圧感に押され、恐怖にとらわれていたからだ。 


 しかし、ヴィレオラが彼の言葉の続きを待つことはない。


「署長。なにをしている?

 まだ終わりではないぞ。

 むしろ、これからが始まりだ」

「……え?」

「次の囚人のところへ案内しろ。

 わたしが刑を執行してやる」

「次の囚人のところ、ですと?

 いったい、何人の囚人に裁きをお与えになるつもりなのですか……!?」


「全員だ。

 帝国軍五帝将の権限をもって今日、この監獄にいる囚人のすべてを断罪する!」


「なっ……!

 しかしヴィレオラ殿、いくらあなた様の命令であるとはいえ、そんな暴挙(ぼうきょ)はこの国と帝国の司法が黙っておりませぬぞ!」

「構わん。皇帝陛下の承諾(しょうだく)は得ている。

 陛下のご意向は神の意思に等しい……いや、()()()()()()()()なのだからな。

 ククク……」


 ――皇帝陛下のご意向は神の意思そのものだと?

 だが、こんな非道が許されてよいというのか……!


「さぁ、早く次の囚人の部屋に案内しろ。

 わたしは戦いの準備で忙しいのだから。

 全員、この手で冥府に送りこんでくれる!

 アハハハハ!」


 目の前で高笑いをあげるヴィレオラに署長は恐怖し、うち震えていた。


 しかし、その一方で。


 危険すぎる彼女の魅力に、枯衰(こすい)していたはずの自身の心がどうしようもなく魅了(みりょう)されてしまっていることもまた、彼は自覚していた。

 永く枯れていた管に熱き血が通い、拍動する。


 ――このお方はほんとうに人間か、それとも死神なのか……!?




※ヴィレオラは個の戦闘においても、シュバイツァーやオラウゼクスに次ぐ実力者です。

『決戦の夜』は、確実に近づいています。


 次回から『グレイス・オルカ』パート、『ネイジュ・ノア』パートもいよいよ核心に迫っていきます。

 そして本作は明日12月より、最終回まで毎日投稿です!


 毎晩19時に予約投稿をセットしていますが、余裕があれば少し早めに手動投稿をしたいと思います。

 どうぞ本作を最後まで、よろしくお願いいたします!

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