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第184話 ファングニス収容所


 今回からいったん、敵の情勢へと場面が移ります。


 ネイジュがノアたち一家と親交を深め、グレイスが薬学研究所で調査を進めていたころのこと。

 シャティユモンの『上板(うわいた)』では、いまだかつてない異変が起こっていた。



 シャティユモンの首都、メツヘレム。

 メツヘレムには元・帝国の下位貴族が数多く住んでいた。


 帝国本土では常に貴族や士族たちの権勢争いが繰りひろげられている。

 より上位の権益(けんえき)を得ようと多数の人間の思惑が交錯し、競争相手を引きずりおとそうと策略や陰謀が企てられているのだ。


 そうした厳しい競争のなかで、かつては栄華を極めた一族が凋落(ちょうらく)し、失墜(しっつい)してしまうことも珍しくはない。

 そんな競争に敗れ、帝国本土から追いだされた下級貴族たちの亡命先こそが、このメツヘレムなのである。


 ……とはいえ、貴族は貴族。

 落ちぶれた下位貴族でも、シャティユモンの一般市民に比べればはるかに贅沢(ぜいたく)な暮らしを送っている。


 シャティユモンの行政は帝国政府が管轄(かんかつ)しているため、貴族の暮らしを支えるためにもともとの住民たちが厳しい労役や重税を課せられ、苦しめられているのだ。

 かえってシャティユモンにきて、競争から解放されてのびのびと貴族生活を楽しんでいる者も多い。


 今より上を目指すことは難しくとも、貴族として、そこそこの生活を送れている。

 (一般市民から見れば贅沢すぎるほどの暮らしなのだが)


 住めば都。

 自分には分相応であり、それでじゅうぶん幸せじゃないか、と考えるものなのだ。


 ……しかし、そんな穏やかでささやかな幸せを堪能(たんのう)していた下位貴族たちは皆、驚愕(きょうがく)することとなる。

 とある貴族は、自身が住む館の屋上から()()()()を眺めていた。


「なんなのだ、これは……!」


 本来、メツヘレムの周囲の土地には森や草原が広がっており、暗がりで色とりどりに光る植物があたりを彩っている。

 だが、今その幻想的な光景はドス黒く塗りつぶされていた。


(それがし)はこのシャティユモンに移住して数十年になるが……。

 これほど恐ろしい光景を見るのは、初めてだ……!!」


 彼が目のあたりにしたのは、野原にひしめく死霊兵(しりょうへい)の群れ、群れ、群れ……!

 その数は数千……いや、数万におよぶであろう大群。


 ヴィレオラがひらいた特大の『冥門(めいもん)』から、昼と夜とを問わずに死霊の騎士と龍がくぐり抜け、その軍勢を増大させていたのだ!


 ……もともとこのシャティユモンは冥界と現世(うつしよ)の境界があいまいな国だと言われている。

 普通に暮らしていても、亡霊を見かけたという話があとを絶たなかった。


 それが死霊兵の軍団を率いるヴィレオラが現れるようになって、亡霊を見かけることは珍しいことではなくなった。

 当初はにわかには信じられなかったが、亡霊とは当たり前に存在するものであるとして、国民たちは受けいれるようになっていたのである。


 だが、死霊の軍団がここまで増大したのはいまだかつて見たことがない。

 その数は今にもシャティユモンの総人口を越え、『上板』の表面を覆いつくしてしまいそうな勢いである。

 その地獄のような光景を見て、貴族はからだの震えをとめることができなかった。


「これは、この世の終わりの光景なのか……!?」




 メツヘレム周囲の草原、特大の『冥門』のそば。

 ヴィレオラは『屍龍(しりゅう)』と共鳴し、身の毛もよだつ『共鳴音』を奏でつづけていた。


 自身がひらいている『冥門』から死霊兵たちが列をなしてでてくるのを眺め、ヴィレオラは満足げに汗をぬぐった。

 彼女がやっていることの恐ろしさを知らなかったなら、彼女の爽やかな仕草は(あい)らしくさえ見えたかもしれない。


「ふぅ。

 やれやれ、特大の『冥門』を開けっぱなしにしておくのも骨が折れるものだ。

 まったく反乱軍め、手を焼かせてくれるよ」


 ヴィレオラの周囲を群れるように浮遊している呪霊の使い魔たちが、相槌(あいづち)をうつかわりに不気味に身を震わせている。

 ヴィレオラははるか遠く、騎士団が駐屯(ちゅうとん)しているルペリオントの領空を見やった。


「だが、いったいいつまで二の足を踏んでいるつもりかな?

 こちらはすでに貴様らを(ほふ)るのにじゅうぶんなだけの兵を揃え、さらにちからをいや増しているのだぞ……?」


 ヴィレオラは自慢の死霊兵の軍団を見わたした。

 今の兵力はこの数日間で倍増し、騎兵の数はゆうに五万を超えている。


 騎士団率いる反乱軍は生きた人間の集まりにしてはなかなか見事なものであったが、強化したこの死霊兵軍に勝てる見込みなど、あろうはずもなかった。


 自分たちが勝つのは必定(ひつじょう)

 負ける可能性は万にひとつもない。


 ――とはいえ。

 騎士団の龍騎士三人はたしかに厄介な存在ではあった。

 奴らがちからを発揮し、思わぬ反撃を食らわぬとも限らない。


「念には念を入れておくか……」


『冥門』はひらいた状態を維持したまま。

 ヴィレオラは『屍龍』とともに飛びたつ支度をする。

 先んじて、使い魔のうちの一匹を使者として目的地に向かわせておいた。


「わたしは(しば)しこの場を離れる。

 反乱軍になにか動きがあったら伝えろ!」


 ヴィレオラの周囲を浮遊する使い魔たちは再び身を震わせ、承諾(しょうだく)の意を(ひょう)した。




 ヴィレオラは『屍龍』に乗って、とある施設を訪れた。


 見るも堅牢(けんろう)で巨大な建物。

 建物には余計な装飾(そうしょく)などいっさいなく、異様な威圧感と不気味さを(かも)しだしていた。


 さらに建物の周囲は、許可なき者の出入りを拒むように城壁で囲われている。

 その高く分厚い城壁が、その施設をよりいっそう恐ろしげなものとしていた。


 ヴィレオラは城壁の門の前で『屍龍』の背中から降りたつ。

 すると、門がわずかにひらいて、なかからひとりの老人が歩いてやってきた。


「これはこれはヴィレオラ殿。

 相変わらず、見目うるわしゅうございますな」

「署長よ、久しいな。息災(そくさい)か?」

「ええ、おかげさまで。

 本日はようこそおいでになられましたな。

 どうぞなかにお入りくだされ」


 ヴィレオラが訪問することは、先に向かわせた使い魔によって知らせてある。

 彼女は自らが署長と呼んだ男に案内されて、施設のなかへと入っていった。


 ……ここはシャティユモンの『上板』、首都の近郊にある監獄(かんごく)ファングニス収容所。

 国土が狭いシャティユモンにありながらにして、世界(レヴェリア)でも最大の規模を誇る監獄である。


 そのなかには数千人にもおよぶほどの数の囚人(しゅうじん)が収容されている。

 人口も少ないシャティユモンにおいてこれだけの囚人がいるのは、帝国本土からの罪人も収容されているためだ。


「この世界最大の監獄には、単身で村や町、あるいは小都市くらいなら壊滅させてしまうほどのちからをもつ囚人も数多くおります。

 この監獄で囚人どもがおとなしくしているのも、帝国軍の庇護(ひご)があってこそ。

 いくら感謝しても、感謝しつくせるということはありませぬ」


 署長はヴィレオラに施設の内部を案内しながら、彼女を連れて歩いていた。

 ふたりが歩く石造りの廊下はうす暗く、どこもカビ臭い。


 凶悪な犯罪者を捕まえ、この監獄まで護送していくのも帝国軍の仕事である。

 とくにシャティユモンを本拠地に置くヴィレオラは、その護送任務において中心的な役割を果たしているため、署長ともゆかりが深かったというわけだ。


 この署長も一見して老いさらばえた老人のようであるが、もちろんただ者ではない。

 かつては水氷(すいひょう)の自然素を操る龍騎士で、帝国軍屈指の龍騎士のひとりであったのだ。

 いつも無防備に見えるが、その立ち居ふるまいには微塵(みじん)の隙もない。


「しかし驚きましたな。

 反乱軍が迫る有事のときに、わざわざこの監獄への訪問を申しでられたのですから。

 いったい今回は、どのようなご用件がおありなのですかな?」

「そうだな……。

 とりあえず、今この監獄でもっとも罪が重い囚人のところへ連れていってくれ。

 用件は行けばわかる」

「? はて、そのような者にどのような用件があるのか皆目見当がつきませぬが……。

 ほかならぬあなた様のご要望とあらば、ご案内いたしましょう」


 署長とヴィレオラは地下への階段を降り、深く、深く地下へと潜っていった。


 この監獄は地下に、すなわち『上板』の厚い岩盤の内部に深く根を張るように、通路と地下牢が張りめぐらされている。

 地下の奥深くに進めば進むほど罪が重く、危険な囚人たちが収容されているのだ。


「あけろ、ここをあけろぉ……」

「早くここからだせ、ジジイ!!」

「そこのお嬢ちゃん、このなかに入んなよぉ」


 左右の(おり)から囚人たちの耳障りな声が聞こえてくるが、署長とヴィレオラはすべて無視して通路を進んでいく。

 ……そして、ふたりは地下牢の奥の奥、最深奥のとある独房の前で立ちどまった。


 檻から覗ける独房のなかは思いのほか広い。

 大人ひとりが暮らすのにはじゅうぶんすぎるほどの広さで、軽い運動くらいならこなせてしまえそうなほどである。


 しかし、なかにいる者のからだの大きさと比べれば、広い独房もやはり窮屈(きゅうくつ)に見えてしまう。


 便所とベッドしかない独房の真んなかに、大男が背中を向けて座っていた。

 大きめの龍ほどの背丈もある、人間ばなれした巨体。

 布を一枚まとっているだけで、からだの表面は傷だらけだ。


 男はどうやら、提供された食事を夢中になってむさぼり食っているようだった。

 男の様子をうかがいながら、ヴィレオラは署長に声をかけた。


「署長、牢の鍵を開けてくれ。

 なかに入りたい」

「はっ。

 しかしヴィレオラ殿、あなた様のような麗人がなかに入れば、あの男がどんな無礼を働くかわかりませぬぞ?」

「構わん。

 多少の無礼は承知の上だから気にしなくていいぞ。それに、わたしの要望ならなんでもかなえてくれるんだろう?」

「なんでもとまで言った覚えはありませぬが……。やれやれ、仕方ありませぬな」


 鍵は区画ごとに分けて、看守の詰め所に保管してあった。

 署長が鍵を開け、ヴィレオラは重い扉をくぐって牢のなかへと入ったのであった――。




 今回の場面は次回に続きます。


 次回投稿は2023/11/30の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。

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