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第183話 共同研究者


 前回の場面の続きです。


 続いて、俺は自分でもなにか文献がないか調べてみるべく、資料室へと向かった。


 資料室は、『居住区画』にある。

 ここには、大量の書架(しょか)が並べてあり、書架には書物もぎゅうぎゅうに詰めこまれている。

 四方の壁はもちろん、あいだに並んでそびえ立つ本棚も両面を書物で埋めつくされており、威圧感さえ感じる。


 これらの書物をすべて読み解いていたのでは、とてもじゃないが期日までには間に合わない。

 なにか取っかかりになりそうなところはないだろうか?


 そこで、この施設内の研究成果を報告する論文を集めた書架に目をつけた。

 オルカが研究に関わった報告論文だけを抜きだして、目を通してみることにしたのである。


 ――すると、でるわでるわ彼女の研究業績の山が……!


 かつて鉄炎国家アイゼンマキナがゲラルドというひとりの天才の出現によって大きく機械工学を発展させたのと同様に、オルカの出現がいかにシャティユモンの薬品化学を押しあげたのかということがよくわかる。

 彼女が文明の発展に与えた影響は、計り知れないと言っていいだろう。


 それにしてもほんとうに、ひとりの人間が叩きだした研究成果とは思えない。

 共同研究者として名を連ねている者もたくさんいるが、ほとんどが彼女が筆頭(ひっとう)となって研究されたものであり、ほかの研究所員たちと比べても圧倒的な量であることがわかる。


 ……例えばであるが、じつは彼女になりかわって研究をさせられている者が多数おり、代わりに日の目を見ている彼女のことを恨んでいる者がいるとしたら?

 そのことが、彼女自身を思い悩ませているとか?


 しかしだとすれば、なぜそれらの影の研究者は彼女の言いなりになって研究を続けているのか、という謎が生まれてくる。

 オルカはなにか、研究所員たちの弱みでもにぎっているというのだろうか。


 ……ともかく、そんな根拠もないことを疑いたくなるほどの業績量なのである。



 俺は、手当たり次第に彼女が執筆した報告論文に目を通してみた。


 稀少生物から発見された薬効成分の抽出、人体内での薬剤の吸収経路の解明、薬剤の新たな調合法など……。

 オルカの研究業績は多岐にわたる。


 そして、俺は一編のひときわ分厚い報告論文を見つけた。


「おっ、これかぁ」


 ――女性のみがかかる『不治の病』の新しい治療薬。

 それは、あの老研究者に教えてもらっていたもの。

 オルカを若くして研究所長にまで押しあげた、彼女の代表的な研究業績である。


「どれどれ、ふむふむ……」


 文献を読んでみると、通常では確実に死にいたるほど重い病状の人間でも、この新しい治療薬なら病を完治させることができるようだ。


 ……だが、俺にわかるのはその程度。

 書いてあることの多くは素人(しろうと)の俺にはとうてい理解不能であり、『テグノステムスカンとイブノポリメリドを共重合結合』だとか、難しい成分の名前や専門用語を並びたてられてしまってはお手上げ状態だ。


 ここではあまり収穫は得られなさそうだな……。

 そう思って報告論文を閉じようとしたところで、目に留まった箇所があった。


「ん?」


 それは、報告論文の著者名のところ。

 

 論文の表題(タイトル)のすぐ下には、研究に(たずさ)わった者の名前を書いて並べる(らん)がある。

 そこにはオルカの名前を先頭にして、十人ほどの研究者の名前が並んでいるのだが……。


 たびたびオルカの隣に書かれていた研究者の名前が、その論文にはなかった。

 俺は再び、ほかの報告論文を手に取って見直し、並べてみた。


「これは……!」


『アズフォード』という、男性の名前。

 恐らくこの名前の主が、研究者として駆けだしのころのオルカを支えたという『上司』なのだろう。


 こうして時系列順に論文を並べてみると、よくわかる。

 オルカに寄りそい、支えるようにいつも隣に書かれていた彼の名前は、『不治の病』が開発されたころを境に、ぱたりと見られなくなっているのだ。


 ……そう言えば、あの老研究者はこうも言っていた。

 この新規治療薬が完成する前に、オルカの上司は自死してしまったのだと。

 すると、彼が亡くなったのはほんとうにこの研究が完成する直前の時期だということになる。


 信頼していた上司が自死したとなると、彼女が受けた衝撃は相当なものだっただろう。

 しかも、研究所の目玉となる大きな研究がいよいよ完成するという、期待に胸躍(むねおど)る時期にだ。


 ……もしかして、この研究自体が彼の死と関係しているのか?

 先ほど自分で考えた、ほかの人の研究者としての名誉をオルカが独占しているという説が頭にちらつく。


 ……いや、やはりオルカが他者に名義を貸している理由がわからない。

 上司が名誉を横取りしているのならともかく、彼がオルカに名誉をゆずる理由も筋合いもないはずだ。


 ――この謎が解ければ、俺はオルカの心の内奥(ないおう)に迫れるだろうか?

 それとも、真実とはまるで違う方向を向いてしまっているのだろうか?


 さまざまな疑問と謎に板ばさみにされながら、俺は手に取っていた論文を、そっと閉じたのであった。




 次回からいったん、敵の情勢へと場面が移ります!


 次回投稿は2023/11/26の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。

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