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第182話 謎の区画


 今回からまた、グレイスさんのパートです。


 研究所員たちは口が堅い者が多く、聞きこみ調査では老研究員から得た以上の情報を得るのは難しいことがわかった。

 ここは切り口を変えて、自分の足で手がかりを探してみることとした。



 オルカから研究所を好きに歩いていいとは言われたものの、この研究所の内部は広大だ。


 シャティユモンは(テーブル)状になっている島だが、『上板(うわいた)』を支える巨大な『支柱(しちゅう)』のなかを掘るようにして、この研究所は建造されている。

『支柱』のすべてが研究施設に置きかわっているわけではないが、とても数日間で歩きまわれる広さではないのである。



 どこから調査しようか思案しながら研究所内を見てまわっていると、通路の向こう側から、男性の研究員が台車を押してやってきた。

 台車の車輪がきしみ、ガラガラと音を鳴らしている。


 男性は俺のそばまでやってきてひと息つくと、台車に載せてあった荷物を降ろしはじめた。


 重そうな荷物が数個。

 頑丈なつくりの木箱に薬品がいっぱいに詰めこんであって、すべて荷降ろしするのは、なかなか大変そうである。


「手伝いましょうか?」

「ん……? ああ、それじゃ頼む。

 荷箱をその台座の上に載せてくれ」


 俺は言われるがままに、荷箱を台座の上に載せていった。


 四角い台座は手前以外の三方向を鉄の枠組みで囲まれている。

 縦横斜(たてよこなな)めに複雑に組まれた枠組みは床と天井を突きぬけて、上下の階につながっているようだ。


 荷箱を台座に載せおわると、男性の研究員がそばの柱に設置されている上矢印のかたちのボタンを押す。

 すると、荷箱は台座ごと上の階へと持ちあげられていった。


「おぉ~」


 俺は軽々と上の階へと運ばれていく荷箱を見あげ、なにげなく質問してみた。


「この機械はどういう仕組みで動くんですか?」

「これは油圧式の昇降機だよ。

 油を押しあげた圧力を伝えて、物資を持ちあげるんだ」

「へぇ……」


 ついでに昇降機のことについていくつか質問をしたのち、俺はその研究員と別れた。



 研究所は数多くの階層に分けられており、内部は機械の昇降機で移動可能だ。


 昇降機で昇り降りができるかわり、建物の内部にはあまり龍はいない。

 研究所員は基本的に研究所にこもりがちで、研究所内の限られた空間しか移動しない。

 それに、精密機器や危険な薬剤も多く、それらの物品を龍に壊させないためだ。


 島の外に移動するときのために、必要最低限の龍を飼育場で飼っているような感じである。

 (緊急時のために、龍に乗って各階を移動できるようにするための吹き抜けは一応、ある)


 俺は黒く塗装された鉄の枠組みのなかを上下動する、昇降機のなかに乗りこんでみた。

 昇降機は人が数人入れるほどの鋼鉄の箱になっており、なかの壁に設置された各階層の数字のスイッチを押せば、目的の階へと行けるようになっている。


 このような昇降機は、テーベで制圧したアイゼンマキナ軍の基地や、『覇鉄城(はてつじょう)』で見かけて以来である。


 まずは建物内部の大まかな構造を知るために、各階を見てまわることとした。

 ためしにひとつ下の階のスイッチを押してみると、低くうなるような機械音を鳴らして箱が動きだした。

 昇降機が下に沈みこむのにともなって、わずかにからだが軽くなる感覚を覚える。


 ――実際に各階を見てまわってみて、研究所のだいたいの構造がわかった。

 (ひま)そうにしている研究所員を見つけては、話しかけて情報を収集することも忘れない。


 建物は大きく三~四階層ごとに区分けされており、それぞれの区画ごとに役割がさだめられているようだ。



 まず、最上区画は研究所員たちの『宿泊施設』だ。

 研究所員たちは数日間こもりきりで研究に没頭(ぼっとう)していることも多く、この宿泊施設はかなり充実している。


 個々の研究所員に与えられている個室は快適なつくりで、共有空間である集会室にも気分転換のための娯楽(ごらく)や書物が豊富に取りそろえてある。無料で飲みものの提供までされているのだ。


 オルカの居室である所長室も、この最上区画にある。

 ちなみに俺も宿泊施設をひと部屋貸してもらっているが、広くて綺麗でかなり居心地がよい。



 居住区画の下には、『研究施設』がある。


 研究所員たちは一日の大半の時間をこの研究施設で過ごしている。

 この研究施設には遠心分離機をはじめ、生物学・熱学・光学といったあらゆる分野の先端となる研究機器が揃えてあるらしい。


 これらの研究機器の開発の基礎には、あの『鉄炎宰相(てつえんさいしょう)』ゲラルドが関わっているとのこと。

 奴がまだ帝国にいたころの話だが、ゲラルドが開発に(たずさ)わったことで、この研究所の機器の技術水準が飛躍的に向上したのだという。

 ただただ憎たらしい男であったが、やはりスゴい奴であったのだ。


 ちなみに、俺がオルカにつくってもらった『液体助燃剤(じょねんざい)』も、この研究施設の片隅で生みだされたものだ。


 彼女は極低温を維持して気体を圧縮する技術を応用して、研究の片手間に開発してしまったのだという。

 片手間にそんなものをつくりあげてしまうのだから、この人もスゴい。



 さらに研究施設の下には、『工場区画』がある。

 この研究所は研究施設であると同時に、巨大な薬品工場でもあるのだ。


 工場区画では四~五階分の床をぶち抜いて広大な空間をつくり、内部には機械がひしめきあっている。

 ここでは大量生産化に成功した薬品を機械が自動で調合し、次々と薬瓶に詰めていっている。

 これらの機械にも、ゲラルドが基礎をつくった工業機械の技術が活かされているのだという。


 この工場でつくられた薬品は世界じゅうで販売され、莫大な利益をあげている。

 その利益の大半は、帝国に還元されてしまうことになるのだが。



 工業区画の下は、『標本貯蔵区画』だ。


 この標本貯蔵区画には、薬の原材料となる薬草や虫、微生物などがあらゆる保存法で保管されている。

 生きたまま飼育されているものもあるが、学術的に価値の高い稀少生物などは腐敗処理をされて瓶詰めにされている。


 生きていたときの姿のまま瓶詰めされた生物たちが並ぶ廊下を歩くのは、非常に不気味である。


 銀白の鱗に、色とりどりの絹布のようなひれをもつ魚。

 昆虫に寄生し、その背中を割るようにして生えでるキノコ……。


 世にも奇妙な見た目をした稀少な生きものたちの姿はとても興味深いのだが、濁った目でこちらを見つめかえしているような気がして……。

 とにかく、ひとりでは歩いてみたくない。


 これらの稀少な生物は世界じゅうの狩猟者によって採集され、なかには目玉が飛びでるほどの高値で買いとられるものもあるらしい。



 ……そして、最後に。

 標本貯蔵区画からさらに深く深く降りていくと、堅牢(けんろう)に閉ざされた扉がある。


 その奥になにがあるかは、研究所員の誰に聞いても教えてもらえなかった。

 俺がその扉について質問しようとすると、みんな口を堅くして、黙してしまうのであった。


 俺は警備員の詰め所に寄って、問いあわせてみた。

 窓口の硝子(がらす)から、いかつい顔の警備員が顔を(のぞ)かせた。


「この研究所の合い鍵(マスターキー)はあるかい?

 ちょっと借りてもいいかな。

 所長さんの許可は得てるんだけど」

「たとえ所長の許可があってもダメだ。

 外部の人間が勝手に立ち入ってはいけない区画があるからな。

 素人がうかつに触れば危険な機械も多いんだ」

「……ふぅん。まぁ、いいさ。

 ダメなものは仕方ないからね」


 どうやら、鍵を借りて調査に行くことも許されてはいないようだ。


 上の階の窓から下を見おろして逆算すると、やはり扉の奥にはそれなりの広さと高さをもつ空間がありそうなのだ。

支柱(しちゅう)』のなかでの位置としては、『下板(したいた)』の大地へと降りたつ出口もあるかもしれない。


 この謎の区画を仮に『最下層区画』と呼ぶこととして、いったいこの区画にはなにがあるのか……。

 もしかしたら、オルカの心を悩ませている『なにか』が隠されているというのだろうか?


 現時点ではなんとも言うことができず、とりあえずこういう区画があるのだということだけを頭の片隅に入れておくこととした。




※『銀白の鱗に、色とりどりの絹布のようなひれをもつ魚』……リュウグウノツカイ(深海魚)


 『昆虫に寄生し、その背中を割るようにして生えでるキノコ』……冬虫夏草


 をイメージして描写しました。


 今回の場面は次回に続きます。


 次回投稿は2023/11/22の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。

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