表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
181/330

第180話 家族の一員

「ネイジュお姉ちゃん、今晩はわたしの家に泊まってこ?」



 日が暮れるまで羊の世話をしたのち、ネイジュはノアたち一家の家に宿泊させてもらうこととなった。


 べつに寝床がなければ氷で小屋でもつくるのだが、せっかくなのでノアのお言葉に甘えることとした。

 ネイジュももっと彼女と話をしてみたかったのである。



 キノコのようなかたちをした家のなかは、思っていたよりも普通だった。


 木で枠組みをしたのち、川底の泥を固めて壁がつくられているのだということ。

 内装は木のぬくもりが感じられるつくりになっているので、落ちつく雰囲気となっている。


 もともとは四人暮らし用の家なので、内部もそこそこ広く、二階建てになっていた。

 三人で暮らすとなると、むしろ少し広く感じるかもしれない。


 ネイジュとノア、ノアの兄は食事をとる部屋のテーブルに腰かけ、話をしながらくつろいでいた。


 別室ではノアの父が台所に立ち、夕食の支度をしている。

 台所のほうからはなにやら香ばしい香りがただよっており、その香りはネイジュからしても不快な匂いではなかった。


 やがて、ノアの父が料理を運んでやってきた。

 黄色味のあるとろりとしたスープが、湯気を立てている。


「キノコと山羊の乳のスープだよ。

 もちろん、ネイジュさんの分もありますよ」

「お父さんがつくるスープ、おいしいんだよ。

 お姉ちゃんも食べて食べて」

「いや、あちきは水か氷さえあれば大丈夫でありんすが……」


 氷雪の化身であるネイジュは水氷(すいひょう)の自然素の塊であり、通常の食事は必要としない。

 せいぜい水や氷を飲めればじゅうぶん。


 なんなら龍のように、周囲から空中にただよう自然素を無意識に取りこんでいる。

 ヴュスターデのようによほど乾燥した地域でなければ、口からなにかを食べる必要はないのである。


 しかしそんなネイジュの食事事情をノアが知るべくもなく、彼女は悲しそうな表情を見せた。


「え? お姉ちゃんはなにも食べないの……?」

「いや、あの……」


 せっかくおうちにお招きしたが、余計なお世話だっただろうか……。

 口にはださなくても、そんな風に思っているのがネイジュにも伝わってきたのである。


 ネイジュは木製のスプーンでキノコをすくいあげ、目の前に運んでじっと観察してみた。


「ムムムムム……」


 キノコにはとろりとした山羊の乳のスープがからみ、なにやら香ばしい匂いがするのはわかる。

 しかし、生まれてこのかた氷以外の固形物を口に含んだことがない。


 母や姉が「人の生き血はうまい」というようなことを言っていた覚えがある。

 (自分は「水でじゅうぶんじゃないか」と思っていたので、()めたことはない)


 動物の乳は血液からつくられているとも聞いたことがあるので、案外おいしく感じるかもしれない。


 しかし、食べたキノコはからだのなかでどうなるのだろうか?


 永久にネイジュの体内で凍りつき、彼女の肉体の一部となるのであろうか?

 はたまた、一定の時間を経過したのち、からだのどこかから排出されるのだろうか?

 主人(グレイス)の生活の一部始終を覗きみていたことがあるので、人間が飲み食いしたものをからだの一部から排出するのは知っているのだが……。

 いずれにせよ、人間のように食べたものによってお腹を壊したり、毒によって死ぬということはないであろう。


 女は度胸! である。

 ネイジュは目をつむり、思いきってスプーンに載せていたものを口のなかに放りこんでみた!


 ぱくっ! もぐもぐもぐ……。


 ごくん!


「お姉ちゃん、どう……?」


 ノアが、心配そうにネイジュの顔を覗きこんだ。

 彼女の兄と父も、それとなくネイジュの様子をうかがっている。


「……うん! おいしいでありんす!」

「ほんと? よかった!」


 ノアの顔が、ぱぁっと明るくなる。

 彼女の兄と父も、ホクホク顔である。


 実際のところ、ネイジュはシチューの味と香りを楽しんでいた。

 腹のなかでキノコがどうなっているのかはわからないが、食べてまずかったということはなさそうである。


 ネイジュはそのままの勢いで、全部食べきってしまった!


「ふー、ごちそうになったでありんす!

 満腹満腹」

「喜んでもらえてよかった、お姉ちゃん!」


 ノアは、ほんとうにうれしそうに顔をほころばせている。



 その後、村周囲でしか取れないお茶を飲みながら(こちらは少し苦かった)、ネイジュはノアたち家族との団らんを楽しんだ。


 と、ノアがうれしそうな様子でネイジュにあるお願いをしてきた。

 彼女は出会ったときからネイジュのことを気に入っていたが、今ではますます好きになってくれているようであった。


「ねぇねぇ、ネイジュお姉ちゃんのこと、ほんとうのお姉ちゃんだと思ってもいい?」

「ちょっとノア、そんなこと急にお願いされてもネイジュさんも困るんじゃ……」

「ロキ、いいじゃないか。

 母さんがいなくなってから、我が家がこんなに明るくなったのは久しぶりだ。

 滞在しているあいだだけでも、ネイジュさんが我が家の一員になってくれるなら大歓迎だよ」


 ノアの突然の提案に兄は困惑した様子を見せたが、父が取りなす。

 ちなみに『ロキ』というのは、兄のほうの名前である。


「ふっふっふ。任せておくんなんし。

 なにせ、『ネイジュ』のネイは、『おねいさん』のネイでありんすからね……!」


 もちろん嘘である。

 ネイジュは『雪』を意味する言葉だからだ。

 ちなみに『おねいさん』も『おねえさん』と表記するのが正しい。


 ……だが、ネイジュはまんざらでもなさそうだ。

 ずっと姉しかいなかったので、妹の存在というものにちょっと憧れていたのである。


 こうして晴れて、ネイジュはこの家族の一員として認められたのであった。

 団らんの時は、夜がふけるまで続いた。




〇母乳は血液を主な材料としてつくられています(ちなみに、汗も血液からできているのは同じです)。


 母乳が赤くないのは、血液に含まれる赤血球が含まれていないためです。

 母乳が白く見えるのは白い色素が入っているからではなく、さまざまな栄養物質が粒子として存在しているので、光を散乱させて白く見えるのです。


 今回の場面は次回に続きます。


 次回投稿は2023/11/14の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ