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第176話 悪友

 俺とヒュードは、オルカに案内されて延々と続く階段をのぼっていた。


 ……『薬学研究所』は島のどこか目立たないところに隠されているとは聞いていたが、まさか島の中央を貫く『支柱(しちゅう)』のなかを彫って建造されているとは!


 普通は研究所や工場といえばアイゼンマキナの鉄製基地のような施設を思いうかべるので、たしかに盲点ではあった。

『支柱』は見た目がいかにもゴツゴツした岩の柱であるので、そうした人工的な施設を思いうかべながら探していたら、決してたどり着けないのではないだろうか。


 俺たちが今のぼっているこの階段は、研究所の下層から上層までを貫いている非常階段であるとのこと。

 オルカが履く非常に短めのスカートにハラハラしつつも、俺は先を歩いている彼女に話しかけた。


「でもオルカ、どうして俺たちが来るのがわかったんだ?

 あんたにはなにも連絡せずにきたのに」


 この研究所は帝国側の施設だし、そもそもどこにあるのか所在すらも知らなかったのだ。

 連絡したくとも連絡しようがない。


「お前が翼竜騎士団に加勢したことはわかっていたよ。

 アイゼンマキナで機龍兵の軍団がまとめて吹っとばされたと聞いていたからね。

 その騎士団が近くまできたというんだ、そろそろ()()()()に会いに来るころだと思うだろ?」

「い、いつからあんたは俺の昔の恋人になったんだっ」


 そのような事実はなかったはず。

 聞いている人が誤解したらどうしてくれるつもりなのか。


「ん? 違ったっけか?

 まぁ、さして間違いではないだろ、アハハハ!」


 オルカは階段を登りながら、おかしそうに天を見あげて笑う。


 ――そうだ、こいつはこういう奴だった。

 こいつと話していると、ほんとに調子が狂ってしまうのだ。

 しかも、無駄に賢いからタチが悪い。


 ……こいつ、オルカは俺が帝国を出入りしていたころの悪友である。

 たしかに、彼女とはいっしょになってよく飲んだくれたものだ。



 あれは四、五年ほど前であっただろうか。

 夜の帝国の街を歩いているときに、路上で酔いつぶれている彼女を助け、宿泊している施設まで連れていってあげたのが出会いだった。


 彼女は初対面から俺を気に入り、その後も俺が帝国に戻ったときや、彼女の研究がひと区切りついたときなど、ちょくちょくいっしょに酒を飲みに行くようになった。

 互いにひとたび飲みはじめれば際限なく飲みまくり、ふたりしてぶっ潰れることも珍しくなかった。

 まさしく悪友。


 しかし、あの『液体助燃剤』も、そんな酒飲みのつながりから生まれたのだ。


 彼女が自分のことを天才研究者だというので、酒の勢いを借り、冗談まじりに『液体助燃剤』の開発をお願いしてみたのだ。

 そしたら彼女は快く承諾し、そして次会ったときにはなんなく開発に成功していたのである。


 彼女の専門は薬学だが、あらゆる分野にも精通しているのだということ。

 さすがは天才研究者。


 一度にたくさん作ってもらうのは彼女の負担になるし、関所島でも引っかけられてしまう。

 俺は彼女から『液体助燃剤』を作ってもらった分だけ少しずつカレドラルへと運んでいき、蓄えていったのであった。


「クックックッ。

 しかし笑ってしまったぞ。

 お前が来ないかと窓から外を眺めていたら、大きなわんころたちに追いかけられてるんだからな。

『食い殺される前に迎えに行かないと!』と思って慌てて走ってきたよ」

「あのなぁ。

 わんころって、アレは伝説上の存……ざい……でっ……!?」


 急に意識が遠くなって、めまいがしてきた。

 俺は階段の途中でひざまずき、そのまま動けなくなってしまった。


「……なんだお前、背中に怪我をしているのか。

 ちょっと背中を見せてみろ」


 そう言って、オルカは俺の血まみれの上着をたくしあげた。

 彼女が傷のまわりを触ると、皮膚の下で空気のプツプツが潰れる感触が背中に伝わってくる。


「……傷口からガス壊疽(えそ)を起こす菌が入っている。

 あのわんころどもにやられたな?

 冥界の住人は死を呼ぶ存在を引きよせるからな。

 グレイスお前、このままだと一日ともたずに死ぬぞ」

「ガルっ、ガルルぅ」


 気を失いそうになるなかで、ヒュードが心配そうに寄りそってきて、オルカになにかを訴えているのが聞こえた。


「ん? (あるじ)の命を救えっていうのか?

 ……わかったわかった、なんとかしてやるから、こいつを私の部屋まで連れてくのを手伝え。

 お前もボロボロだからな、そのあと龍停(りゅうと)()に行って手当してもらえるように手配してやる」



 ……それからのことは意識が朦朧(もうろう)としていてうっすらとしか記憶がないが、気がつけば俺はオルカの私室(ししつ)に運びこまれていた。


 俺は上の服を脱がされて裸になっており、オルカが背中の傷に薬を塗ってくれていた。

 まるで魔法をかけられたかのように痛みがひいていき、熱を通りこして冷たくなっていた背中が、徐々に温かみを取りもどしていく。


「この薬も飲むがいい。

 いずれの薬もこの研究所で私が開発した特製品だ。効かぬわけがない」


 手渡された薬瓶(やくびん)のなかにはドロリとした緑色の液体が満ちていた。

 毒々しい見た目だが、命には替えられまい。

 俺は思いきって、ゴクリとひと口で飲みほした。


 ものすごく苦いし、口のなかに緑色の液体がねばりついて気持ちわるい。

 だが、これまた魔法のごとく全身のだるさが消え、頭がスッキリと()えてきた。


 ほんとうにすごいな、オルカがつくる薬は。


「ククク、会いにきたのが私じゃなかったら、お前は死んでたな?

 私を(たた)えあがめろよ」

「ああ、あんたはほんとうに頼りになる奴だよ。

 今すぐこの場にひれ伏して、讃えあげたい気分さ」


 ……いや、わかってる。

 一番すごいのは薬じゃなくて、それをつくった彼女なのだということを。


 体調もよくなってきたので、俺とオルカは、かいつまんでお互いの近況を話しはじめた。


 俺は騎士団に加入してからのこと。

 彼女は相変わらず研究者として順調な日々を送っていること……。


 久しぶりに会って話をしたので、なんだか新鮮な気分である。



 場の空気が和んできたところで、俺は部屋のなかの様子を見まわしてみた。

 ヒュードは研究所が管轄(かんかつ)する龍停め場に連れていってもらったので、この場にはいない。


 ひとりに与えられた部屋としては、非常に広い。

 この部屋は宿泊もできるようになっているようだが、五人くらいいても快適に寝泊まりすることができそうだ。


 しかし、部屋の床には文献や見たこともない機械がところ狭しと転がっており、なかには彼女の着替えや下着なんかも脱ぎっぱなしになっている。

 そしてそれらの雑多な品物に紛れて、白い錠剤が入った薬瓶もたくさん転がっていた。


 薬瓶はいずれも、蓋がひらきっぱなしになったまま床に放り投げられている。

 まるで、どれも効かない薬だと言わんばかりに。


 ……そう言えば彼女は、最後に会ったときと比べてずいぶんと()せてしまったようだ。

 それでも並はずれた美貌(びぼう)のもち主であることに違いはないのだが、少し頬がこけてしまっている。

 口では以前と変わらず憎まれ口を叩いているが、内心では研究生活でいろいろ苦労しているのかもしれない。


「おい、淑女(しゅくじょ)の部屋のなかを黙ってジロジロ見てるとはどういう了見だ?

 お前のことだ、またなにか用があってきたんだろう。

 そろそろ本題に入ったらどうなんだ?」


 ――そうだ。

 俺はオルカのちからを借りにわざわざここまでやってきたのだ。

 彼女が痩せてしまった理由は気になるものの、今はそれどころではない。


 俺は(わら)にもすがる思いで、彼女に尋ねてみたのであった――。




※『傷口からガス壊疽を起こす菌』……嫌気性細菌であるクロストリジウム属の細菌によって起こる感染症です。


 ガス壊疽は傷口から細菌が侵入し、ガスが発生して毒素が全身にめぐり、急速に筋肉の組織が死んでいきます。

 治療しないで放置すると、感染者の100%が死に至ります(通常は48時間以内)。

 治療を行っても、約4分の1の人が死亡します。


 今回の話は次回に続きます。



 次回投稿は2023/10/29の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。

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