第175話 希薄な村人たち
〇ここから、『ネイジュ・ノア』パートと『グレイス・オルカ』パートに分かれていきます!
物語はそれぞれの時間軸で進んでいくので、実際の時系列とは前後することがあります。
しかし、ふたつの物語は最終的に『決戦の夜』へと収束していき、交差します。
深く考えずに、どうぞお気軽に読み進めください。
◆
ネイジュはノアに連れてかれて、人間たちの村へとたどり着いた。
「ここが、わたしたちの住む村だよ!」
「うわぁ~、きれいな村でありんすねぇ」
村のあちこちに光るキノコが生えているが、建っている家々もキノコみたいなかたちをしている。
じゃっかんジメジメしているのも相まって、村じゅうキノコだらけだ。
そして、うす暗い村のなかをはりめぐらすように流れる川も、淡く水色や桃色の光を放っている。
「ほっほぉ~?」
ネイジュが身を乗りだして覗きこむと、澄んだ水面に自分の顔が映りこんでいる。
彼女がもの珍しそうに眺めていたら、ノアが川の底を指さして、川が光る理由について教えてくれた。
「これは、川の底に生えてるコケが光ってるんだよ」
「はぇ~、この島はコケまで光るんでありんすねぇ」
ネイジュがあたりを見まわすと、村のなかを行き来するのに困らないように、川のあちこちに小橋がかけてある。
また、水車も静かにまわり、清らかな水を汲みあげている。
さらに耳をすませれば、近くの家からはタントンとはたを織る音が聞こえてくる。
キノコを採集している者、ドングリから粉を挽いている者、荷の入った木箱を運んでいる者、羊を飼っている者……。
村に住んでいる人々もちらほらと見かけられるが、みんな淡々と自分の仕事をこなしている。
――のどかだ。とてつもなくのどか。
こんなおどろおどろしい国では、考えられぬほどに。
だが、たしかに人々はこの村に根づき、静かに暮らしを営んでいた。
暮らしぶりは質素であるが、村自体はかなり広い。
家と家のあいだは離れているものの、村の総人口は意外と多いのかもしれない。
……と、村人たちがやってきて、ノアに話しかけてきた。
荷の入った木箱を運ぶ男女がふたり。
ノアから見たら、どちらも年上だろう。
とても物静かだが、近所のお兄さんとお姉さんといった風情。
――ノアを含めてどの村人もそうだが、この国の住民は色素がうすい。
皮膚も、瞳も、髪も色がうすいのだ。
皮膚は血管が透けて見えるほどに白く、色素がうすいので瞳は水晶のように青い。
髪色は人によってさまざまだが、いずれもパステルに使われるような白や銀に近い色味を含む。
色白という点ではエミントスの住民に似ているが、彼らは瞳や髪の色は濃く、骨格ががっしりしている。
そしてなにより、この村の住人は存在感が希薄だ。
まるでその場にいるようにしていない、幽鬼であるかのように。
「おや、ノアじゃないか。おはよう」
「……あら?
いっしょに連れている人は誰かしら?」
ノアはふたりに挨拶を返すと、ネイジュのことを紹介した。
「この人はネイジュお姉ちゃんだよ。
村の外からやってきたの。
わたしに氷のお人形さんをくれて、とっても優しいんだよ!」
「ネイジュでありんす~。
以後お見知りおきを~」
ノアは自慢げに氷の人形を差しだしてみせた。
ネイジュも紹介にあずかり、かしこまっている。
しかし、村人ふたりの反応は今ひとつ乏しい。
冷たいわけではないのだが、表情の変化や感情の起伏が乏しいのだ。
ふたりは少しだけ驚いた表情を見せると、互いに目を見合わせていた。
「新しい村人……?
そんな人が来るなんて、聞いてたっけ……?」
「ううん。
でも、村の外から人が来るなんて久しぶりよ。
ようこそネイジュさん、よろしくね」
「あい、よろしくでありんす♪」
ネイジュは明るく返してみせたが、とくに反応を示すわけでもなく、ふたりは踵を返してどこかに行ってしまった。
まるで、宙に吊りさがった布きれを押したときのような手ごたえのなさ。
「なんだが、張り合いのない方々でありんすねぇ……」
「この村の人たちはみんなあんな感じだよ。
でも、悪い人たちではないの。
嫌いにならないであげて……?」
ノアは申しわけなさそうに、ネイジュのことを見あげている。
ネイジュは、今までにめぐってきた国の人々を思い浮かべてみた。
……氷銀の狐はファルウルにしかいないが、どうやら人間は住む島や国によって見た目や性格がぜんぜんちがうものらしい。
みんなおんなじなら喧嘩もしないですむであろうに。
などと思いつつも、それが人間の面白いところであるとも思うのである。
「承知したでありんす!
いろんな国の人がいるでありんすからね。
そういう性格の人たちもいるでありんしょう」
「ありがとう、ネイジュお姉ちゃん。
ネイジュお姉ちゃんは、いろんな国に行ったことがあるんだね」
「えっへん、主様といろんなところに行ったでありんすからね~」
ネイジュは、得意げに胸を張ってみせた。
「この村に住んでる人たちは、みんな仕事をひとつ、割りあてられてるの。
わたしは家族で羊を飼っているんだ。
そろそろお水をあげる時間だから行かなくちゃ。
ネイジュお姉ちゃんも、来る?」
「ほぉ、ひつじ」
「うん、あっちのほうだよ。
いっしょに行こう」
ノアが、村のなかにある野原のほうを指さした。
今はどこに行くあてがあるわけでもなく、騎士団の人々が迎えにきてくれるのを待つしかない状況である。
面白そうだし、ネイジュはこのまま彼女に付いていくこととした。
「ところで、この村のなかに死霊兵は入ってこないのでありんすか?」
ネイジュは歩く道すがら、ノアに尋ねた。
村のなかの気配を探ってみたが、死霊兵独特の恐ろしげな気配はいっさい感じられない。
「うん、オバケの兵隊さんは村のなかには入ってこない決まりになってるの。
だから、この村のなかでは安心して大丈夫だよ」
ふむ。律儀に決まりを守るなんて、意外と誠実なオバケたちである。
いろいろと不思議に思うところはあるのだが、自身に向けられる悪意は感じられないので深く気にする必要はないだろう。
ネイジュがそんなこんなを考えているうちに、ノアの家族が羊を放牧しているという野原へとたどり着いた。
光る草花が混じる野原では、数十匹もの羊の群れと、ノアの家族らしき人たちもいる。
彼らは遠くからノアを見つけて、控えめに手を振っていた。
……こうして、ネイジュはノアの家族と対面するのであった。
※『ドングリから粉を挽いている』……日照時間が極端に短いシャティユモンの『下板』ですが、ドングリはブナ科の、とくにカシなどコナラ属樹木の果実の総称をいいます。
ブナやカシは光の量が少なくても育つ樹木である陰樹であり、陰樹林ではドングリがたくさん落ちていることがあります。
※『パステル』……顔料を棒状に固めた画材のことです。
美しい発色、柔らかな風合い、そして速写性が特徴の画材だそうです。
※『宙に吊りさがった布きれを押したときのような手ごたえのなさ』……のれんに腕押し。
手ごたえがないこと、張り合いがないことの例えです。
次回投稿は2023/10/25の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




