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第173話 地獄の番犬


 今回から、グレイスさんの視点で話が始まります。


 二度目の軍事会議の翌日。

 俺とヒュードは朝早くに騎士団の駐屯基地を発つ。


 俺たちは空を行き、再び()の地を訪れた。

 浮かぶ雲に紛れながら、足下(そっか)に広がる大地を見おろす。

 その島では相変わらず、巨大な台風の目に(ふた)を載せたかのように『支柱(しちゅう)』のまわりを濃い霧がぐるぐると覆っていた。


影撫(かげな)での国』、シャティユモン。


 この国には、世界で最大の規模を誇る『薬学研究所』がある。


 常にヴァレングライヒの影にあたり、一日じゅうを通して暗い国。

 日照時間の極端な短さから、独自の進化を遂げた生態系をもつ。

 そのため薬の原料となる珍しい動植物が多く、もともと薬の研究が盛んだった。


 かねてから帝国の属国であり、ファルウルから輸入した植物や昆虫を材料にして薬品製造を行っていたこともある。

 アイゼンマキナが機械工学において異様に発達したのと同様、現・帝国の支配下に置かれることで薬品化学工業が異常な進化を遂げた国なのだ。

 また、帝国国民の墓地としても活用されており、国土の半分近くを墓地が占めるという点でも有名である。


 俺は『知り合い』……もとい『友人』がいる『薬学研究所』を訪れなければならないのだが……。


 実のところ、俺は研究所がどこにあるのか知らない。

 友人とはいつも、帝国の酒場で落ちあっていたからだ。


 研究所はシャティユモンにあることは世界に知れわたっているが、そのどこにあるかまでは明かされていない。

 だが俺の友人はかつて、研究所は『上板(うわいた)』にはなく、島のどこか目立たないところに隠されていると言っていた。


 それに偵察兵の報告では、ヴィレオラ率いる死霊兵(しりょうへい)の軍勢は『上板』のほうへと帰還していったという。

 事前の目測どおり、やはり敵の軍勢は『上板』のほうに常在しているのだ。

 着陸するなら、『下板(したいた)』。


 ――それに、ネイジュは『下板』のほうへと落ちていったはずだ。

 俺は、彼女が必ず生きていると信じている。

 どこかで、めぐり会えるとよいのだが……。


 とはいえ、時間はあまり残されていない。

 早く友人にも会いに行かなければ。

 こうしているあいだにも、敵の軍勢がいつ動きだすとも限らないのだから。


 とにもかくにも、まずは『下板』へと着陸してみよう。


 シャティユモン特有の、渦まく気流と湿度が高い環境が生みだす濃厚な霧。

 そのただよう霧にまぎれ、敵の見張りの目が届かないことを確認しながら、空を進んでいく。


 敵の軍勢の大半は『上板』に駐在している。

 しかし、現在は『下板』にもヴィレオラが配置した死霊兵がうろつきまわっている。

 それらの死霊兵に見つからないように、気をつけなければならない。


 そうして注意深く進んでいき、なんとか敵兵に遭遇(そうぐう)せずに『下板』に着陸することができた。

 ヒュードはそのからだの大きさと重さからは信じられないほど静かに地へと降りたった。


 俺とヒュードはいっしょになって、あたりを見まわした。

 実際に着陸してみると、地表付近は思っていたより霧がうすい。


 ……ここは『支柱』からほど近い、鬱蒼(うっそう)としげる森のなかだ。

 さまざまな色合いで光る草花が、妖しくも美しくあたりを彩っている。

 雨あがりの森の匂いに、ほのかに甘い花の香りが混じる。


 街が広がるシャティユモンの『上板』には俺も何度か訪れたことがあったが、『下板』に降りたつのは初めてである。

 正直、どこに行けばよいのかわからないし、地理にも明るくない。


 小国とはいえ、ひとつの国をなす島だ。

 ひとりと一匹で探すには、あまりにも広い。


「さて、どっちに行けば()()()に会えるかな……? なぁ、ヒュード」

「ガル!」


 ためしにヒュードに聞いてみたら、「わからん!」という感じで返ってきた。

 相変わらず気持ちのいい返事である。


 だが、決して俺を見放しているわけではない。

 そのまっすぐなまなざしからは「いっしょに探してやるぜ! だから安心しろよな!」という協力の意思がひしひしと伝わってくるのだ。

 敵地にいながらにして、じつに頼もしい。


 ……思えば、こうして俺とお前で旅するのは久しぶりだなぁ。

 ちょっと前までは、こうしてずっとひとりと一匹で旅してたんだもんなぁ。

 やっぱりお前が、俺の最高の相棒だよ。


 ヒュードと見つめあってウフフフしていたら、俺たちは同時に異変に気がついた。


 ――巧妙に隠しているが、俺たちをねらう殺気。

 それは、獲物をねらって気配を隠す獣の動きだった。


「右だ! ヒュードっ!!」

「ガルっ!!」


 茂みから、獣の頭が飛びだしてきた。

 俺とヒュードがいた空間に鎌のように鋭い牙が突きたてられ、飲みこまれる!


 俺たちはとっさに左に飛び、かろうじて事なきをえていた。


「これは……!」


 同時に飛びだしてきた、三頭の獣の頭。

 ……いや、正確には一匹の獣から三つの頭が分かれでている。

 いずれの頭も、三つ子のように顔がそっくりだった。


 よどんだ沼のよう濁った緑色の眼に、獲物を噛み殺さんと(しわ)を寄せた鼻。

 荒く息を吐きだせば、死人のような腐臭がただよってくる。


 ――『地獄の番犬』、ケルベロス。


 世界(レヴェリア)の伝承に登場する怪物だ――。




※グレイスがヒュードに対して異常な愛情を示す描写がときどき見受けられますが、基本的にこの作品に登場する人物たちは相棒の龍を溺愛しています。

 その溺愛っぷりは、私たちの感覚からするとちょっと気持ちわるいほどかもしれません。笑


 しかしそれと同じくらいに、龍も相棒となる人のことを大切に想っています。


 今回の場面は次回に続きます!


 次回投稿は2023/10/17の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。

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