第172話 楽しい氷の人形劇
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シャティユモンの『下板』で、ネイジュはひとりの少女と出会った。
白に近い銀の髪に、水晶を嵌めこんだような澄んだ瞳。
妖精のように可憐で、どこか存在感が希薄な少女。
草むらのなかに隠れて泣いている彼女に、ネイジュはおそるおそる話しかけた。
「ぬしは、どちらさまでありんす……?」
すると、話しかけられた少女から帰ってきた反応は……。
「ふえええええぇ!」
「おわぁ!」
ネイジュは目の前で少女が泣きだし、慌てた。
正確にはネイジュが来る前からずっと泣いていたのであろうが、とにかく大泣きしている。
涙をポロポロと流して、顔をクシャクシャにしながら。
「お、お嬢ちゃん、どうしたでありんすか?
まずは落ち着くでありんす!」
「うえええええぇ!」
ネイジュは懸命になだめようとしたが、少女が泣きやむ気配はいっこうにない。
「う~む……」
困ったことになったぞと、ネイジュは腕を組み、考えこみはじめた。
このまま彼女を放っていってしまってもよいのだが、こんな死霊がうろつく危険な場所に幼い少女を置いていくのもなんだか気が引ける。
なにより、そんなことをしたらグレイスは自分のことを許してはくれないだろう。
かといって、どうすればこの少女をなだめすかすことができるのか、皆目見当がつかない。
人間の子どもをあやすには、どうすればいいのだろうか?
「ムムムム」
ネイジュは必死に記憶をたどり、今まで出会った騎士団の人びとや、めぐりわたってきたさまざまな国の人びとの暮らしぶりを思いかえしてみる。
人間の母親が子どもをなだめるとき、どうしていただろうか……?
「! そうでありんす!」
ネイジュの頭上でランタンの明かりがつき、彼女は自分の手を打った。
ネイジュも草むらのなかで屈みこみ、少女の顔を覗きこむ。
「ねぇねぇ、お嬢ちゃん。
こちらを見るでありんすよ~」
「えぐっ、ひぐっ……ん?」
「いいものをあげるでありんす~」
ネイジュが両手をかかげて、冷気を収束させた。
すると彼女の両手のあいだで、またたく間に冷気が氷の結晶をつくり、かたちを成していく。
そうしてできあがったのは、可愛らしい女の子の姿を模した氷人形であった。
「……うわぁ、かわいい!
氷のお人形さん?」
少女は目に涙をためながらも、パッと顔を明るくさせ、笑顔を見せた。
予想していたよりもよい反応で、ネイジュも思わず楽しくなってきた。
「ねぇねぇ、さわってみてもいい?」
「どうぞでありんす」
「すごいかわいい。……うわ冷た」
「ムフフフ、まだまだでてくるでありんすよ~。
楽しい氷人形劇の始まり始まり~♪」
ネイジュはエルマのお付きの巫女さんたちから教わった童謡を歌いながら、犬に猫、馬と、子どもが喜びそうなものを次々とつくりだしていく。
少女にとってはカレドラルの童謡もはじめて聴くものらしく、大はしゃぎだ。
「どれもかわいい!
……これ、ほんとうにわたしにくれるの?」
「もちろん、ぜんぶあげるでありんすよ~。
しばらく融けないようにしといてあげるでありんすからね~。
だからもう、泣くのはやめるでありんす~」
「うん。
ありがとう、氷のお姉ちゃん!」
少女はキャッキャしながら、氷の人形をもらって喜んでいる。
……ふぅっ。
どうやら、なんとか彼女の機嫌を直すことができたようだ。
ネイジュはひそかにほっと胸をなでおろした。
「お嬢ちゃん、お名前は?」
「わたしの名前は、ノア。
お姉ちゃんは?」
「ノア殿でありんすね。
あちきの名前はネイジュでありんす!
お見知りおきを~」
「うん。
よろしくね、ネイジュお姉ちゃん!」
ノアは氷の人形をかかえて立ちあがった。
素朴な布の服を着ているが、華奢なからだつきがなんとも可愛らしい。
「わたしが住んでる村に案内してあげる。
ついてきて、ネイジュお姉ちゃん!」
「ほんとでありんすか!
助かるでありんす~」
ネイジュは立ちあがりながら再びあたりの気配を探ったが、幸いにも死霊兵が近づいてくる気配はない。
村にたどり着けば龍を貸してもらえるかもしれないし、ノアに導かれるまま、ついていくこととした。
「ねぇ、ネイジュお姉ちゃん。
ところでこの氷のお人形さんって、どうやってつくったの?」
「ムフフ、秘密でありんす♡」
ふたりは並んで歩きながら、いろいろな話をしたのであった。
「ネイジュお姉ちゃんは、この島の人じゃないよね? どこの国からきたの?」
「あちきははるか遠くファルウルの北の山脈から、夫婦でここまでやってきたでありんす!」
「へ~、すごい。
お姉ちゃん、旦那さんがいるんだ!」
「えっへん、そうでありんす♪
……ただ最近、夫は浮気ぎみでありんすけどね……」
「そうなんだぁ……」
ネイジュが肩を落として深いため息をつくと、ノアもいっしょになって悲しんでくれる。
初対面から泣きまくっていたのでびっくりしたが、どうやらノアはとても性格がよい女の子のようだ。
(おかげで勝手なことを言っているネイジュにツッコミを入れる人間が誰もいない。)
「ところでノア殿は、どうしてあんなところで泣いていたでありんすか?
村の外にひとりでいたら、危ないのでは?」
「わたしはね……この前お母さんが、死んじゃったの。
もう何日かたつんだけど、まだぜんぜん実感がわかなくて……。
お母さんのことを思いだすと涙がとまらなくなっちゃうの」
「なんと! 母君を……。
それは、残念であったでありんすね……」
ノアはまた失った母親のことを思いだしてしまったのか、目に涙をためている。
……状況はだいぶ違うのだろうが、ネイジュも母親を失っているのでその悲しみはよくわかる。
彼女もまた、ノアの悲しみに共感できたのである。
「村では、いなくなった人のために泣くことは禁じられてるの。
だから、こうして村の外にでてたんだよ」
「そうだったんでありんすね。
でも、村の外には死霊兵がうろついているのでは?」
「わたしはオバケさんが近づいてきたらわかるから、大丈夫。
オバケさんが近づいてきたら、からだがザワザワ~ってするの」
「ふ~ん?」
ネイジュが気配を探る達人であるのと同じように、もしかしてノアも死霊の気配を感じとっているのだろうか?
この少女が、それほどの達人であるようには思えないのだが……。
それに、いなくなった人間を想って泣いてはいけないというのもよくわからない風習である。
死んだ人間のことを考えてるヒマがあったら、一生懸命働けとでもいうことだろうか?
「あ、そうだ。
ノア殿、村についたらあちきに龍を貸してもらえないでありんすか?
夫のところに帰ったら、あとできちんと返すでありんすから」
「ごめんね、それはムリなの。
私たちの村に龍はいない。
龍を飼うことは許されていないの」
「ふぅ~ん??」
さらに龍を飼うことまで許されていないとはまた、妙な話だと思った。
まぁ、ファルウルの氷銀の狐も龍に乗らずとも生活に困ってはいなかったが。
人間は走るのに適したからだをしていないから、大変だろうに。
「あ、ほら。
わたしたちの村についたよ」
「およ?」
ネイジュがそんなこんなを考えながら歩いていたら、ノアに肩を叩かれた。
ノアの指さすほうを見ると、人間の集落があった。
こうして、ネイジュたちはノアが住んでいるという村にたどり着いたのである。
次回からまた、グレイスさんの話に戻ります。
次回投稿は2023/10/13の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




