第169話 霧に覆われた大地
前回の場面の続きです。
◇グレイスの視点です
◆神の視点です
◇
会議が停滞し、ようやく俺は話を切りだした。
「もしかしたらひとつだけ、解決策を見つける方法があるかもしれない」
「グレイスさん……!?」
「アンタ、めずらしく静かにしてると思ったら……」
俺は黙って会場の隅でみんなの話を聞いていたが、そこで初めて前にでた。
会議の参加者たちの視線が自分に集まるのを感じる。
レゼルはネイジュの訃報を聞き、涙で目を潤ませていた。
「グレイスよ、解決策を見つける方法とは、いったいなんなのじゃ?」
みんなを代表して問いかけてきたのは、ブラウジだ。
「俺はシャティユモンに知り合いがいる。
とんでもない天才科学者だ。
……アイゼンマキナとの戦いで『液体助燃剤』を開発し、提供してくれた奴だよ」
「!」
――『液体助燃剤』。
鉄炎国家アイゼンマキナとの戦いで機龍兵の軍勢と戦ったとき、機龍の燃料油に混ぜて大量爆破を起こし、騎士団が勝利するきっかけをつくった薬剤だ。
この常識はずれの薬剤は、シャティユモンにいる俺の知り合いに頼んでつくってもらったものであった。
「とにかく奴の頭脳は半端じゃない。
薬品化学の専門家で、分野は違うが機械工学の『鉄炎宰相』ゲラルドに匹敵する天才だと思う。
シャティユモンにも長く住んでいるし、死霊兵の弱点についてなにか知っているかもしれない」
「なんと、グレイス殿にはそのような知人が……!」
「しかし、その知り合いがほんとうに解決策を知っている保証はないのであろう……!?」
会議の参加者たちから指摘を受け、俺はうなずいた。
「ああ。
これは俺のただの直感で、奴が解決策を知っている保証はない。
だが、ほかになにも手がかりがないのよりはマシだろ?」
「ムム。だが、しかし……」
「それに、その知り合いとどうやって連絡を取るつもりだ?
シャティユモンにいるということは敵地のなかにいるということであろう?」
「奴には明日、俺が会いに行ってくる。
シャティユモンに潜入するよ」
「!!」
ここで顔色を変えて反対したのは、レゼルだった。
「ダメです、グレイスさんっ!
自分の命を軽んじる行為はもうしないと、約束したはずですよ!!」
……それはファルウルの、北の山脈で彼女と交わした約束。
俺は自ら命を捨てるような真似をして、彼女のそばからいなくなるわけにはいかない。
「大丈夫だよ、レゼル。
今回は敵軍の基地に潜入したり、無謀な戦いを挑みにいくわけじゃない。
ちょっと知り合いがやってる研究所に訪問しにいくだけだよ」
「グレイスさん……」
彼女は目を涙で潤ませたまま、とても心配そうな顔をしてくれている。
(こんなときにそんな顔をさせてしまって大変申しわけないのだが、とても可愛い。)
「しかしグレイスよ。
解決策が見つかるという保証もないまま、いつまでもオヌシの帰りを待つというわけにはいかぬゾ?
敵も今回の戦いの結果を受けて、なんらかの準備を進めているじゃろうからナ」
と、再度ブラウジ。
「ああ、それはわかってる。
十日……いや、七日経っても帰ってこれなかったら、俺の帰りを待たずに再出撃してくれ。
その前になにかいい策が浮かんだら、そちらを実行に移してもらっても構わない」
「……オヌシのほうとしても神頼み、というわけじゃナ?」
「残念ながらね。
でもまぁ、なにも行動しないわけにはいかないからさ。
……それにできれば、俺はネイジュも見つけて連れて帰りたいと思っている」
「!?」
「しかし、ネイジュ殿は……」
「俺は、ネイジュは生きていると思う。
彼女が落とされたとき、俺もそばにいたんだ。俺がヴィレオラに狙われていたのを、彼女が庇って救ってくれた。
そのとき……」
――ネイジュが落ちるとき、ほんのわずかな一瞬であったが、俺は彼女と目を合わせたような気がするのだ。
「ネイジュッ!!」
「ぬしさまっ!」
そして、彼女のまなざしは俺にこう語りかけていた。
――あちきのことは大丈夫。
心配しないで……!
……それは彼女の死を信じたくなくて、俺が都合よく解釈しただけなのかもしれない。
それでも俺は彼女のあのまなざしを信じたいのだ。かけがえのない仲間からの、あの伝えられた想いを。
ネイジュは絶対に生きている。
……俺は、そう信じているんだ。
◆
グレイスたちが、ルペリオントで二度目の軍事会議を終えたときから、少し時を遡る――。
グレイスを庇って、シャティユモンの大地へと落下していくネイジュ。
「自分は大丈夫」と、グレイスにまなざしを送った彼女であったが――。
「あれえええぇぇぇっ!!」
元が人ならざる者で人間とは比較にならない身体能力をもつネイジュであるが、さすがにこれだけの高所から落下したことはない。
落下先の地面も、故郷の厚く覆われた雪の上とは話が違うのだ。
彼女は空中で、完全に混乱状態に陥っていた。
下から猛烈な風が吹きあげてくる。
……いや違う、自分が猛烈な勢いで空気をかき分けているのだ。
地面がどんどん、迫ってくる!!
「ヤバいっ。ヤバいっ。
死ぬでありんす!
真剣で死ぬでありんす!!
……そうだ!」
ネイジュはなにかを思いつき、自身の落下地点に螺旋状の氷の滑り台をつくりだした。
空中で身を翻し、お尻で滑り台に着氷すると――
「はわわわわわ!」
螺旋を滑りおり――
「!わわわわわは」
――りおり滑
「はわわわわわっ!!」
――滑りおり。
最後はお尻を地面にこすってヒリヒリするが、なんとか地面に軟着陸することができた。
「あ、危なかった……。
もう駄目かと思ったでありんす!」
ネイジュは立ちあがり、お尻についた土ぼこりをはらい落とすと、あたりの様子を見まわした。
「さて、これからどうするでありんすかねぇ……」
彼女が降りたったのは霧に覆われた大地、シャティユモンの『下板』。
頭上を見あげると、深い霧と雲の向こうがわ、巨大な帝国本土の島底が空を覆っていたのであった。
次回投稿は2023/10/1の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




