第168話 気まずい沈黙
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俺たちが死霊兵の軍団および、その将ヴィレオラと初めて剣を交えた、その日の夜。
舞台は再び、ルペリオント領空の騎士団の駐屯基地。
その中央の大テントでは、臨時の軍事会議がひらかれていた。
内容としてはもちろん、死霊兵の軍団との戦いの反省会となる。
「くそっ!
いったいなんなのだ、あの死霊どもは……!」
「我が国の部隊はほぼ全滅してしまった……」
「斬っても斬っても、あいつらビクともせずに立ち向かってきやがるんだ!」
会議の参加者たちは皆、自身の隊の被害状況を報告し、口々に悔しさをにじませていた。
皆を取りまとめるレゼルも、その表情は浮かない。
「今回の戦い、母・エルマの助力により引き分けに終わりましたが、内容的には敗北と言ってもよいものでした……」
「姫様、申しわけございませぬ。
ワシの指揮が至らぬばっかりに……」
「ブラウジ、自分を責めないで。
あなたのせいじゃないわ。
それに、相手の死霊兵はたしかに恐ろしいものでした……」
肩を落とすブラウジを、レゼルはなだめた。
「今回は『一般龍兵を狙う』という敵の戦略に、見事に嵌まってしまったかたちになります。
ヴィレオラが強敵なのは間違いありませんが、私とシュフェルがまともに戦えば勝てない相手ではないはずです」
「ちくしょう。
ブンブン穴のなかに入って逃げまわりやがって、あのハエ女……!
せっかく見つけたと思っても、すぐに死霊兵たちのなかに紛れこんじゃうんだよなぁ!」
「ええ。
回避・移動に優れた能力に、味方を適切に配置して逃げ場を確保する知略。
一度乱戦場に紛れこまれてしまえば、彼女を捕まえるのは容易ではありません」
「時間を稼がれているあいだに、また兵士が狙われてしまいますワイ。
やはり問題は、一般龍兵が死霊兵に対して『戦うちから』をもたないことに尽きそうですナ」
そこでレゼル・シュフェル・ブラウジはウーンと考えこんでしまった。
会議の参加者たちも、なにかよい手立てはないかとそれぞれに思考をめぐらせている。
「ねぇねぇサキナさん、アイゼンマキナ製の火炎放射機を使ったらいいと思わない?
あいつら、炎でなら燃やせそうじゃない!」
ティランは隣に立っていたサキナに提案してみた。「いいこと思いついた!」と言わんばかりの無邪気な表情である。
「その案はファルウルでもでたけど、ダメだったじゃない」
「我われが所有する機械と燃料には限りがある。
機械があるカレドラルも、燃料があるヴュスターデも、ここからははるか遠くだ。
実戦に足る装備を揃えようと思ったら、かなりの日数を要するぞ……」
「そっかぁ……」
サキナとアレスに諭され、シュンとするティラン。
大事な玩具を取りあげられた子どものようにしょげる彼の顔を、サキナとアレスは気遣わしげに覗きこむのであった。
会議の参加者はみんな頭をひねり、ああでもないこうでもないと議論を交わしているが、いっこうによい案はでてこない。
それも致し方ないことである。
死霊兵にはいっさいの物理攻撃が効かない。
効くのはレゼルたちの自然素を用いた攻撃のみ。
そもそも有効な攻撃手段がないのだから、対策のしようがないのである。
小細工をいくらほどこそうが、もっと根本的なところから解決しなければ通用はしない。
そこで他国の代表者から、提言があった。
比較的最近に騎士団に加入し、龍騎士の事情に明るくない者たちからの意見である。
「今からでも、カレドラル出身の兵士たちに龍騎士の技を習得させることはできないのですかな?」
「『龍騎士』の素質は多分に先天的で、特殊なものなのだ。
『龍の御技』はレゼル様やシュフェル様などごく限られた者にしか使うことはできぬ」
「自然素の使い手といえば、今回の戦いではネイジュ殿も落とされたと聞きましたぞ」
「!? ネイジュさんが……!?」
「キツネ女……!」
ネイジュのことを知る者たちに、動揺が走る。
ネイジュはどの部隊にも属さないため、彼女の安否を報告する者がいなかったのだ。
「ネイジュ殿はシャティユモンの本土へと落下していったようですが、いくら彼女でもあの高さから落ちては助からないでしょう」
「そんなっ……!」
「我われは貴重な自然素の使い手をひとり、失ってしまったということか」
「くそっ、状況は悪くなる一方だ。
いったいどうすれば……」
ネイジュの死を悲しみ、落胆する者。
戦力の低下を惜しむ者。
現状を打破する方法が見つからず、黙りこんでしまう者……。
会議は停滞し、とうとう発言する者は誰もいなくなってしまった。
気まずい沈黙が続く。
……そこでようやく、俺は話を切りだす決心をした。
「もしかしたらひとつだけ、解決策を見つける方法があるかもしれない」
会議の参加者たちの視線が、自分に集まるのを感じた――。
今回の場面は次回に続きます。
次回投稿は2023/9/27の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




