第165話 死とひとつながりのもの
◇
「はぁっ……はぁっ……」
ヴィレオラを追いかけつつ、味方の命を救うために懸命に戦っていたレゼルにもとうとう疲労の色が見えはじめた。
彼女とエウロはひと息つくべく、近くの小島へと降りたった。
周囲では依然として騎士団員たちが奮戦しており、戦いの喧騒に包まれている。
レゼルの姿を認めて俺が声をかけると、彼女は顔をあげた。
「レゼル!」
「! グレイスさん!」
俺とヒュードも、彼女のそばへと降りたった。
「かなり戦況は厳しくなってきたな。
騎士団のみんなも踏んばってくれているが、これ以上戦いが長引くとまずい。
そろそろ全滅する隊もでてくるぞ。
ヴィレオラのほうは、どうだ?」
「この乱戦のなか、あそこまで逃げに徹されると難しいですね……。
それに、どうしても追いかけている途中で危機に瀕している味方が目に入ってしまって……。
助太刀に入らざるを得ないんです」
……おそらくヴィレオラは、そこまで計算に入れて敵兵を配置している。
レゼルたちが助太刀に入らざるを得ないように死霊兵を騎士団員にぶつけ、常に逃げ道を確保しているのである。
敵ながらにして恐ろしいほどの戦術眼と、状況判断能力である。
「ああ。今回の奴の狙いは完全に『一般龍兵』だ。ここはいったん出直して対策を練ったほうがいいかもな……」
「ええ、シュフェルももう限界が近づいています。口惜しいですが、撤退を……」
「その必要はありませんわ」
「!?」
そのとき、騎士団の防衛線を突破し、俺たちのもとへと迫る死霊兵の一団がいた。
先駆けて二、三人の敵兵がやってきて、俺たちに襲いかかってきた!
「「ウ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」」
しかし、いつの間にかセレンに乗ったエルマさんが現れ、死霊兵たちの肩に軽く触れていった。
その手つきはまるで、鳥の羽根を乗せていくかのような軽やかさ。
「やはりこの方々は『生命力』を負の方向に逆循環させたもの。
これなら『生命力』を操作し、逆循環をとめるだけで造作もなく彼らを滅することができますわ」
死霊兵たちはエルマさんに軽く触れられただけだったのにも関わらず、一瞬にして塵となり、消滅した。
……エルマさんはこう言っているのだ。
死霊兵とは、『生命力』を負の方向に逆循環させた疑似生命。
生と死は隔てられたものではなく、地続きでひとつながりのものであると。
つまり、ヴィレオラが操る『死』のちからもまた、エルマさんが取りあつかう『生命力』のちからの範疇だというのである。
事実、エルマさんは俺たちの目の前でいとも容易く死霊兵を滅却してみせた。
だが、今まで積極的に前線にでて戦うことのなかったエルマさんが、こうして助けにきてくれるなんて!
「お母さま……!」
「相手が相手ですから、助太刀しますわね。レゼル!」
「ありがとうございます。
しかし、今のこの状況は……!」
「細かい話はあとですわ。
まずは、降りかかる火の粉を払わねば」
そう言って、エルマさんは死霊兵と戦う味方のほうをうかがい見た。
防衛線を突破された箇所に死霊兵たちがなだれ込み、陣形が大きく崩されている。
味方同士の連携が断たれており、このままだと一気に攻めこまれてしまう。
しかし、エルマさんとセレンは一度だけ地に足をついて態勢を整えると、すぐに飛びたった。
よく見ると、エルマさんたちの姿はサクラ色の淡く柔らかな光で包みこまれている。
……俺が彼女の姿を目で追いかけられたのは、そこまで。
静かで、それでいて深い余韻を残す『共鳴音』を鳴らし、彼女の姿は消えていた。
そして次の瞬間、数百人はいたであろう死霊兵の一団は、すべて塵と化して消滅していたのだ!
「なっ!?」
エルマさんが行ったことは極めて単純。
高速で戦場を飛びまわり、死霊兵たちのからだに触れていっただけだ。
しかし、その動きがあまりにも速すぎる。
この乱戦場を縦横無尽に、敵味方のあいだのほんのわずかな隙間をかいくぐって飛びまわったのである。
あまりに速すぎて、驚異的な動体視力をもつレゼルですら、エルマさんの動きのすべてを追いきることはできなかったようだ。
俺とレゼルはあまりの出来事に開いた口が塞がらず、互いの目を見合わせた。
「おいおい、エルマさんとセレンが本気をだすと、こんなにも凄まじいっていうのか……!?」
「いえ、私もお母さまがまともに戦うのを見るのは初めてなので……。
しかし、ここまでとは……!」
『生命力』を操る龍騎士であるエルマさんとセレンは互いに生命力を交換して高めあうことができるという。
その高めた『生命力』によって、エルマさんたちは人と龍、どちらの身体能力も極限まで高めることができる。
その極限にまで高められた身体能力が、あの異次元の動きを実現しているのである。
たとえるならば、レゼルの最速の技である『神風』の速度を維持したまま、自由自在に動きまわれるようなもの……!
エルマさんは俺たちがいる位置よりも上方に浮かぶ小島へと着地していた。
俺たちにとてつもない凄技を披露しておきながら、彼女は何事もなかったかのようにさらに上方を見あげた。
「さて、と。お次は……」
次回投稿は2023/9/15の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




